第25話 異世界に関する研究

「お待ち、してました」


 控えめなトーンで話すその女性に既視感を覚えた。

 当然、彼女とは初対面であるし、これほど内気そうな人は初めて見た。

 こんなに陰のオーラを放っている人は2人といないはずだがーー


「……何か、失礼なことを、考えてませんか」

「いや、どうして外で待っていたのかと思いまして」

「来るのが、わかったから、出てきました」

「それは――」


 アンジュと同じように人の場所がわかるということだろうか。

 そう問いかけようとしたが、その女性はこちらに背を向け、家の中に入ってしまった。

 意図がわからない。

 仕方なく、その後を追って、その小屋にお邪魔することにした。

 中に入ると、研究に使っているであろう大量の資料が目に入ってきた。

 四方の壁には、本がぎっしりと詰められた棚が並んでいる。


「結論から、言います。人の場所が、わかるのは、魔法では、ありません」

「なんだって?」


 椅子に腰を落ち着けるより前に、その女性はそう告げた。

 では何故アンジュはここに来るように助言したのか。

 俺が来るのがわかったのは何故か。

 そもそもこの女性はいったい何者なのか。


「色々と質問したいことはあるけど、まず貴女の名前を聞いてもいいですか?」


 俺の簡単な質問は、彼女にとっては予想外だったようで、驚いた顔をした。


「失礼、しました。私は、ウンナ。アンジュの、妹です」

「それは、初耳です」


 今度はこちらが驚く番だった。

 アンジュはそんなこと一言も言っていなかった。

 これが既視感の正体か。

 言われてみれば顔の作りはよく似ている。

 キャラクターがあまりに異なるため、言われなければわからないだろう。

 しかし、仮に魔法がないとしたら、アンジュはどうして俺をここに来させたのだろうか。


「アンジュが、貴方をここへ呼んだのは、問題を、解決するためです」

「どの問題?」


 自慢じゃないが、俺が抱えている問題は多い。

 ミアを探すこと。

 ヒナを助け出すこと。

 オダを倒すこと。

 オムリィたちが森の入口で足止めされたのも、後で問題にならなければいいのだが。


「おそらく、大半の問題の、解決に、繋がるかと」

「それは助かります」


 本当の話なら、言うまでもなく大助かりだ。

 しかし、そんな方法があるとは思えない。

 ましてや、人を探せる魔法はないと最初に言われてしまっている。


「どこから、話せば、いいのか、悩みますが」

「できるだけ簡潔にしていただけると助かります」


 解決は早ければ早いほど良い。

 それに、何故かアンジュはあの二人をここには来させたくないようだ。

 その足止めがいつまで続くのかもわからない。


「私たちは、貴方の世界が原因で、問題が起きるのを、防ぎたいのです」

「そのために手助けをしてくれると?」

「その通りです」


 私“たち”というのはウンナとアンジュのことだろう。

 ということは、足止めをしているのも、その問題が起きるのを防ぐためなのか。


「私たちには、責任があります。こちらの世界には、迷惑はかけない。そのための、研究であり、探偵業なのです」


 俺たちのように、別の世界から人が来た時に対処できるように、その対策を研究しているという意味だろうか。

 探偵としてのアンジュは見張り役のようなもので、こちらの世界に異分子が来たことを察知する。

 彼女も問題を起こさないようにと、しきりに言っていたのは、異世界から来た俺たちにあまり動いてほしくなかったのかもしれない。

 そう推察することができそうだが、まだわからない点もある。


「しかし、今回は、すでに、問題が、起きてしまいました」

「オダか」


 ウンナは声を発さずに、頷いて肯定の意を示した。


「迷惑をかけないために、異世界の研究をしているっていうことは、オダの問題への対処方法もあるということですか?」

「ある、といえば、あります」

「どんな方法ですか!」


 思わず大声で尋ねてしまった。

 ウンナはその声に委縮するような様子をみせたが、改めて口を開いた。


「それは、貴方次第、ですが」


 ウンナはセリフの途中で口を閉じ、外へと通じるドアの方へ歩きだした。

 口数の少ない人だ。

 俺はまた黙ってその後を追って外へと戻った。

 俺が来たのとは、逆の方向。

 つまり、カルセイワンの中心地の方向から、歩いてくる人影が2つある。

 しかし、俺にはそのうちの1人の姿しか目に入らなかった。

 俺は脳が意識するよりも前に走り出していた。


「ミア!」


 そこには探し求めていた愛娘の姿があった。

 ミアも俺に気付き、こちらに走り出そうとしたが、隣に立っている男がそれを制した。

 その男は兜を目深に被り、全身は鎧で包まれ、右手には身の丈程の長さの杖を携えている。


「流石は魔女の系譜に載る者だ。仕事が早いな」

「何するんだ」


 俺たちの中を引き裂くようなアクションを起こした男に、俺は露骨に敵意を示す。

 男はそれを受け、さらに大きな敵意を伴った視線を返してきた。


「それはこちらのセリフだ。覚悟してもらおう」


 そう言うと男は手に持った杖を構え、呪文を唱え始めた。


「ま、まって」


 ウンナが何か言ったようだったが、男の放った魔法がその声をかき消した。

 男が地につけた杖の先を基点として、土が波のような形を成し、俺に襲い掛かる。

 当然、俺には魔法は効かないので、当たる前に、波は静まり、砂ぼこりが立ち込めるだけとなる。

 俺は目に砂が入るのを嫌がり、腕で顔を覆った。

 戦い慣れていない俺にはそれが悪手だとも、相手の狙いもわかっていなかった。

 それに気づいたのは、自分の体が浮いた時だ。

 男の杖が腹部に当たり、体が持ち上げられる。

 俺が動くよりも速く杖は振り抜かれ、俺の体は後ろに投げ飛ばされた。

 俺の体には運動エネルギーも付与され、数十メートルの距離を一直線に飛んでいく。

 木にぶつかったところで、その運動エネルギーは綺麗に反転した。

 全くスピードを落とさずに、来た道を戻っていく。

 俺自身にはダメージが入っていないが、あまりのスピードに体のコントロールを失う。

 俺は体勢を崩して、地面に数度ぶつかった。

 三半規管がおかしくなったようで、立ち上がることができずに、倒れこむ。


「やめてー!」


 倒れた俺と男の間にミアが立った。

 男は追撃のために振り上げた手を止めた。

 その隙に俺は距離を取り、ミアを救うべく魔法を放つ準備をする。


「運動エネルギー生成。対象は土、前方距離5m、方向は上だ!」


 俺はオダがやったように、土壁を生成する魔法を唱えた。

 ミアと男の間に壁を作り二人を分断する。


「馬鹿が。運動エネルギーを下方に生成」


 男は俺とは真逆の魔法を唱え、土壁を即座に打ち消す。

 間に立ちすくんでいたミアを後ろに除けると、男は俺との距離を縮めてきた。


「ファイヤーボール!」


 俺は火球を放った。

 男は軽々とそれを交わして、さらに俺との距離を詰める。


「くそ。ファイヤーボール!」

「芸のない奴だ」


 俺は再び火球を繰り出すが、男に当たることはない。

 しかし、火球は男の足元に落ち、地面を削り、土を巻き上げる。

 男は手に持つ杖を振り、すぐに視界を回復させる。

 わずかな間だが、男の足が止まる。


「重力減少。上昇気流生成。気圧減少。浮力発生。運動エネルギー生成。モーメントの管理はしなくていい!」


 俺が使ったことのある魔法の中でも一番の大技である浮遊魔法を男に向かってかける。

 体のバランスを取ることは考えず、とにかく男を空高くまで上げることを目的とした。


「やることが子供だな」


 男は冷静に自分に魔法をかけ直すと、体のコントロールを取り戻し、こちらへと戻ってくる。

 あと俺にできることはなんだ。

 考えろ。他に使えそうな魔法は。


「そこまでー!」


 声と同時に光の球が目の前に現れ、強い輝きを放った。

 その光量に視界を奪われる。

 男も同様だったようで、俺に攻撃をすることなしに、地面へと降り立った。


「二人とも冷静になって!」


 俺たちの戦いを止めたのはオムリィだった。

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