第9話 衝撃画像
オムリィからの返事をもう一度聞く。
やはりバイナリデータは知らないようだ。
同じ研究者として、言葉くらいは知っているかと勝手に想像していた。
専門が違えば通じないこともあるか。
いかん、先走っていた。
俺はできるだけ簡潔にバイナリデータの概念を説明した。
正直なところ、この不完全な連絡手段で行う説明より、インターネット上の情報を検索する方がよくわかるだろうと思わないこともなかった。
要するに、自分で調べてよってことだ。
そんなことは言えるわけもないけど。
しかし、そんな不満は次のオムリィの返信と比べたら些細な事だった。
「コンピュータって何ですか?」
おいおい。ふざけてるのか?
冗談として笑えるかどうかの判断を下すにも値しないぞ。
しかし、意図が読めない。
何のためにコンピュータを知らないなどという嘘をつく必要があるんだ。
「……様子をみるためにも、コンピュータについての説明もしておくか」
しかし、改めて説明するとなると難しいな。
原理の説明ではなく、どういったことに用いられているかの説明が適当か。
主な使用用途は計算処理か?
コンピュータを知らないというならば、どうやって波長を音声に変換していままで連絡していたのだろうか。
「その計算能力で波長を音声に変換できます。そちらの音声への変換方法は?」
「光のマソのエネルギーを音のマソに変換してます」
?
何故ここでマソが出てくるんだ?
マソ……、魔素?
「送るときはどうやっているの?」
「光のマソに送りたい音のエネルギーを渡しています」
これは……どう解釈しよう。
ふざけているテンションとも思えないが、まともではない。
電波な人だったのだろうか。
「もう少しマソについて聞いてもいい?」
「ワタシの専門範囲についてなら」
専門? そういう脳内設定か。
自称研究者だったのなら、どこかでボロが出るだろう。
「光のマソへの変換はどうやって?」
「口頭です。実際の方法は秘密」
「マソへの変換は言葉によってしてるの?」
「マソへの指示は言葉だけど、その実現内容はイメージによるかな」
「想像力が重要だと?」
「想像力というか、イメージの構築能力」
「どう違う?」
「物理的な原理に基づいているか。色や形などの細部まで考えられているか。とか」
「それを言葉にして指示を出すの?」
「どこまでを言葉にする必要があるかは難しいところ」
「全部言う必要はないこともあるってこと?」
「例えば、ファイヤーボールなどの基本的な魔法なら、その言葉だけで火球が生成するよね」
魔法ときたか。
やはりマソとは魔法の素のような意味で魔素か。
そもそも魔法がある時点で物理法則は無視されていないか?
どこでも火が出せるなら、エネルギー問題もヘッタクレもない。
「魔素については義務教育で習ってるでしょ?」
おいおい、俺が知らない方がおかしいと言うつもりか。
そんな設定をしたら、自分の首を絞めることになるぞ。
それを言うなら、コンピュータについても義務教育で習うだろうが。
しかし、どうも違和感がある。
頭が悪いわけではなさそうだから、俺をからかっているつもりなのか。
お互いの常識について説明しあったが、互いの理解は平行線を辿る一方だった。
埒が明かないので、とりあえずバイナリデータで情報を送る件について話を進めることにした。
目標は画像の送信だ。
「画像の色を赤、青、緑の組み合わせで表現するんだ」
「わかった。そっちの規格に合わせる必要があるからちょっと待って」
「そこは理解してくれるんだな」
「三原色とか、基本的なことについては同じ認識みたいだね」
「違いは魔素とコンピュータか」
魔法が使えたらコンピュータは要らないだろうな。
それに伴った電子機器の発達もないのだろうか。
そこら中に魔素とやらがいたら、エネルギーの生成や貯蓄に困ることもないのだろうし、なんて羨ましい設定だ。
「そっちの処理方法に合わせて画像を送る準備ができたよ」
よし、こちらもノイズを画像データとして読み出す準備ができたぞ。
多くのピクセルデータを送るのは面倒だったので画質は荒いが、写っている人物の様子はわかりそうだ。
絹のような金髪で、緑色の大きな目をしている。
女性だ。
服は白いローブのようなものを着ている。
……ここまではわかるのだが、髪の毛の隙間から見えている耳がやけに尖っていて長い。合成か?
「これはオムリィの写真?」
「そうワタシ。そっちの写真も何か送って」
自分の写真を送るのは気恥ずかしかったので、代わりにミアの写真を送った。
「これは俺の娘。血は繋がってないんだけどね」
「可愛いね。これは私の職場のメンバー」
次に送られてきたオムリィの職場の人たちとされる写真でも、みんな耳が長いのが特徴的だった。
1つ1つ加工してるのか?
なんと手の込んだことを。
「これは俺の職場の友人だ。前に言った喧嘩した相手」
「この人も可愛いね。こっちも可愛いの送るね」
次の写真は犬のような動物が写っていたが、しっぽが2つあった。
これも合成か?
いや、流石にここまで来ると、ただのイタズラとは思えない。どういうことだ。
「そっちの世界はどうなってるんだ?」
「世界? 国のことなら、ワタシはアルガルド国だよ」
アルガルド? 聞いたことないが、そんな自治区はあったか?
「それはどの辺りの自治区だ?」
「自治区? ねえ、そろそろそのおかしな設定辞めない?」
いやいや、それはこっちのセリフだ。
「そっちこそ、画像の合成までして手の込んだことしてるじゃん」
「そんなことしてないよ」
「そんなバカな」
強情なやつだ。
いや、待て。俺も頭が固くなっていないか。
この観測されている現象を全て真だとするならば。
「もしかして、俺たちは違う世界にいないか?」
「ワタシもそう思ってた」
異世界との交流。
そんな漫画やアニメでしかお目にかからない、現実ではありえない設定。
それが実際にあるっていうのか。
「異世界なのか。そっちの文化についても、もう少し教えてくれ」
「こちらからすると、そっちが異世界だけどね。例えばこれは?」
次に送られてきた写真にはリンゴのような果物が写っていた。
「これはリンゴ?いや、梨かも」
「これはボンって果物。名前は違うけど似たようなものはあるのね」
それから俺たちは、お互いにいろいろな写真を送りあい、文化の違いを確認した。
向こうの世界は魔法によって大抵のことはできるようだ。
そのため、コンピュータなどの電子機器はなく、車などの移動手段も発展していないようだ。
こちらの世界では、エネルギーは一度電気に変換させてから使うのが主流であるが、向こうは魔素から直接色々なエネルギーにできるため、わざわざ電気で機械を動かす必要はない。
また、車を使うより、自分で飛ぶか走る方が速いのだろう。
しかし、魔法でそれらを成し遂げるためには、具体的にどのような処理をする必要があるのかを理解する必要があるらしい。
例えば、空を飛ぶためには地球から受ける引力を減らしたり、自分自身に浮力を発生させたり、風で上昇気流を起こしたり、結果が合えば、方法とその理解は何でもいいようだ。
俺は異世界の話を聞いてワクワクしていた。
今まで想像もしなかった世界が実際に存在しており、それを俺が発見したという事実は、この上なく俺のテンションを高ぶらせた。
そんな中、また社内の報告会を行う日が近付いていた。
しかし、今回は発表することに迷いもなかった。
異世界があると報告しよう。
これは凄い大発見だ。
歴史に名を残すに違いない。
「この内容を社内で報告してもいいか?」
念のため、オムリィに確認を取る。
向こうの研究の細かい話は聞いていないので、守秘義務に反することもないだろう。
そもそも、こちらと向こうでは文化も歴史も全く違うのだから、何かの情報を漏らしても、それが不利益を生じるとは考えずらい。
「いいけど、大丈夫なの?」
「ああ、今までの会話で俺たちの世界の相違点はわかった」
「信じてもらえるかな」
「これだけの証拠があれば大丈夫さ」
俺だって最初は信じちゃいなかった。
それでもこれだけのデータを積み上げたら信じざるを得ないだろう。
俺は自分の世紀の大発見に自信を持って報告会へと臨んだ。
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