第26話 魔法はあるんだよ
「オムリィ! どうしてここに!」
ここまで来られたということはアンジュが突破されたということだろうか。
しかし、一緒だと思ったガルザードの姿は見えない。
「アンジュさんにルイの戦いを止めるように言われて来たの。ガルザードさんはダメだったけど、その理由もわかったわ」
オムリィは男の方を向いて尋ねた。
「その鎧の紋章、カルセイワンの魔導隊が付けるものですよね」
「だとしたらなんだと言うのだ。ここはカルセイワンの領地だぞ」
「いえ、確認しただけです」
オムリィは俺の方を向いてアイコンタクトを送ってきた。
その目は、今のでわかったでしょと言っている。
状況から推測するに魔導隊とガルザードが会うのがマズいということだろうか。
初めはオムリィも足止めされたことからも、他国の人が気軽に会うのは良くないのかもしれない。
戦争状態ではないはずだが、そういう緊張状態ではなくとも、俺がいた世界の常識では測れない考慮すべき事情がありそうだ。
「お前は、いや、それはどうでもいい。俺はこいつに用があるんだ」
その男は俺を指さしてそう言った。
「いったい何の恨みがあるって言うんだ! いきなり突っかかってきたのはそっちだろ! そもそもどうしてお前がミアと一緒にいるんだ!」
「ああ、俺もそれが本題だ。どうしてお前はこの子と一緒にいなかったんだ」
「それは……」
どうしてと言われても、こちらの世界に来たタイミングも場所も違うし、探す術もなかった。
もう一度出会うために行動した結果、ここにいるわけだが、それは言い訳に聞こえるだろうか。
「俺はこの子をアルガルドとの国境の近くで見つけた。一人だった。あの国とは、表立って戦争こそしていないが、敵対しているのは有名な話だ。そんな場所に子供を一人でしておくなど、親の風上にもおけん」
「そうじゃないの! ルイはミアちゃんのことを探してたけど、見つからなくて、それで……」
「過程などはどうでもいい。論点はこの子が一人で危険な場所にいたという結果だけだ。俺はそんな奴を許すことはできない」
俺には返す言葉はなかった。
俺自身も自分のことを許せない。
この男の言うことはとてもよく共感できた。
オムリィは俺のことを弁護しようとしてくれたが、何も言い返さない俺の様子を見て、察したようだ。
今は俺のことを庇う言葉すら俺の心を傷つける。
「パパはどこにいたの?」
ミアは純粋な気持ちで、同じ趣旨の問いかけを繰り返してきた。
ミアはいきなり巻き込まれ、こちらの世界に来てしまった。
ここが元の世界とは違うということ。
世界を超えて移動したこと。
そのために、一度死んでいることは理解していないかもしれない。
そんなミアの立場はわかっているつもりだった。
だから、情報がないことに焦っていた。
しかし、こちらの行動がミアのために何か結果を残せたことはない。
ミアからしてみれば、何もされていないのと同じだろう。
「俺も、ミアのことを探していたんだ」
「口では何とでも言えるな」
俺の言葉は空虚に響く。
嘘ではないが、相手に伝わるものはない。
その男の糾弾の声は、むしろ自分への罰として、素直に受け入れることができ、俺は口を噤んだ。
「ルイさんが、探していたのは、本当です。だから、ここに、います」
気まずい沈黙を打ち破ったのは、ウンナだった。
「こうならないように、私がいたのに、申し訳ありません」
ウンナは深々と頭を下げた。
「どういうこと?」
「お二人が、出会うと、戦いが、起きるであろうことは、察していました。だから、初めは、二人を合わせないように、居場所を、教えないように、していました」
「だから、アンジュはミアの居場所を伝えられないと言っていたのか」
「そうです。ナオトさんは、カルセイワンの、魔導隊。アルガルドの人と、合わせるのは、得策では、ありません」
ナオトというのはその男の名だろう。
ナオトは話を遮ることなく、黙って聞く姿勢を保っている。
「それなら、俺だけにでも居場所を伝えてくれればよかったじゃないか」
「ですから、そう、しました。しかし、お二人を、ただ会わせても、戦いになる。ナオトさんの目的は、貴方へ、罰を与えること、でしたので」
俺は思わずナオトの方に目をやった。
ナオトは俺を睨みつけ、今にも罰を再開しようという雰囲気を出した。
それを察したのか、ウンナは慌てて言葉を続けた。
「アンジュは、戦いにならないように、私の下で、お二人を合わせようとしました。上手く、止めることができずに、申し訳ありませんでした」
ウンナは再び頭を下げた。
「貴女が謝ることではない。この男の保護者としての能力不足がいけないのだ」
ナオトは俺をダシにしてウンナをフォローした。
俺もそれを否定するつもりはない。
「それでも、私が、やるべきことを、果たせなかったのは、事実です。それと、私の仕事は、もう一つあります」
もうこれ以上の戦いが起きる空気ではなかった。
しっかりと話をするために、俺たちはウンナの小屋の中へと場所を変えた。
意外にもナオトも素直に小屋の中へと入ってきた。
「それで、もう一つの仕事っていうのは?」
俺は先ほどの議題を改めて尋ねた。
「貴方が解決したい問題と、私たちの目的は、同じです」
「オダのことか」
「そうです。その争いを、終わらせるのが、もう一つの仕事。初めから、貴方たちを、戦わせたくは、なかった。ですが、それは、避けられなかった」
「言われなくてもオダは何とかする。そのために来たんだ。武器もある」
俺は自分の世界から持ち込んだナイフを机の上に出した。
「これが、伝説を作る、武器ですか。少し、物足りない、ですね」
何を大げさなことを言っているんだ。
伝説など作るつもりはない。
ただ、オダを倒す。
それ以上でも以下でもない話だ。
「これで、トドメを刺す。伝承通りです。しかし、貴方だけでは、それを成すのが、難しい」
「そうだ。一つ、俺からも尋ねていいか?」
ウンナは頷いたので、俺は言葉を続けた。
「貴女は異世界ーー俺がいた世界に詳しいと聞いた。こちらの世界の魔導書も目を通したが、すぐに理解するのは難しそうだ。ウンナだったら、異世界人がこちらの魔法を使えるようにする術を知っているんじゃないか?」
「簡単に、使えるようになる、という方法は知りません。ですが、対処法には心辺りがあります」
「どうすればいい?」
「貴方の世界には、魔素がないと、聞きました。しかし、こちらの世界の、魔導書は、魔素を中心に、理論が書かれている。それが、大きな問題です」
「その通りだ。だけど、魔法を使うためには、魔素を操る必要があるから、その理解は避けては通れないだろう?」
「いえ、この際、魔素のことは、無視してください」
そのウンナの言葉には俺以上にオムリィが驚きの声を上げた。
「あ、ごめん。横から。でも、魔素を理解せずにどうやって魔法を使うっていうの?」
「大切なのは、結果です。どういう過程であれ、魔法が、発動されればいい。魔法使いに、必要なのは、その結果を、具体的に、イメージできる、能力です」
先ほどの問答を想起させるフレーズを聞いて、俺は反射的に拳を握った。
大切なのは結果。
「魔素に俺がやりたいことが伝われば問題ないってことか」
「そうです。魔素に指示を出すために、理解すべき、物理法則は、そちらの世界と、共通しています。だから、指示自体は、明確に行えるはずです。あとは、貴方ができると、信じられるかどうか」
「信じられるかどうか?」
「本当に、火球が、出せるのか。疑いの心を、持っていると、魔素は、敏感に察知してしまい、魔法は、発動されません」
「それって、自分の指示が合ってるって信じるってこと?」
その概念はオムリィにとっても新鮮なようで、ウンナに質問を投げかけた。
「少し違います。信じるのは、魔法の発現です。私たちにとっては、魔法が発現するのは、当たり前のことです。もし、上手く発動しなかったら、それは自分の指示が、間違っていたことを、意味します。しかし、ルイさんたちにとっては、魔法は、当たり前のものでは、ありません。だから、まず、魔法があるんだと、心の底から、思えるようになることが、必要です」
俺自身にも心当たりがあった。
今、俺が使える魔法は、誰かが一度使った魔法だ。
実際に、使っているところを見て、使えると信じられるようになったからこそ、それらの魔法が使えたのだろう。
魔導書を読んだだけでは、使えると信じきれないし、魔素についての理解も不十分なまま発動しようとしても、自分の中の疑念は完全には払拭されていない。
「信じてください。この世界の仕組みを。そして自分自身を」
俺は魔法が使えるんだと信じること。
それは元の世界では狂気的なことであるし、もしくは未成熟の証だ。
自分自身を信じることも自信がなくてはできない。
「オダが得意なのも頷けるな」
だが、俺自身がアイツに劣っているとは思わない。
アイツにできるなら俺にだってできるはずだ。
それに研究者は狂気を身に宿すもんだ。
俺が心の中で覚悟を決めていると、小屋の扉が勢いよく開いた。
「こ、ここが魔女の小屋か……」
「ま、待ってください。ダメですって……」
扉の先にはボロボロの姿のガルザードとアンジュがいた。
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