第27話 やるべきこと

ガルザードの姿を見たナオトは、机の横に立てかけてあった杖を手に取り、臨戦態勢に入った。

 ボロボロと言ったが、ガルザードが着ている鎧に刻まれたアルガルドの紋章ははっきりと見て取ることができる。

 同様に、ナオトが着ている鎧の紋章もガルザードの目に入っただろう。

 一触即発の空気にアンジュがガルザードを引き戻そうと手を伸ばしたが、一歩遅かった。

 ガルザードは風のような速さで室内へと入りこんだ。

 ナオトが杖を振るより早く、ガルザードは地に伏せる。

 一同はその姿を見て動きを止めた。


「ついにお会いすることができ、光栄です。貴女の書いた物語は全て拝読しました」

「あ、ありがとう……」


 ガルザードはウンナに対して跪き、敬意を表している。

 それを見たナオトは毒気が抜かれたように、杖から手を離して構えを解いた。


「そういえば、ガルザードさんはウンナのファンなんでしたっけ」

「ファンというのは語弊があるが、彼女の書いた書物は私に夢や希望を与えてくれた素晴らしいものなのだ。それに対して、敬意を払わずしてどうする」


 ガルザードの言葉に込められた熱量から、ウンナの本にどれだけ心酔しているかが計り知れた。


「俺はここらで失礼する。もう罰は与えたし、ここにいても戦いの火種にしかならないだろうからな」


 そう言って、ナオトはその場から立ち去ろうとした。

 ガルザードはようやくナオトの存在に気付いたようで、目を丸くしている。


「なぜ貴様がここにいる」

「今頃気が付いたのか、さっきも言ったがここはカルセイワンの領地だ。その言葉そっくりそのまま返すぞ」

「ガルザードさんはこの方のことをご存じなんですか?」


 ガルザードの口ぶりを聞いて、オムリィが尋ねた。


「知っている。と言っても一方的にだがな。こいつはカルセイワンの魔導隊長ナオト・リケ・トウモクだ」


 魔導隊長!

 それがどのくらいの凄さなのかは俺にはわからないが、隊長なのだから、その国でもトップクラスの実力があるのだろう。

 ガルザードの反応からも、それは見て取れた。


「知っていたか。それならば、隊長の俺がもし他国の兵士が領地にいたら、見過ごすわけにはいかないということもわかるな」


 これがアンジュの防ぎたかった面倒事だろう。

 今度はガルザードが臨戦態勢を整え、ナオトと向かい合う。


「……これからは他国の兵士の仮装などはせずに来るんだな。間違えて魔女の支持者を殺したくはない」

「……申し訳ない。お心遣い、感謝する」


 ガルザードは見逃されたようで、俺たちはホッと胸を撫で下ろした。

 ナオトはもう興味がないようで、そのまま黙って出口の方へと歩き出した。


「おじさん、どっかいっちゃうのー?」


 立ち去るナオトを引き止めようとミアが足にしがみついた。

 ナオトは優しく引き離すと、ミアの頭に手を置いた。


「ああ、これからはちゃんと父親に面倒を見てもらうんだ。何かあった時は駆けつけるからな」

「そんな事態にはならないように気を付けるよ」


 自分にも言い聞かせるように、俺は言った。


「それと言うのが遅くなったけど、ミアのこと見つけてくれてありがとう。本当に心配していたんだ。無事に再会できたのはナオトのおかげだ。感謝してもしきれない」

「その言葉は信じよう。だが、次はないからな」


 そう言って立ち去るナオトをまた別の声が引き止めた。


「ま、待って、ください。実は、ナオトさんに、頼みたいことが、あります」

「ちょっとウンナ。まだ言ってなかったんですか?」

「ご、ごめんなさい」


 どうにも締まらんな。

 ナオトも所在無さげに扉に手をかけたまま、立ち尽くしている。


「あ、すみません。早く、要件を、言いますね。えっと――」

「ウンナは話すの遅いから、アタシが言っちゃいますね。ナオトさんにそのナイフでオダさんをブスっとやっちゃってほしいんです」


 ウンナの話を遮って、アンジュが信じられないことを言い放った。

 そのナイフって言うのは俺が持ってきたナイフのことだよな。

 それをナオトに渡す?

 確かにミアの件では感謝しているが、そこまで信じていいのだろうか。

 このナイフはオダに攻撃できるかもしれない唯一の武器なんだ。


「断る」


 俺があれこれ悩んでいる間に、ナオトは一言でその提案を却下した。


「そうおっしゃらずに。貴方にとっても得のある話ですよ」

「私からも、お願い、します」

「断る」


 アンジュの胡散臭い言い回しも、ウンナの深いお辞儀を伴った頼みも一刀両断で切り捨てられた。


「話はそれだけか」


 ナオトは外に出ようと、ようやく扉を開ける。

 その背中に向かってアンジュが問いかける。


「貴方は今のままで良いのですか?」

「……俺は俺だ。自分の信念に基づいて行動する」


 目深に被った兜に隠れて、その表情は読み取れない。

 ナオトは立ち止まることなく、小屋から去ってしまった。


「うーん、最善のルートにはなかなか行けないもんですね」

「どういう意図だったのか説明してもらえないか?」

「どうもこうも、ナオトさんがナイフで背後から襲うのが一番確実な方法だと思ったからです」

「あの人はそういうことはしないんじゃないかな?」

「俺もオムリィと同意見だ」


 少しの会話しかしていないが、それでもあの男の実直な姿勢は窺えた。

 そもそも俺に罰を与えるという発想からして、真面目で誠実な性格なのがわかる。


「さて、それではどうやってオダさんを倒します?」


 アンジュは両手を肩の辺りまで上げて疑問を呈してきた。

 疑問を問う時のポーズはこちらも同じなのか。

 しかし、ようやくスタート地点、というより振り出しに戻った。

 どうやってオダを倒すのか。

 ミアを見つけることができて、俺の不安は一つなくなったが、オダとの一件に進展があったわけではない。


「あのう、そのことなんですけど」


 オムリィが静々と手を上げて、発言の意を示す。


「何か良い案があるの?」

「良いって言うか、結局ルイ頼みなだけなんだけどね」

「俺のことは大丈夫。俺が解決するんだって覚悟は決めたから」

「とりあえず、話してみてくれ。私の部隊ができることもあるだろう」


 ガルザードに促され、オムリィはその案について話しだした。


「まず、オダくんと戦う上で一番問題なのは魔法が効かないこと。でも、前回苦戦した理由はそれじゃなくて、ワタシたちの予想以上にオダくんが魔法を使いこなしていたことだと思うの」


 前回の作戦は、オダは魔法が上手く使えない前提で建てられていた。

 そのため、近付きさえすれば何とかなると思ったし、簡単な魔法で近付く隙を作れると考えていた。


「奴はこちらの魔導部隊と同等以上のレベルで魔法を使いこなしている。数の利こそあるが、魔法が効かない相手には、それもどう活かせるのか」

「最強の防御に攻撃力も加わっているからなあ」

「でも、その凄さは彼だけのものじゃない」

「というと?」


 オムリィは俺の方に視線をやった。


「ルイもその最強の防御は持ってる。だから、あとは魔法を覚えれば対等に戦えるんじゃないかな」

「ああ、そうだな。そのために俺は狂気のマッドサイエンティストになる覚悟を決めた」

「ごめん、それはちょっと何言ってるかわからない」

「だが、彼は魔導書を読んでも、魔法の原理原則を理解できないのだろう。彼が魔法を使えれば良いのは、とっくにわかっていたことだ」

「その解決策をウンナさんが教えてくれました。ルイは魔法が発現する様子をイメージできないといけない。要するに誰かが魔法を使ってるところを見せてあげれば、ルイも使えるようになるんじゃないかと思います」

「そんな馬鹿な。それは見ただけで魔法が使えるということか」

「でも、実際に浮遊魔法を使うところをガルザードさんも見ましたよね?」


 ガルザードはオムリィの腕の怪我を見て、その時の様子を思い出したようだった。

 少し思案した後、彼は再び口を開いた。


「できると信じて、賭けるしかないか」


 そうして俺の魔法の特訓を行うことが決まった。

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