第12話 魔素

「魔素ってのは光以外にもあるんですよね?」


 俺が知っている異世界の情報を全て伝えるとオダ君から質問が飛んだ。


「ああ、そうらしいぞ。火とか雷とか音とかもあるらしい」

「それらの違いは?」

「火の魔素は火を生み出すし、雷の魔素は雷を生み出すし」

「うーん、そうじゃない。君はどれもエネルギーだと言ったよね。見えない状態のエネルギーに何の違いがあるって言うんだい?」

「なになにー? なんの話―?」


 話に参加してきたのはミアだ。

 今までは社内の保育園に預けていたのだが、謹慎処分となったことで、それもできず、教授に許可をもらい研究室に連れてきていた。


「ごめんねー。難しかったよね」


 パパにもはっきりとはわからない。

 魔素は見ることも感じることもできない。だとするとどうやって区別しているのだろうか。

 早速、オムリィに聞いてみることにした。


「うん。オダ君の言う通りね。実は魔素を区別する方法っていうのは確立されてないの」


 オダ君はそれ見たことかと言わんばかりの顔をしている。


「ただ人によっては得意な属性があることもあって、それは魔素が異なるからじゃないかとは言われているわ」

「魔素の属性によって好まれる人が違うと」

「そうね。ワタシは魔素の属性ごとに性格があるんじゃないかと思ってるわ」


 それはただの感想だろ、とオダ君が呟いたがそれはオムリィには送らないことにした。

 たとえ主観でも、それを実証するためにオムリィは実験を重ねているんだ。

 その結果、俺と繋がることができたのは素晴らしいことだと思う。


「魔素が共通なら光以外の魔素を使っても交信できるんじゃないですか」

「うん、そうかもしれないな。その意見採用!」


 すぐにオムリィに頼んで、他の魔素を使うとどうなるか試してもらった。


「ワタシの専門は光の魔素だから、上手く動かせるかわからないけど、がんばってみるね!」

「僕の予想では、いずれの魔素も一度エネルギーに変換されるため、差異はないと考えています」

「それじゃあ、まずは風の魔素とかで送ってみてもらえるかな?」


 光の魔素と同様に風を振動させたら、それがノイズとしてそのままこちらで観測されるのだろうか。

 単純に振動として考えれば、光である必然性はないように思える。

 オムリィが風の魔素の扱いに手間取ったため、実験結果は次の日に観測することになった。

 そして一晩明けて研究室に来てみると、よく知った顔が先に来ていた。


「ヒナちゃーん!」

「あら、ミアちゃんも一緒だったの?」

「そう! ミアもお仕事のお手伝いするの!」

「毎日、家に一人で置いておくわけにもいかないからな」


 ヒナはミアを抱き上げてからこちらに向き直った。


「随分と重役出勤ね」

「この研究室のコアタイム的にはセーフだろ」


 時計はちょうど10時になるところだった。

 会社では8時には仕事を開始していたのでそれと比べたら優雅な生活を送れている。


「研究の調子はどう?」

「ああ、おかげさまで、ここで続けさせてもらえることになったよ。オダ君に手伝ってもらってるんだけど、同期なんだってな」


 その名前を出すと、少しテンションが下がった声で返答がきた。


「ああ、オダ君ね」

「なんだよ。仲悪かったのか?」

「そういうわけじゃないけどね。変わってるから。でも、優秀な人よ」


 その感じは数日話しただけだが、ヒシヒシと感じている。

 オダ君にとっては新しい分野のはずだが、情報を整理してどんどんアイデアも出してくれる。

 ただオムリィとの相性は悪そうで、オダ君の発言は俺のところで止めることもよくある。

 一癖も二癖もありそうだが、博士課程の研究者はみんなそういうもんだろうと思って接している。


「ヒ、コ、コスタさん! どうしてここに?」


 噂をすればオダ君の登場だ。

 予期せぬ来訪者に驚いて、声が裏返っている。


「あら、オダ君。ひさしぶり。元気だった?」

「ええ、僕は順調です。今度ネイチャーにも載せられそうな研究もしているところです」

「すごいわね。ルイのこともよろしく頼むわね」

「ああ、コスタさんの紹介ですから、僕の全力を尽くして、しっかりと研究結果がでるように頑張りたいと思います」

「ありがとう。期待してるわね」


 ヒナからの激励を受けて、オダ君はいつも以上に張り切り、その勢いで俺を実験室まで引っ張っていった。

 とは言え、今日の実験結果は俺だって楽しみだ。

 早速、ガイアの拍動をチェックする。


「ノイズは確認できる」

「成功か。しかし、いつもとは雰囲気が違うような」


 画面上にはいつもと同じ拍動の波形と小さくノイズが載っている。

 しかし、よく見ればノイズを示すデータの色がいつもと違う。


「何かわかりましたか?」


 コンピュータをいじり、データを確認し始めた俺にオダ君が問いかける。

 まだ、"わかった"と言える段階ではないから、確認してみないと断定はできない。そう思考しながら俺は探していたデータにたどり着く。


「あった! やっぱりそうだ。データを測定してる検出器が変わってる」

「場所はどこでも変わらないんでしたよね?」

「ああ、場所ではなく観測対象が変わっている。今までは光だったけど、今回は風力がノイズの原因だ」


 今回は風の魔素を使っているんだ、考えるまでもなく当たり前のことか。

 光の魔素は光になるし、風の魔素は風になる。

 元の魔素に違いがあるかはわからないが、オムリィが送るときに光や風に変換しているから、その影響だろう。


「そんな馬鹿な。風に変わるということは……いや、魔素も……、しかし、それを実証する手段が……」


 オダ君は何やら難しく考えているようだが、結果は結果だ。

 俺はオムリィにこの結果を伝えた。

 そして、今度は雷の魔素を送ってもらうことにした。

 雷は属性として光に近いらしく、今回は手こずることなく送信されてきた。

 その結果を見て、思わず感嘆の声を上げる。


「何? どうしたの? 何かすごい結果でも出た?」


 その声を聞いたヒナが実験室に入ってくる。


「おお、なかなか面白いことが起きてるよ。光以外のエネルギーも送れるみたいなんだ」

「えーっと、ガイアとの交信にはレーザーを使っていたのよね? それ以外でも連絡できたって意味?」

「ガイア? ガイアって何です?」

「ミアもお手伝いするー!」


 一度にそんなに言わないでくれ。

 俺の能力じゃ同時に処理しきれない。


「まず、オダ君の質問だが、ガイアってのは便宜上付けていたオムリィの呼び名だ」

「オムリィ? ガイアの名前がわかったの?」

「ああ、他にもいろいろとわかったぞ。 オムリィは異世界人なんだ」

「ちょっと待って。それは初めて聞いた」


 ヒナは冷たい目をしている。

 ああ、この目は知っているぞ。

 ヒナがオタクを蔑視するときの目だ。


「いや、真面目な話なんだ。写真もあるぞ」


 俺はオムリィから送られてきた数々のデータを見せた。


「うわー! きれいな人―! だれ?」

「合成じゃないの?」

「違うって。だけど、そういう気持ちもわかる。報告会では、これを見せて謹慎処分をくらったからな」


 ミアは珍しい見た目のオムリィに興奮気味になったが、ヒナは現実のものとして感じていないようだ。

 それどころか、ヒナの顔には謹慎になったのも頷けると書いてある。

 仕方ないか。実際に話してみないと実感も湧かないだろうしな。


「疑うならヒナもオムリィに質問してみるか?」

「それはいいわ。疑ってるわけじゃないの、ただすぐには信じられないだけ」

「それなら僕が質問してもいいですか?」


 オダ君がそろりと手を上げた。


「おお、もちろん!」


 そんな恐る恐る尋ねなくたっていいのに。

 そんな聞かれ方をすると、逆に何を聞くつもりなのかと怖くなってしまう。


「ちなみに、どんな質問をするつもりなんだ?」

「もう少し魔法について知りたくなりました」

「魔法!? そんな話もあるの?」


 ヒナが驚きの声をあげる。

 そのリアクションを見ていると、オダ君はよく素直に信じてくれたなと、今更ながらに感じた。

 彼はゲーム好きのようだし、そういうところで魔法のようなファンタジーへの耐性があったのだろうか。

 それならネズミ―だって魔法使ってるのに。


「異世界ですから」


 オダ君はヒナの疑問にサラリと答える。

 さも当然のように言ったが、すぐには受け入れにくい論理だ。

 ヒナはまだ腑に落ちていないようだったが、俺たちの実験を進めるように促した。


「その前に、まずは雷の実験結果をオムリィに報告しないと」


 今回の結果も、先ほどの風の魔素と同様に、雷の影響がノイズとして観測されていた。

 全世界的に雷が一定の法則で発生していたのだ。

 これで、魔素を変えると、そのエネルギーがそのままこちらの世界に送られえることがわかった。

 この発見は何かに使えそうだな。

 魔素を変えると、こちらで観測されるエネルギーが変わることは、オムリィにとっても面白い結果だったようだ。


「異世界との交流は、こちらの世界でも例がないから、魔素がどういう働きをするのかはわからないの。でも、観測されるエネルギーが違うってのはそちらの世界への働きかけが違うってことよね」

「ミアにも教えて!」


 オムリィからの返信の音声を流しながら、俺たちが議論していると、蚊帳の外にされたミアが怒った声を出した。


「ごめんごめん。難しいよな。でも、パパたちもよくわからないから、簡単に説明できないんだ」

「パパもわかんないことあるのー?」

「ああ、たくさんあるぞー。だからこそ、研究するのが楽しいんだ」

「その子は外に出しといた方がいいんじゃないですか? 秘書さんにでもお願いしましょう」


 む。そりゃ確かに、ミアは議論には参加できないが、俺たちの疲れた脳をリフレッシュしてくれる大事な存在だ。

 しかし、オダ君の言うことは正論なので、秘書の方にミアの面倒を見ていてくれるように頼んだ。

 ヒナも内容の理解についていけないからと、外でミアと遊んでいてくれることになった。


「雷のエネルギーは電気……しかし、観測結果は……この考えは論理的ではないか」


 一際、静かになった実験室には、オダ君の独り言だけが呟かれていた。

 オダ君は色々考えてくれているようだし、さっき聞いてくれた魔法について、もう少しオムリィに質問しておくか。


「オダ君、考え中のとこごめんよ。オムリィへの質問だけど、何を聞けばいいかな?」

「呪文の詠唱について教えてください」


 呪文の詠唱か。

 いよいよ中学生が喜びそうな研究内容になってきたぞ。

 こんな研究で大丈夫かと不安な気持ちと、少しの恥じらいも湧いたが、大真面目に呪文詠唱について考えることにした。

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