第30話 作戦変更

「逃がした、か」

「はい……」


 俺たちは状況を整理するために、会議室へと集まっていた。

 報告を聞いたガルザードは、俺に背を向け、窓からカルセイワンの方を見つめる。


「しかも、ナイフを奪われた、と」

「はい……」


 完全に俺のミスだ。

 オダが苦しんでいる演技を見抜けなかったこと。

 心臓を一突きにできなかったこと。

 ナイフを手放してしまったこと。

 全てが俺のミスだった。


「申し訳ありません」

「謝罪が聞きたいんじゃないんだ」


 ガルザードは冷静な声でそう言い放った。


「はい、すみま――」

「だから、いくら謝罪を積み重ねても状況は変わらないんだ」


 その言葉にはわずかな怒気か籠っていた。

 俺は返す言葉がなく黙り込んでしまった。


「そんなに責めないであげてください。あの場にいて何もできなかったワタシたちも同罪です」


 オムリィは俺を庇うようにそう言ってくれた。


「いや、責めているわけではない。また、いつオダが攻めてくるのか、わからないんだ。一刻も早く対策を練る必要がある」


 必要なのは謝罪ではなく、対策案。

 現実は俺に落ち込んでいる時間を与えてはくれない。


「それで、何かアイデアはあるかね」


 アイデア……

 オダの裏をかけるような、独創性に溢れた新しいアイデアが必要だ。

 だが、そんなものはそう簡単に出てくるはずもない。

 皆が黙り、時間だけが過ぎていく。


「あの、発言してもよろしいでしょうか」


 静寂の中、ヒナが手を上げた。


「ああ、君は――」

「ヒナ・コスタです。私もルイ・エリクセンと同じ企業で働いていました」

「そうか。何か意見があるのかね」

「物量作戦はどうでしょうか」

「大規模な隊を作り、一気に攻めるということか?」

「いえ、言葉通り、大量の物で攻めるのです」


 ヒナの提案はこうだった。

 オダを魔法で倒すことはできない。

 また、手錠を掛けるまで近づくことは難しい。

 だから、近付かずに遠くから土を魔法で動かし、埋めて拘束してしまおうというものだ。


「しかし、それでは穴を掘って出てくるだけではないのか」

「もちろん、穴は掘れるでしょう。ですが、土はなくなるものではありません」


 前の攻防でオダが地中に穴を掘った時は、その分の土は壁に使われていた。

 掘っても掘ってもその穴を塞げるほどの土を予め準備しておけばよいというアイデアだった。


「準備に時間とお金がかかってしまうかもしれませんが」

「いや、そのくらいの予算はある。時間はできるだけ急がせよう」

「あの、それなら、土だけでなく、色々な金属を用いるのが良いかもしれないです」

「そうなんですか?」

「土だとわかっていれば、その物質の扱いはしやすいです。分解されてしまうかもしれない。だけど、色々な金属で囲んでしまえば、それだけ分析や対処に時間がかかります」


 ヒナのアイデアにオムリィが意見を足して、より良い作戦へと昇華させる。

 二人の優秀さを実感した。

 俺も何か役に立てないだろうか。


「一つ、いいだろうか」


 ガルザードがその作戦に待ったをかけた。


「彼を物量で潰したとして、その後はどうするんだ」


 オダが移動しても、その出口を塞ぎ続けるほどの物量で押しつぶす。

 しかし、その後どうするのか。

 それに出てこられないと言っても一時的なものだ。

 四六時中、見張り続け、穴を塞ぎ続けるのにも限界がある。

 どこかでトドメを刺す必要がある。


「まずは、オダからナイフを奪い返さないといけないな」

「ワタシ達が外から上手いこと穴を掘っていくとか? 何の金属か知ってれば分解も容易だし」

「身体を拘束してしまえば、近づくこともできるだろうが、現実的ではないな」


 大量の土で生き埋めのような状態にするということは、外からではどこに埋まっているかわからないということだ。

 せっかく地中に封じても、闇雲に穴を掘ってしまえば、オダを自由にしてしまいかねない。


「せめて場所が特定できれば、ピンポイントで攻めることができるんだけどな」

「いっその事、そのまま海に投げ捨てちゃうとかはどう?」

「いえ、そうしなくても場所はわかるでしょ?」


 ヒナは当然のようにそう言ったが、オムリィはその意味がわからないようだった。


「わからないでしょ……?」

「あれ? 言葉では説明しにくいのだけど、こちらの世界では当たり前の現象なのかと思ってたわ」

「どういうこと? ルイも魔素が濃いとか不思議なこと言ってたけど、それのこと?」


 あー、その発言も覚えていたか。

 オムリィたちは感じていないが、俺は感じている言葉では言い表せない概念的なもの。

 おそらく魔素だろう。

 それをヒナも感じているのだろうか。


「んー、それのことかわからないけど、どこに人がいるかは何となくわかるわ」

「それは俺にもできないぞ!」

「そうなの? オダ君もできてたから、当たり前のことかと思ってたわ」

「オダも……」


 そういえば、こちらでの初めての攻防の時、オダたちが地面から出た場所は、見張りが少なくなっていた場所だった。

 偶然だと思っていたが、人の気配がわかったから、そこを選んで出ることができたのか。


「では、場所の特定は君に任せることにしよう」

「金属の準備はどのくらいでできるでしょうか」

「土であれば、それなりにすぐ集めることができると思うが、大量の金属を集めるのは簡単ではないな」

「それなんですけど、金属である必要はありませんよね?」


 みんなの話を聞いているうちに、俺にも一つアイデアが浮かんだ。

 きっと金属よりも有効に使えるはずだ。

 俺たちも少しお勉強が必要になりそうだったが、そのくらいは容易いだろう。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 会議を終えた俺たちに少しの間だが休息が与えられた。


「やっと合流できたね」


 ヒナは安堵した声でそう言った。

 あの戦いの後、すぐに対策を練るための会議に呼ばれてしまったので、今までずっと気を張っていたのだろう。

 いつもの凛とした空気は影を潜めていた。


「大丈夫か?」

「どうだろ」


 ヒナは珍しく弱音を吐いた。

 ヒナにとって異世界は俺以上に未知の世界だ。

 その苦労は測り知れない。


「ひなちゃーん!」


 俺たちの間に流れた気まずい沈黙を打ち破ってくれたのは、我らがミアだ。


「あらー、ミアちゃん! 元気だった?」

「げんき! すっごい! げんき!」


 久しぶりに会えたのが嬉しいようで、ミアは跳ねる様にしてヒナの膝の上に乗った。


「良かったわね。ずっとパパと一緒だったの?」

「ううん。知らない人と一緒だった」


 ヒナは疑問を抱えた視線を俺に送る。


「ああ、ミアとも合流できたのは、ついさっきのことなんだ」

「そう、だったのね。ミアちゃんも大変だったでしょう」


 ミアを見つめるその目は姿だけでなく、そこまでの苦労をも見ているようだった。


「もう危険な目には合わせないよ」

「肝に銘じなさいね」

「お前も勘定に入ってるからな」


 ヒナはミアを見たまま一瞬固まった。


「あ、ああ、うん。ありがと、なんか照れちゃうな」

「……だから、あの作戦も容認できない」


 先ほどの会議で決まった作戦のことだ。

 動きを封じた後、オダに近づきナイフを奪い取るのは、目では見えなくても場所がわかるヒナの役目となっていた。


「大丈夫よ。ナイフを振る隙間がないくらい押しつぶすんだし」

「それでも危険だ」

「他に方法があるの?」


 ヒナは俺の方に向き直り、真っ直ぐに見つめてそう言った。

 瞳には、わずかだが強い意思が戻っていた。


「方法は、ある」


 ヒナは驚いた顔で何かを反論しようとしたが、思い直して俺に続きを語らせた。


「人の場所がわかる能力に心当たりがあるんだ。それにヒナやオダにできるなら、俺にだってできてもおかしくない」

「でも、結局今はできてないでしょ」

「今はな。でも、間に合ったら、その役目は俺と変わってくれ」


 俺は有無を言わせないように、ヒナの目をじっと見つめた。


「う、ん。わかったわよ。間に合ったらね」

「ありがとう。じゃあ、俺はやることがあるから、ミアのこと任せていいか?」


 俺は返事も聞かずにその場を飛び出した。

 状況は一刻を争う。

 急がなければ。


「まったく。ズルいんだから」


 去っていく俺の背中を見つめながらヒナはポツリと呟いていた。

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