第40話  研究成果

オムリィは思いっきり俺のことを横から突き飛ばした。


「邪魔が入ったか」


 ヤーシンは苦々しく言い放って、手をおろした。


「オムリィ! 危ないじゃないか!」

「ご、ごめん。でも今の魔法には、こうした方が良さそうだったから」

「どういうこと? 今の魔法が何か聞こえたのか?」


 ヤーシンが出した魔素への指示は小声で素早かったので、俺には何を言っているのかは聞き取れなかった。


「あれ? 聞こえたわけじゃないんだけど、何となく平気だと思って」


 オムリィにしては珍しく要領を得ない回答だ。


「多分だけど、あの魔法は電磁波を飛ばしてるんだと思うの」

「そうか! MRIみたいなもんか。上手く電磁波と共鳴させて、臓器に直接働きかけているのか」


 オダにも効果があったから、肉体に明らかな影響がある魔法ではないと思っていた。

 恐らく心臓の動きを電磁波で外部から制御することで、人の動きを阻害しているのだろう。


「臓器の場所が正確にわからないとあの魔法で動きを縛ることはできないんじゃないかな」

「ということは!」


 俺はすぐに浮遊魔法で飛び上がった。

 常に空中で場所を移動しながら、慎重にヤーシンとの距離を詰めていく。


「小癪な真似を」


 兵士たちはヤーシンの合図で一斉に魔法を放ってきた。

 今の俺は魔法に対して無敵ではない。

 安易に攻撃に当たるわけには行かず、いったん空高く上がり、距離を取る。

 遠距離から魔法で攻撃する方が良さそうだ。

 そう考えたが、俺が放つ魔法はどれも兵士たちによって簡単にかき消されてしまいヤーシンまでは届かない。

 攻撃しつつ、反撃の魔法をかわし続けるには集中力が必要だった。

 慣れない戦いだったが、俺の集中力は遺憾なく発揮された。

 しかし、発揮されすぎてしまった。


「動きを止めろ」


 戦いに集中するあまり、俺は足元に注意を払えてなかった。

 そうオムリィのことだ。

 気がつくとオムリィは兵士たちに囚われてしまっていた。


「オムリィ!」


 俺は自分のミスに気付き思わず移動を止めてしまった。


「素直だな」


 ヤーシンの魔法が俺に対して発動される。


「くっ、頭が……」


 運動直後のような心拍数の上昇と貧血のような現象が同時に押し寄せてきた。

 俺は身体のコントロールを失い、地面へと落下する。


「ルイ!」


 オムリィの悲鳴が聞こえた。

 しかし、その叫びは兵士たちの唱える魔法の詠唱に飲み込まれていってしまう。


「こ、これは、なんだ?」


 全身が小刻みに振動を始めた。

 オダやミアに起きた現象と同じだ。


「細胞が、し、振動している? いや、もっと、小さいものが――」


 当然、そんなものを感じられるはずはない。

 しかし、感覚として体中の原子が変化していくのを感じた


「分子の結合が、き、切れて、いく? い、いや、それだけじゃない……まさか、核融合もか!?」


 体内の炭素窒素酸素が外部のエネルギーによって変容していく。

 通常ではあり得ないほどのエネルギーを身体に受けている。

 身体が壊れずに済んでいるのは、まだ魔法への耐性が残っているのだろうか。


「何とか、しないと!」


 これだけのエネルギーを小さい単位に与えているんだ。

 そのコントロールは容易ではないだろう。

 何とかこの場から移動できれば、この反応も止めることができるはずだ。


「く、っそ」


 しかし、ヤーシンの魔法のせいで身動き一つ取ることができない。


「どう、すれば……」


 考えろ。

 考えるんだ。

 この状況を打破する方法を。


「そうだ! さっき、オダは――」


 アイツはこの状況でナイフを使って自害した。

 俺も同じことをすれば――


「探しているのはこれか?」


 視線を動かすと、ヤーシンがナイフを持っているのが見えた。


「あの異形の者はこれを使って自害していた。原理はわからんが、これで死ぬと『元の世界に戻れる』などという現象が起きるのではないか?」


 俺が思いついたアイデアには、既に先手が打たれていた。

 あれだけの情報でそれに気がつかれるとは思わなかった。


「さあ、そろそろ変化が始まるか。お前を構成するエネルギーは余すことなくこの世界が使用してやろう」

「ち、くしょう」


 目が霞んできた。

 いや、この視界がボヤける感じは以前もどこかで――

 そう考えていると、急に身体が軽くなるのを感じた。


「う、動けるぞ!」


 俺はヤーシンの魔法から逃れ、立ち上がった。


「な、なぜだ!」


 ヤーシンは目に見えて動揺している。

 俺自身もはっきりとはわからない。

 だけど――


「光の魔素……」


 オムリィがポツリと呟いた。

 そう、多分これは光の魔素が俺の周りの光を歪ませて、ヤーシンの狙いをズラしてくれたのだろう。


「こ、今度は消えただと!?」


 今度は俺の姿がヤーシンたちの視界から消えたようだ。

 しかも、ただ消えたのではない。


「熱源も、気体の変化も、ない、だとぉ!?」


 これは光だけではない。

 熱や振動、空間などあらゆるエネルギーの束縛から解離している。


「あの異形の者たちが消えたのと同じか? いや、あの時とは様子が違った。まだいるのか!?」


 ヤーシンは辺りを見回すが、俺が見つかることはない。


「くそっ、わからん! いったい何なんだ、この現象は!」

「お前が知っていることが全てではないのさ」


 俺はヤーシンの目の前で姿を表し、同時に火球をヤーシン目掛けて放った。

 近距離で放たれた魔法は何の障害もなく、ヤーシンに当たり、数メートル後方まで吹き飛ばした。

 兵士たちは慌ててヤーシンに駆け寄り、治癒魔法を施す。


「ルイ、今のは」

「ああ、魔素が助けてくれたらしい」


 俺の指示を介すことなく魔素は自らの意思で魔法を発動させた。


「さあ、戻ろうか。もうここには用はない」

「ま、待て!」


 帰ろうとした俺たちを呼び止めたのは治癒魔法を受けて復活したヤーシンだった。


「しつこい人だ。これ以上やっても無駄ですよ」

「このまま貴重な資源を逃がすわけがなかろう。先程の現象の解明はできていないが、それでも逃さないことならできる」


 兵士たちは俺たちのことを改めて取り囲んだ。


「確かに、お前は手強い。だが、そちらの娘を殺すだけなら容易だ」

「オムリィを殺せば、戦争になるぞ」


 オムリィはアルガルドの研究者だ。

 人質に取るだけでなく、殺してしまうというならば、当然アルガルドだって黙っちゃいないはずだ。

 一国の大臣が下せる決断ではない。


「我が殺すのであればな」

「なんだと?」

「この場にいるアルガルドの者はその娘だけだ、異形の者どもの発言など誰が信じるかな」


 異形の者は迫害の対象だった。

 今でもそのような未知の存在に対する風当たりは強いだろう。

 それは俺だけではなく、アンジュやウンナ、もしかするとナオトですら、発言力は弱いのかもしれない。


「汚い奴め……!」

「お前が資源として有効に活用されるのであれば、我も考えよう。そうでなければ、お前があの娘を殺したという汚名を背負って生きるがいい」


 全部俺のせいにするつもりか。

 見た目の異質さに加えて、オダがあれだけ暴れまわった後だ。

 異形の者は危険だと信じる人も多いだろう。


「さあ、どうする。決断せよ!」

「くそ……」


 その時、兵士たちの後ろに人が集まってくる音が聞こえてきた。


「ヤーシン殿、こちらにおられましたか」


 その声は俺もよく知っているものだった。


「先日の中立地帯での抗争についてお話を伺おうと思ったのですが、ご都合が悪いようですかな?」


 兵士たちの合間を縫って顔を見せたのはガルザードだった。


「ほう、私の部下が先にお邪魔していたようですね。何か粗相はありませんでしたか?」

「貴様……!」


 ヤーシンは罵声を吐き捨てた。

 ガルザードは素知らぬ顔で、こちらに歩み寄ってくる。


「ガルザードさん、お待ちしてましたよ。こちらは何も問題ありません。ですよね? ヤーシン大臣」

「……行くぞ」


 俺の言葉には答えずに、ヤーシンは兵を引き連れて去っていった。

 それを見て俺は胸を撫で下ろす。


「ガルザードさん、どうしてここに?」

「君たちが私の頭の上を飛び越えて行ったんだろうが。あんなことがあった後に、カルセイワンに行くなんて、何かあったに違いないと思ってな」


 そういえば、こちら側の国境基地を超える時は何の工作もせずに飛び越えてしまっていた。

 それが結果的に俺たちの身を救ってくれたのか。


「それにしても、本当に助かりま――」

「る、ルイ! 身体が!」


 オムリィが俺を指さして叫んだ。

 自分の身体に目をやると、そこかしこが光り始めている。


「これは、死ぬ、のかな」


 その現象はオダやミアが死ぬときと同じもののように見えた。


「さっきの魔法が効いていたのか」


 考えられるのは、兵士たちにかけられていたエネルギー化の魔法だ。

 少しでも原子や分子が変容していたのなら、死んでもおかしくはない。


「もう、帰っちゃうんだね」

「だけど、俺にはナイフが刺さってない……」


 元の世界に戻るための法則は向こうから持ち込んだ武器で死ぬこと。

 だとしたら、今回のように魔法で死ぬ俺はどうなってしまうのだろう。


「普通に死んじゃう、のかな」

「ううん、大丈夫。戻れるよ」


 オムリィの言葉はただ俺を慰めるにしては、やけにはっきりと言い切られていた。


「なんでわかるんだ?」


 俺の疑問にオムリィは俺から立ち上る光を見上げながら答えた。


「光の魔素がね、言ってるの」

「まさか、オムリィ!」


 オムリィは満面の笑みでこちらを向いた。


「うん。ワタシ、光の魔素とお喋りできるみたい!」


 それはオムリィの研究の目標が達成された瞬間だった。


「やったじゃないか!」


 俺は自分のことのように喜んだ。


「ありがとう。でも、なんで話せるのかはわからないの。まだまだ研究しなくちゃ」


 次の課題について話すオムリィからはワクワクしているのが伝わってくる。


「あ、もうそろそろかな」


 俺の身体の光が強まった。

 オムリィも光の魔素を介して、その時が来たのを理解したようだ。


「なんだか、寂しいね」

「ああ、時間にしたら短い間だったのにな」


 随分と長いこと、こちらにいたような気がする。

 初めは驚きの連続だったが、今や魔法も使えるようになってしまった。


「それにしても、魔法はやっぱりすごかったな」


 元の世界ではできないことも、こちらでは容易に行うことができる。

 それは魔法があるから可能なことだった。

 しかし、オムリィはそれに対して首を振る。


「ううん。魔法がすごいんじゃないよ」


「魔法を研究してきた研究者がすごいんだよ」


 光に包まれた俺が最後に見たのは、自慢げに笑うオムリィの姿だった。

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この研究テーマは闇が深すぎる ~未知の世界に関する研究~ マツ田タケ夫 @matsutake74

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