第28話 限られた時間の中で

ウンナも特訓を協力してくれることが決まった。

 彼女にとっても異世界人が魔法を使えるようになる過程は興味深いものらしく、是非協力させてほしいと頼まれた。

 講師が2人、しかもどちらも研究者であるとは心強い。

 ガルザードは何時までも基地を空けておくわけにもいかないとのことで、戻ってオダの襲撃に備えることになった。

 いつ襲撃があるのかわからないため、俺の特訓も悠長なことはしていられない。

 オダに対抗できるのは俺だけなため、それまでに魔法を使いこなせるようにならないといけない。

 ちなみに、アンジュも既にどこかへと飛び去ってしまった。


「覚えるべき魔法に優先順位をつけようか」

「今使えるのは、火球、浮遊、土壁の魔法ですか?」

「ああ、そうだ。あとは試してないけど、オムリィが光の球を出す魔法を使うのも見ている。それとナオトが地面を波打たせる魔法を使ってたっけな」

「まずはそれが使えるか試してみようか」


 魔法の試し打ちをするために小屋から少し離れた森の中へと向かった。

 俺が魔法を発動する様をみんなが固唾を飲んで見守る。

 当然その中にはミアもいるが、今から何が起きるのかは理解していないような顔をしている。

 娘の前で恥をかくのも嫌なので、まずはできそうな方からやってみるか。


「えーっと、運動エネルギーを生成して、地面の座標を時間軸に沿って変化させる。あとは、波の形だから、sin波でいいか」


 俺は思考を整理した後、基点の座標を示すために、手を地につけた。

 この動作は必須ではないのだが、自分の手を中心に位置を考える方がやりやすいと言うことを、ナオトが杖を使って行った動作から学んだ。

 俺が指示を出すと、呪文は発動され、地面はsin波の形で波打った。


「わー! すごい! 今のパパがやったの?」

「おう、上手くいってよかったよ」

「本当にできちゃったね。一度見た魔法は何でも使えちゃうのかな」

「それは、極めて、優れた、能力ですね」


 そう言われると気恥ずかしい。

 それにもう一つの方は上手くできる自信がなかった。


「なあ、オムリィが使った魔法なんだけど、あれって何が光ってるんだ?」

「何って、光の魔素だよ」

「いや、それが発光エネルギーの元になってるのはわかるんだ。でも、何か光るモノが必要だろ? 火が燃える時にも、何か可燃物が必要なのと同じ話だ」


 光るものはたくさんあるが、多くは複雑な機構をしている。

 俺が一番イメージしやすいのは、照明に使われているELの原理だが、あれをいちいち設定するのは、かなり骨が折れる。

 電子が再結合して、電子構造のギャップの分の光の波長が――

 うん、魔素には自分でネット検索してもらいたい。


「うーん。その辺りが概念的に違うところなのかもね。ワタシは光の魔素自体が光るってイメージ」

「え、でも、光の魔素は本当に存在しているのかどうかも怪しいものだろ?」

「そうなんだけど、そこは魔素理論で仮定されていて、それの反例もないから、今のところは事実として扱っても不具合は生じないの」

「よくわからんな……、理解が追い付かん」

「少しでも、魔素が、絡んでしまうと、魔法が、使えなく、なるんですね」


 ここで使えないと諦めてしまうのがいいのか。

 しかし、心残りがある。


「悩んでいてもしかたないね。とにかくたくさんの魔法を見て、一つでも多くの魔法を習得してもらわないと」

「でも、時間は限られてるし、何を基準に魔法を選べばいいんだ?」

「そうだね。オダ君との戦いで有効そうな魔法ってなんだろ。ウンナさんはアイデアある?」

「……異世界人も、こちらの世界で、生きています」

「ああ、それはそうだけど」

「生きるのに、必要な活動はできます」

「つまり?」

「例えば、五感が、あります」

「いや、だから、どういう……」


 要領を得ないウンナの返答にイラつきかけたが、何とか言いたいことを理解した。

 俺も気になっていた点だ。


「視覚か。俺は目が見えている」

「え? どういうこと?」


 オムリィはまだ気が付かないようだが、ウンナは頷きで肯定の意を示した。


「俺がオムリィの姿を確認できるのも、言ってしまえば光のエネルギーだ。俺の体にダメージは与えられなくても、エネルギーは得てる」

「ああ、なるほど」


 オムリィは腑に落ちたようで、手をポンと叩いた。


「あ、それにオダ君も」

「ああ、そうだ。オムリィの光球で、アイツは目がくらんでいた」


 目がくらむのは生きるために必要な防御反応。

 生命活動に必要な機能はそのまま残っているようだ。

 ダメージは与えられないと思っていたが、必要最低限のダメージなら与えられるということだろうか。

 この現象を逆手に取ることはできないだろうか。


「ワタシたちがやろうとしてた作戦は正しかったんだね」


 オムリィが言ったのは、先ほどの攻防で、俺が魔具を使ってオダに隙を作ろうとした作戦のことだ。

 しかし、その作戦は失敗してしまっている。


「他にも何かないかな」


 生物の分野はあんまり詳しくないんだよな。

 生命活動に必要なものってなんだ?

 食べ物を食べて、エネルギーを作って、筋肉を動かす?

 しかも、逆手に取れそうなものか。


「あ」

「どうしたの? 何か思いついた?」

「ああ、うん、いや、どうだろ」


 俺は自分の意見を開示したくなくて、言い澱んだ。


「恥ずかしがらないで言ってみてよ!」

「恥ずかしいというか、軽蔑しないでね」

「しないよ」


 オムリィの軽い返事を信用するか少し悩んだが、隠していてもしかたあるまい。


「オダの周りの酸素をなくせば、活動できなくなるんじゃないか?」

「あー、うん、確かにそうかも」


 これまた歯切れの悪い返答がきた。

 生命活動をしているということは酸素を必要としているのも変わらないはずだ。

 地味で残酷な殺し方だから、引かれたのかもしれない。

 だから、言いたくなかったのに。


「ダメか」

「良いアイデアだとは思うよ! 思うんだけど……、いや、ホントに良いアイデアかも」

「ん? どういうこと?」

「空気とか、眼に見えないものによる攻撃って、戦いにおいては初めに対策されちゃうの。だから、効果ないかなって思ったんだけど」

「異世界人なら、その対策の、発想も、方法も、ないかもしれないですね」

「普通は魔具で対策をするの。国の魔導士団なら、魔具は支給されるけど、オダ君が入手するのは難しいんじゃないかな」


 まさか、この作戦で行けそうだと言われるとは思わなかった。

 窒息させて、その隙にナイフで刺すとは、随分と野蛮なやり方だ。

 しかし、手段の是非を問うてる場合ではないか。


「そうと決まれば特訓だな! 何すればいい?」

「酸素を操るとしたら、風の魔素ですかね」

「この場合、魔素の種類は、大事では、ないのでは?」

「あ、そうだった。そしたら何の魔法を使えばいいのかな」

「酸素だけじゃなく、空気ごとなくすってのもいいんじゃないか?」

「じゃあ、風を動かす魔法を使ってみるね」


 オムリィは空気に運動エネルギーと方向性を与え、風を発生させる。


「おー、風が吹いていた」

「きもちー!」


 ミアも風を受けて、喜んでいる。


「ただ、これだと窒息はしないな」

「空気を動かした後は、気圧が下がるけど、すぐ戻っちゃうね」

「圧力もコントロールしないとダメだな。気圧のコントロールはどこまで考えればいいんだろう」

「んー、宇宙空間まで考慮しないと発動しないかな。局所的かつ瞬間的なら、もう少し簡単に出来ても良さそうだけど」


 あーでもない、こーでもないと、一つ試しては、議論をし、また別の魔法を試す。

 この作業は実験をしている感覚と近いな。

 そんなことを考えながら、俺は新たな“研究テーマ”に没頭した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「約束の方は」

「ああ、もちろん守るさ」


 豪華なシャンデリアや煌びやかな装飾の施された調度品に囲まれて、男たちが話している。

 一人はオダである。

 オダの問いかけに答えた男は、手に持ったワインをゆっくりと回しながら、再び口を開いた。


「しかし、あの男の存在は問題だな」

「あの男と言うと?」

「君もわかっているだろう。もう一人の異世界人の男だよ」


 オダは黙ったまま、男の次の言葉を待っている。


「君を高く評価しているのは、異世界人だからだというのはわかっているよね。もう一人はいらないな」

「そう、ですね。そこに関しても我々の利害は一致しているかと思います」

「そうか。じゃあ、やってくれるね」


 オダは無言で頷き、部屋を後にした。


「良いように利用しているつもりだろうが、こちらも存分に利用させてもらう」


 お互いの姿が見えなくなると、二人とも同じ言葉を呟いた。

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