第24話 異世界はロマン
「なぜですか!」
俺はガルザードに詰め寄った。
ミアを見つけ出す唯一の手掛かりを得たというのに、今カルセイワンに行くのは許可できないと言われてしまった。
「まだ私は君のことを信用していない。今カルセイワンに行かれたらあの異形の者と手を結ぶかもしれん。それだけは避けねばならぬ」
「そんなことはありえません!」
俺は即座に否定したが、その言葉は空虚だ。
あくまで主観。客観的な保証ができないのはわかっている。
そこは俺を信じてもらうしかないが、信用が築けるほどの何かがないのもまた事実だ。
「それに人を探す魔法の書など本当にあるのか。情報源も信用ならん。それに今はその魔法よりも他に覚えるべき魔法があるのではないかね」
「それは……」
ミアを一刻も早く探したいのは俺の個人的な感情だ。
オダがまたいつ攻めてくるかわからないこの状況では優先順位として下げられてしまうのは道理ではある。
しかし、そんな道理を飲むことはできない。
「さらに言えば行き先も森だと言うではないか。そんな場所に魔導書があるとはーー」
ガルザードはそこまで言って口を閉ざした。
何か思案しているようだが、その心中は測りかねる。
「君はこの場所がどこか知っていて行こうとしているのかね」
言葉にされても俺はその意図が理解しきれなかった。
オムリィの方を見たが、彼女も俺と同様のようだ。
「その様子からすると知らないようだな」
そこまで言ってガルザードはまた口を閉じた。
静寂がその場に訪れる。
この空気は会社で上司の決断を待つときと同じだ。
あまり心地の良いものではない。
特に今回のように、こちらの分が悪いときは、少しでも良い方に転ぶように神に祈るのみだ。
「この森には異世界について研究している者が住んでいる。君たちのように本職の研究者からしたら研究と呼べるものなのか、私には判断できないが、異世界に関する第一人者であることは間違いないだろう」
話の流れがつかめん。これはいい方向に向かっているのだろうか。
異世界、というのは俺の世界のことだろう。
こちらの世界では異世界の存在が認知されていたのか?
俺が知る限りではそんなことはなかったと思うが。
オムリィもその発言を訝しんでいる様子だ。
「あのう、異世界の存在が知られているとは聞いたことがないんですけど」
「研究対象としてはそうだろう。しかし、君も概念としては知っているのだから、それについて調べている人がいてもおかしくはないのではないかね」
あるかないかはわからない。
しかし、そんな世界の存在を夢想する人はどこの世界にもいるようだ。
俺の世界でもミッシーマ教授が調査していたように、こちらでもそういう人がいる可能性はあるだろう。
「その人に話を聞けば、あの異形の者への対策も立てられるかもしれんな。よし、私も同行しよう」
この考えはあった。
俺が信用できないのならば、その見張りを付ければいい。
しかし、メリットもないのに、ガルザードの時間を割くことは叶わないと思っていた。
実際、忙しいという理由で魔法の指導は断られているし。
何故同行する気になったのだろうか。
「でも、どうしてガルザードさんはその人の存在を知っていたのですか?」
「言っただろう、私はロマンチストなんだ」
そういうことか。
俺はガルザードが言っていることの意味を理解してニヤリとした。
ガルザードは少年の心を失っていないということだ。
その気持ちはわかるぞ。
俺も異世界や魔法の存在を知ったときは、ワクワクした。
オムリィはまだ理解できないという顔で、俺に小声で聞いてきた。
「どういう意味?」
「彼と俺は仲良くなれそうだってことだよ」
ハテナを浮かべた顔のままのオムリィを連れて、俺たちは異世界に繋がる森へと向かった。
「それで、この森のどこにいるんだ」
砦を出てから、二時間くらい経っただろうか。
その森が見え始めたとき、ガルザードが聞いた。
空から眺めているので、森の大きさがよくわかる。
いや、端までは見えないので、途轍もなく大きいと言うことがわかった。
文明が発展しているのに、これだけの自然が残っているのは素晴らしいことだな。
森を眺めながら、アンジュが見せてくれた絵を思い出す。
「アンジュが指し示していたのは森の中央でした」
「ここからじゃ地上の様子はわからないな」
俺たちは空からの移動を諦め、地上に降り立った。
空中の移動になれていない俺としてはありがたかった。
「荒れ放題だな」
「こんなところで人が生活しているとは思えないわ」
こんなところで暮らせと言われても俺は一日として持たないだろう。
いや、こちらの世界ではどこにでも魔素があるから、ネット環境は整っているのと同義か。
「そういえば、この辺りは魔素が濃いな。やっぱり自然が豊かだとそうなるのか?」
前を歩き始めていた二人は奇妙なものを見る顔でこちらに振り返った。
「どうした変な顔して」
「あなたが変なこと言うから! 魔素に濃さなんてないよ」
「確かに濃いって表現はおかしいのかな。数が多い?」
二人はポカンとした顔をしている。
ようやく俺は自分の発言の意味に気付いた。
「あー、そんな気がするってだけ。気にしないで」
「君もずいぶんとロマンチストのようだな」
俺が魔素を感じられるのは、隠すことではないのかもしれない。
ただ、先ほどのリアクションから察するに、頭がおかしい奴だと思われる可能性は十分高い。
今は余計な面倒は起こしたくない。
アンジュも言っていたな。面倒を起こすなって。
「はーい! 呼ばれてないけど飛び出ちゃう唯一無二の私立探偵アンジュ・ナワービ・ソンチェちゃん、またまた参上です!」
「またか! どうしてここに」
アンジュの声が俺の後ろから聞こえてきた。
お早い再登場だ。
しかし、思い出した先から現れるなんて頭の中を覗かれているようで、気味が悪い。
「ええ、面倒ごとは起こさないようにと頼んだはずでしたが、どうやら面倒なことになりそうなので早めに手を打ちに来ました」
「そんな馬鹿な。何もしてないぞ!」
「ええ、あなたはね」
そう言って俺の後ろ、つまり今にも森に入ろうとした二人を指さした。
「あなたたちはちょーっとお待ちいただけませんか。少しここでアタシとお話してましょう」
「なんだと」
ガルザードは臨戦態勢に入った。
オムリィもアンジュの言葉には納得していないようだ。
「あまり荒事は得意じゃないんですけどね」
「あくまでもやる気か」
どうしよう。
突然の状況に戸惑っているとアンジュが俺の背中を叩いた。
「あなたは行ってください。早く! やるべきことがあるでしょう」
気持ちの整理がつかないまま、気が付くと俺は走り出していた。
余計なことは考えるな。
俺の目的はなんだ。
今はミアのことだけ考えろ。
助けるために必要なこと。
そのためには人探しの魔法を覚えるしかないんだ。
俺は走って走って走り抜けた。
木々を通り抜けると突如視界が開けた。
そこには一つの小屋とどこか見覚えのある女性が立っていた。
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