第11話 実験再開
「ご無沙汰してます」
俺はヒナの紹介でミッシーマ教授の元を訪れていた。
「おお、エリクセン君だね。この間の学会は面白かったよ。それにしても、まさか君とコスタ君が知り合いだったとはね」
「ええ、私も驚きました」
俺は一呼吸置き、早速本題に入った。
「教授、今回はお願いがあってまいりました」
「ああ、話は聞いているよ。うちの研究室で研究がしたいと」
「はい。まずはこれまでの研究成果も見ていただけないでしょうか」
俺は恐る恐る報告会の資料をミッシーマ教授に見せた。
教授は静かに資料に目を通してから、口を開いた。
「ふむ、にわかには信じられんな」
「やはり、そうですか……」
そうだよな。いきなり『異世界はあります!』だなんて研究結果を持ってこられても信じられるはずがないか。
これが普通の反応だということは痛いほど学んだ。
「ああ、まさか本当に異世界との交信に成功しているとは。しかも、言葉だけでなく、これほど多くの画像データのやり取りもしているだなんて信じられないよ」
「え、そっちですか?」
「そっちとは?」
「し、失礼しました! 異世界の存在は信じていただけたのでしょうか」
「異世界はある、と君は信じているんだろう?」
教授は真っ直ぐに俺の目を見て問いかけた。
「はい。異世界はあります」
俺も目を逸らすことなく答える。
俺は逃げない。自分を信じぬくと覚悟を決めたんだ。
「なら、あるのだろうよ。君の次の仕事はどうやってそれを他の人にも信じさせるかだ」
信じてくれるということなのか。
異世界はあるという俺の言葉を教授は信じてくれた。
誰の理解も得られなくても研究を進めるという覚悟をしていたつもりだったが、教授の同意を得られたことで、安心からか俺の目から一粒の涙が零れた。
「君は決して一人ではないよ。どれ、僕の研究室からも学生を付けようじゃないか」
教授は部屋の隅で作業をしていた学生に声をかけた。
彼は確かこの間の学会で会った、名前は――
「ミヒャエル・オダです」
そうそう、オダくんだ。
博士課程の学生だって言ってたっけ。
「コスタさんは今日はいらしてないのですか?」
「ええ、今日は私だけです。ヒナの後輩ですか?」
「……、彼女は僕の同期です」
「ああ、そうでしたか」
えーっと、ヒナと同級生だから、オダ君も俺と同級生なのか。
じゃあ、今年30歳?
「ということは、俺とも同級生ですね。これからよろしく!」
「あ、はい。よろしく」
「そうか。2人は同級生に当たるのか、ちょうどよかったね。オダ君、まずは装置の使い方や研究室の設備を案内してあげてくれ」
「はい」
口数の少ない人のようだが、これから仲良くやっていけるのだろうか。
俺はオダ君のあとについて、研究室の設備を確認して回った。
「ここが暗室で、レーザーなどはここにある。波長は可変式で紫外から遠赤外まで、波数分解能は0.1 nmでコントロールできる」
「すごいな。充分な設備だ」
「そりゃ一流大学だからね」
「あ、ああ、そうだな」
どうも会話のテンポがつかめない。
何か共通の話題は――
「コスタさんとはどこで知り合ったんですか?」
話題を考えていると向こうから話を振ってきてくれた。
確かにヒナは共通点として話しやすいな。
「会社に入社したのが一緒でね。その前にも一度学会で見かけていたから、その縁もあって仲良くなったんだ」
「会社の同期ということは修士卒か」
「うん、そう。W大で研究していた」
「あ、そうですか。修士学生が研究していたと言えるかはわからないが、彼女も博士課程に進むべき人材だった」
「彼女は優秀だからね。俺はいつも助けられてばかりだ」
「僕は彼女にユニークなアイデアの論文を教えてあげていたりしましたね。あとは共通の趣味であるゲームの話もよくしたな」
「あれ、ヒナもゲームするんだ。そういうの嫌いなんだと思ってた」
「ネズミ―のキャラがでるRPGです。あのシリーズは好きらしいですよ」
「あー、あいつネズミ―オタクだからなあ。この間もいきなりネズミ―ランド連れていかれてまいったよ」
「……本当に仲が良いんですね。……2人は付き合ってるとか?」
「俺とヒナが? いや、そういう感じではないかな。良き仕事仲間って感じだ」
「そうですか。なるほど。仕事仲間」
「あと、俺の娘の面倒を見てくれたりするから、それで何かと世話になることが多くなっているな」
「娘がいるんですか。既婚者でしたか」
「いや、結婚はしてない。親戚の子で血は繋がってないんだ。だが、実の娘のように思ってるよ」
「はあ、そうですか」
ミアの話には興味がないようで、オダ君は黙ってしまった。
なんだよ。もっと聞いてくれてもいいじゃないか。
俺はまだミアについて話し足りないぞ。
まあ、まだ初日だ。
無理に話しても良くないだろう。
オダ君とはゆっくり仲良くなればいいさ。
いつか彼にもミアの素晴らしさを理解してもらいたいものだ。
そうして、ミッシーマ教授の下、俺はオダ君と異世界交信の研究を再開した。
「異世界は魔素を用いて魔法を使う。魔素にはいくつも種類があるんだが、いつも交信に使われているのは光の魔素らしい」
「はあ、魔素に魔法。聞いてはいたけど本当にファンタジーの世界ですね」
「信じられないか」
「いえ、信じますよ。信じ込まなきゃこんな研究やってられないですからね」
「助かるよ」
オダ君のことは、オムリィにも紹介した。
これまでの経緯についても説明して、俺の立場が変わったことも伝えた。
「連絡が来ないから心配したわ。それにそうなるんじゃないかって少し思ってた」
「わかってたの?」
こうなることがわかっていたのなら止めてほしかった。
「わかってたわけじゃないの。でもワタシも似たような立場だから」
「オムリィが研究を一人でやってるのと関係が?」
「そう。ワタシの本当の研究テーマは魔素との会話なの。それは誰の理解もえられなかった」
魔素と会話する?
そんなことが可能なのか。
俺の今までの認識では魔素は単なるエネルギー物質で、会話が成立する相手だとはとても思えなかった。
「でも、ルイに協力してくれる人ができてよかった。オダ君、よろしくね」
「はい」
オダ君にも練習のため、オムリィに返事を送らせた。
そりゃ難しい操作じゃないから、やる気出ないのもわかるけど、もう少し言うことなかったのかなあ。
「オムリィの"魔素と話す研究"について、もう少し聞かせてもらえるかな」
何かオムリィを手伝えることがあるかもしれない。
オムリィは、その研究内容に関する持論を説明してくれた。
「ワタシたちが魔法を使うときは魔素に指示を出すというのは伝えてたわよね?」
「ああ、それは聞いてる。言葉の発声か文字による指示でも大丈夫なんだろ」
「そう、指示を理解できるということは、魔素にも意思があるんだと思うの」
「指示ってのは比喩的な表現じゃないのか? こっちの世界でいうコンピュータに指示を出すみたいな」
「それだけじゃないの。魔法で術者本人を害することはできない。これは魔素の意思によって阻害されていると考えられるわ」
「深層心理として、自分自身を害するイメージが拒まれるからでは?」
「他にも、魔法の強さは人によって異なるの。これは魔素に好かれる人とそうじゃない人がいるからじゃないかしら」
「うーん、それも前に教えてくれた構築力の差かもしれないよね」
「そうね。これらの理論だけでは魔素に意思があることの証明にはならないわ。ルイのように考える人が大多数で、ワタシの研究は認められなかった。学会でも色物扱いで、研究は一人で進めるしかなかったわ」
俺と同じだ。
それでもオムリィは一人で、ずっとこの研究を続けていたのか。
「オムリィは魔素には意思があると、話せると信じてるんだろ?」
「もちろん。魔素とは話せるわ」
「さすがだ。俺もその説を信じるよ」
やはり信じて研究するってのは大切なことなんだな。
オムリィが俺と同じような立場になっても諦めずに研究を続けていたと知って、より力が湧いてきた。
オムリィはいつも俺の研究の原動力になってくれている。
いつか直接会ってみたいな。
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