第29話 想定外×想定外

「オダ君が来ました!」


 オムリィはガルザードからの連絡を受けて、俺たちにそう告げた。

 早かったな。

 いや、丸一日空いただけでも十分か。


「すぐに行かなきゃ!」

「ここからだと二時間くらいか」

「どこ行くのー?」


 ミアには詳しい状況は説明していない。

 血生臭い話だ。

 あまり知ってほしい内容でもない。


「お城みたいなとこだよー」

「おしろ! 行く!」

「おお、もちろんだ。行こう行こう」


 俺はミアを抱えあげるとオムリィの方に差し出した。

 オムリィは俺の意図がわからなかったようで、小首をかしげている。


「えっと、俺は自分のことで手一杯だから、オムリィがミアを飛ばしてもらえない?」

「ご、ごめんなさい。ワタシも二人同時にはできないの」

「な、なんだってー!」

「ここに、置いて、いきますか?」

「だ、ダメだ! それは許さん! 俺は二度とミアとは離れないぞ!」


 俺はミアをがっしりと抱え込む。

 それを見たオムリィは困り顔になってしまった。


「どうしよう。ウンナさん、何か大きい板みたいなのはありますか?」

「ある、と言えば、ありますが、それよりも、いいものが」


 そう言ってウンナは小屋の裏手にあった倉庫へ向かった。

 そこから持ってきたもの、いや乗ってきたものは俺も知ってるアレだった。


「これは車じゃないか!」


 四つのタイヤが付いた鉄の箱。

 中には椅子も付いている。

 前にも横にも窓は付いていないが、オープンカーだと思えば、これも立派な車だろう。


「はい。そちらの、世界では、最も、メジャーな乗り物だと、聞いたので、作ってみました」

「へ~、ルイの世界ではこういうのがあるんだ。どうやって使うの?」

「動力源はガソリンなんだけど、それはあるのか?」

「ない」

「おいおい」

「から、運動エネルギーを、生成するか、風で、押してください」


 なんとアナログな……

 それじゃあ、タイヤが付いてるだけのオモチャじゃないか。

 でも、ただの空飛ぶ板にミアを載せるよりは、安全かな?


「それならワタシも手伝えるね」

「じゃあ、ハンドルは俺が持つな」

「ミアはじょしゅせき!」


 よーし、これで準備は万端。

 気力も充分。

 待ってろよ、オダ。

 俺が地味に速攻で倒してやる。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「敵の攻撃に備えろ! 応援が来るまで耐えるんだ!」


 戦場にガルザードの声が響く。

 毎度のことのように、オダは無数の魔法を放ち、魔導士団は防御壁を張る。

 守り切れない所から、砦や周りの家は少しずつダメージを受けていく。


「まだ出てこないのか」


 オダの呟きは自らが生み出した火球の爆音に飲まれる。

 ヒナは悲しそうな顔でそれを見ている。


「もう、辞めようよ」

「……それはよく考えた上での発言ですか? ヒナさんの発言とは思えませんね」

「それは……」


 ヒナはそれっきり口を閉ざしてしまった。

 そして魔法による破壊行為は、見るに堪えないと言うように目を逸らす。

 そんな仕草には気が付かないのか、オダは魔法を唱える速度を緩めない。

 そんな中、目を伏せながら距離を取ったヒナの耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「スピードを落とすな! このままだ!」

「ええ! 危ないよ!」

「いっけー!」


 その声を聞いてヒナは顔を上げる。

 すると、よく知る顔がこちらに向かってきていた。


「ルイ!」

「……やっと来たか」


 オダもそれに気付き、魔法を放つ方向を変えてきた。


「させるか!」


 俺は車の前に身を乗り出し、風による防護壁を作った。

 火球はその壁によって消え去っていく。


「へえ、魔法を使えるようになってるのか。それなら」


 オダは火球の軌道を曲げ、左右から車へ攻撃してきた。


「しまった!」

「きゃああ!」


 攻撃を防ぎきれない。

 車に動力を与えていたオムリィは回避行動に入るのが一瞬遅れた。


「あぶなーい!」


 ミアがオムリィを庇って火球の前に飛び出した。


「ミアあああ!」


 火球はミアに直撃し、煙を上げる。


「おおー、びっくりしたー」


 煙が消えると、無傷のミアとオムリィの姿が見えた。


「み、ミア! 大丈夫か?」

「うん!」


 吃驚したのはこっちのセリフだよ。

 いきなり危ない目に合わせてしまって、ナオトに合わせる顔がない。

 でも、よくやったぞ。

 さすがは俺の自慢の娘だ。


「そのサイズでも有効な盾にはなるか。でも、足元がお留守ですよ」


 オダの攻撃はタイヤを集中的に狙ってきた。

 火球が当たった衝撃で、車が宙に浮く。

 俺たちは天井も窓もない車体から簡単に投げ出されてしまう。

 俺は身体を空中でコントロールしながら、魔素へ指示を与える。


「運動エネルギー生成、方向は前方、速度200 km/h、基点座標は――」

「逃がさないよ」


 オダは俺が移動することを見越して、動線上に火球を放つ。

 魔素への指示が聞かれてしまうと、起きる事象も予想されてしまう。

 だが――


「基点座標は車だ!」


 俺自身は自由落下に身を任せ、代わりに車が猛スピードでオダ目掛けて発進した。

 オダは魔法を唱えるのを止め、反射的に身構える。

 オダにぶつかった車は反射の法則に則り、そのままのスピードで明後日の方向へと飛んで行った。


「小癪なことを。ですが、肉体に損傷を与えるほどのエネルギーは無効化されますよ」

「でも、ビビっただろ?」


 ダメージがないことは俺もわかっていた。

 しかし、そうとわかっていても、人は本能として無意識的に防御行動を取る。

 オダが人間辞めてないことを確認できてよかった。


「これやる意味あった? 危険すぎだよぉ」

「おもしろかった!」

「オムリィ、ありがとう! 二人は安全なとこに移動して!」


 オムリィはすでに車を動かすことを止めていたので、放り出されたミアを上手く受け止める余裕があった。

 作戦通りだ。

 決して危険な目には合わせていない。

 ……うん、正直に言えば、車から投げ出されるとは思っていなかった。

 最初からミスの連続だが、まあいいだろう。


「失敗は成功の母っていうしな。これは挨拶代わりだ!」


 トドメは地味な攻撃だし、最初くらい派手にやっとかないとね。

 そして、俺はオダに聞かれないように小声で魔素への指示を出し、オダの周囲の酸素分子を破壊して、代わりにオゾンを生成する。


「……ん、な、なんだ」


 オダは異変を感じ、口元に手をやった。

 俺がオダの周囲の酸素を減少させた効果が出たのだろう。

 オダは苦しみながら、その場に膝をついた。


「ちゃんと効いてよかったぜ」

「お、お前……何を、した」

「ネタバレまではしないけど、この臭いで薄々わかってるだろ」


 俺は右手のナイフを握り直し、ゆっくりとオダに近づく。

 ついにこの時がきた。

 このナイフをオダに突き刺せば終わりだ。

 ナイフを持つ手は小刻みに震えていた。

 怖い。

 殺意を持って人を殺そうとしているんだ。


 それでも、俺がやらないといけない。

 そう決意を持ってまた一歩踏み出す。


「じゃあな」


 俺は一息にオダの心臓目掛けてナイフを振り下ろした。

 ナイフは真っ直ぐに急所を目掛けて軌跡を描く。

 その時、視界がぼやけた。

 無意識に目を背けてしまったのだろうか。

 自己を奮い立たせ、改めて自分の行いを目に焼き付ける。

 血はオダの肩から滲んでいる。


 ナイフはオダの左肩に突き刺さっていた。


「な、なんで……!」

「くっ、さ、さすがに痛かったな」


 オダは自分の肩に刺さっているナイフを抜き、よろよろと立ち上がった。


「これがお前の切り札か」

「待て、何故立ち上がれる!」

「さっきから質問が多いですね」


 そう話すオダには、先ほどまでの酸素不足で苦しんでいた様子はもうなかった。


「そういう攻撃はこちらの世界では常套手段のようだからね。全くオリジナリティの欠片もない作戦だ」

「なぜ、それを……」

「ネタ晴らしをする必要がありますか?」


 くそ、作戦がバレていたのか?

 いや、そんなはずはない。

 それにわかっていたとしてどうやって対策をしたというんだ。


「……やはり治癒魔法も効かないか」


 オダの左肩の赤い滲みは先ほどよりも大きくなっている。


「目的は達したし、僕らは戻ることにするよ」


 そう言って、オダはヒナの方を向いて呼びかけた。


「さあ、行きましょう」


 ヒナはそれには答えずに、真っ直ぐオダの目を見据えている。


「……それが貴女の答えですか。まあ、いいでしょう。僕が選ばれないのは前から知っていたことです」

「……自分だけじゃなく、周りも幸せにする生き方はできなかったの?」


 そう言われたオダは悲しそうな眼をした。


「僕は常にそれを考えているつもりなんですけどね」


 オダはヒナに背を向けると、浮遊呪文を唱えて、カルセイワンの方へ飛び去っていった。

 俺はただ茫然と、その姿を見ているだけしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る