第10話 信じるもの

「以上で私の発表を終わります。ご清聴ありがとうございました」


 前とは異なり、自信を持って発表を終えることができた。

 さあ、どんな質問でもかかってこい。俺の全てを出し切って答えてやる。

 そんな俺の心情とは裏腹に、聴衆のリアクションは薄かった。

 少し間が空いてから一人の男性が手を上げる。


「ここまでくると何と言っていいのかわからんのだが――」


 そうか、あまりの大発見に声を失っていたのだな。

 理解するにも時間が必要なはずだ。


「君はふざけている訳ではないのだな?」


 おや? まだ理解が追い付いていないのか。


「はい。大まじめです。そしてこの結果が世紀の大発見であることを確信しております」


 その返答を受けて、また質問が途切れてしまった。

 まあいい。理解してくれるまで、俺は待つぞ。


「君は"異世界を発見した"というのが結論かと思うのだが、その根拠はなんだね?」

「根拠は今までにお見せした私と異世界人との会話の記録。また、写真や、文化の差異についてのまとめです」


 それからは口火を切ったように大勢が口を開き、あれこれ意見を述べ始めた。


「それは君が作ったのではないかね?」

「疑うわけでは……、いや、捏造ではないかと疑っている」

「合成ではない証拠はあるのか」

「全て君の妄想ではないのか」

「そもそも、新エネルギーの研究はどこへ行った」

「君は仕事中に見ず知らずの女性と会話していて、それが研究結果だと」

「ガイアの拍動も恣意的な操作が多かったな」

「もう少し客観性のあるデータが必要だな」

「荷の重い仕事を与えすぎてしまったようですね」

「君は少し休暇を取りなさい。医師の診断があれば長く休むことも可能だから」


 それらの意見の結論は、俺は『頭がおかしくなったから休め』ということのようだ。


「待ってください! 確かに異世界は、オムリィは存在するんです! 彼女も研究者だ。話せばあなた方の疑問にも理路整然と答えてくれます!」


 俺は食い下がった。

 嘘つき呼ばわりされたままでは引き下がれない。

 異世界はあるんだ。

 しかし、俺の言葉は、もう誰の耳にも届いていなかった。


「なんなんだろうな」


 俺は自宅で謹慎するように言い渡された。

 研究室も解散されるらしい。

 元々俺一人だけどな。

 俺の役職も研究者ではなく経理に変わった。

 これでは研究を続けることができない。


「俺は真摯に取り組んできたんだ。それなのに」


 会社は俺を頭のおかしい奴と見放した。


「パパー? だいじょうぶ?」

「ああ、ありがとう」


 ミアが慰めるように、俺に寄り添ってくれる。


「これからどうすればいいんだ」


 この数日、ずっと同じところを行ったり来たりで考えてしまう。

 まとまらない思考を頭の中で巡らせていたが、それを止めるように玄関のチャイムの音が鳴った。


「どうしてるかなって思ってさ」


 訪ねてきたのはヒナだった。


「ああ、どうって言われても、別にやることもないしな」

「そう、だね」


 ヒナが口を閉ざし、沈黙が訪れる。


「まあ、とりあえず入れよ」

「ねえ、前の約束ってまだ生きてる?」


 約束? 何かあったっけか?


「ネズミ―行くって話。今から行かない?」

「今からって、もう昼過ぎだぞ」

「アフター5ってのがあるのよ。いいから行こ!」


 ヒナは半ば強引に俺の手を引きながら、家の中にいるミアにも声をかける。


「ミアちゃーん! ネズミ―行きたいよねー?」

「え! ネズミ―! 行きたい!」

「あ、お前ずるいぞ」

「さー、準備して!行くよ!」


 俺たちは急いで準備を整えて、急遽ネズミーランドに行くことになった。


「よーし、まずはアレに乗ろ!」

「あれは、ミアが怖がるんじゃないか?」

「大丈夫だよー。ねー、ミアちゃん?」

「だいじょうぶ! ミア、あれ乗りたい!」


 正直なところ、俺はこういった乗り物が得意ではない。

 特に落ちるやつは絶対に嫌だ。

 しかし、ミアがいいと言うのならば、俺も覚悟を決めるしかないようだな。


「よーし! 行くぞ! お前ら気合い入れて行けよ! 死なずに戻ってくるんだ!」

「死なないって……」


 そうして俺たちはイカダで森の探検をするアトラクションに乗り込んだ。


「死ぬかと思った……」

「大丈夫に決まってるじゃない」

「パパ、へいきー?」


 俺はぐったりとベンチに腰掛けた。

 もう嫌いだ。

 ネズミーなんて大嫌い。


「だいたい、あの角度と速度で飛び出して助かるはずがないんだ。今回は何かが原因で速度が落ちたからよかったものの」

「あのタヌキくんが力を使って守ってくれたからよ」

「なんだその力とかいう非科学的なものは。しかも、他の動物たちも火あぶりにされて生きていられるはずがないだろ!」

「強い子たちなのよ」

「そもそも! なぜ動物のくせに二本足で立って、言葉を話しているんだ!」

「そういう世界だからよ。受け止めなさい」

「そんなこと――」


 いや、まさに俺が報告会で言われたのも、こういうことだな。

 俺にとっては現実にある世界でも、あの人たちにとって異世界は存在していなかったんだ。


「お前はこの世界があると思うのか?」

「あるに決まってるでしょ。自分の目で見たものが信じられないの?」


 確かに、俺の目の前ではネズミが話し、アヒルが笑い、犬が踊っている。

 それは紛れもない事実だ。


「目の前の世界が信じられないときは、自分を信じればいいの。私が好きなネズミ―はここにある。そう信じればあるんだって」

「そう、なのかもな」


 思い込みや先入観は、研究ではタブーとされている。

 だが、自分の測定結果に自信を持つことも同じくらい大切な掟だ。

 それを改めて認識した。


「あいつらの中には人が入ってるけどな」

「……あんた、それは本当に死んでもおかしくないからね」


 俺は声を上げて笑った。

 謹慎を言い渡されてからの数日間、こんなにしっかり笑ったことはなかった。


「あー、なんかすっきりした」

「そう? それはよかった」


 さすがネズミ―ね。とヒナは言ったが、それはネズミ―の魔法じゃなくてお前のおかげだ。


「さて、気持ちは切り替わったけど、どうすることができないのも、これまた事実なんだよなー」

「研究する場所がないってこと?」


 俺は首を縦に振って肯定した。


「俺の次の仕事は経理だってよ」

「ねえ、謹慎期間はどのくらいなの?」

「とりあえずは一か月、だが追って連絡が来るらしいし、三か月くらいにはなるかもな。病院に行って精神鑑定書がもらえたらもっと休めるかもしれないそうだ」

「長いわね」

「ズバリ言うね」

「いい意味よ」


 謹慎期間が長くていいことなんかあるわけないだろ。

 嫌味か。


「謹慎期間って言っても、家から一歩も出るなって言われてるわけじゃないでしょ。会社に来るなってことで」

「そりゃそうだけど、会社に行けなきゃ装置も使えないし、研究はできないぞ」

「私に心当たりがあるの」


 そう言って、ヒナは俺の携帯にメモを送ってきた。

 そこには大学名と人の名前が書いてある。


「私が卒業した研究室。そこもレーザーを使用した研究をしてるし、先生も理解がある人だから、力になってくれるはずよ」

「おい、この名前……」


 そこに書かれている名前には見覚えがあった。

 いや、はっきりと知っていた。

 『TK大学 光物理研究室 アンドリュー・ミッシーマ教授』


「俺、この教授知ってる」

「ああ、前に私と一緒にいたから、そのときかしら」

「いや、この前の学会だ。この教授だけ“ガイアの拍動”に興味を持ってくれたんだ!」

「そうだったの! 正直、研究テーマを丸ごと認めてもらえるかは賭けだったんだけど、それなら話が早そうね。すぐに連絡してみましょう」


 先の見えない俺の道に光が差し込んだ。

 また、研究ができる。

 また、異世界との交信ができる。

 また、オムリィと話すことができる。

 まだまだやりたいことが山積みだ。

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