第23話 人探しの魔法
「くそっ、誤算だった」
本部に戻ったガルザードは悪態をついた。
結局オダは取り逃がしてしまい、こちらは数人の負傷者を出してしまった。
ここまでオダが魔法を使いこなしていることは想定外だった。
奴には魔法の知識や経験は少なかったかもしれない。
しかし、元の世界で人並み以上に研究に打ち込み、培ってきた知識や経験は奴の能力となっており、こちらの世界でも魔法の使用にいち早く適応できたのだろう。
「次に打つ手は……」
それに続く言葉は誰の口からも出てこなかった。
こちらと同等以上のレベルで魔法が使用できる相手に接近戦を挑むのは、銃を持つ相手に素手で立ち向かうのと同じ行為だ。
ましてや奴には魔法が効かない。
そんな相手にどうやって立ち向かえばいいんだ。
こちらの切り札であるナイフを使うためにも、もっと近づく必要がある。
そのために俺ができることは――
「ガルザードさん、お願いがあります」
「なんだ言ってみろ」
「私に魔法の修行を付けていただけないでしょうか」
俺自身が使える魔法が増えれば、オダともやり合えるはずだ。
それに奴にできることが、俺にできないというのは悔しくも感じていた。
「確かに君が魔法を使えるようになれば、とても貴重な戦力になるだろう。しかし、そんな悠長にことを構えるつもりはない」
「私は彼と同じくあちらの世界で研究者として働いておりました。その知識を元にすれば、それほど多くの時間はかからないでしょう。現に奴は数日のうちにあれほどの魔法を使えるようになっています」
「君も数日あれば、あれだけの魔法が使えるようになると」
「はい。そう考えています」
「ならば、一つ方法を提案しよう」
俺はその提案を受けた。
ガルザード本人が俺に付きっ切りで魔法を教えることはできない。
しかし、元の世界の知識が使えるならば、魔導書を読むだけでも、魔法を使えるようになるんじゃないかという提案だった。
俺自身の勉強スタイルとしても、本を読んで学ぶのは好きだ。
そのため、好都合だと思ったのだが……
「ダメだ。概念がまるで違いすぎる」
俺はいくつかの魔導書に目を通して、頭を抱えた。
こちらの世界では魔素があることが当たり前であり、大前提だ。
そのため、通常の物理法則が共通でも、その実証過程や理論の構築の前提や共通認識がことなっている。
魔導書に書いてある文章自体は理解できるのだが、イメージが伴ってこない。
それは魔法を使う上で最も大切なことの一つだ。
試しに、書かれている文字をただ読み上げてみたが、案の定、魔法が発動することはなかった。
「どう? 魔法は使えそう?」
「オムリィ! もう怪我はいいのか?」
俺が頭を悩ませているところに声をかけてきたのはオムリィだった。
先の戦いでオダの火球を受けたオムリィは怪我を治療するために医務室へ行っていた。
火球により腕を少し火傷していたようだが、それ以外の怪我はないそうだ。
「ファイヤーボールの数発なら、それほど大事でもないよ。実験の失敗の方がよっぽど大怪我になっちゃうくらい」
そうなのだろうか。
俺の感覚では、あの火球は一つ受けただけでも全身に酷い火傷を負いかねない。
事実として、あれよりサイズは大きいがオダは火球を一発受けただけで、こちらの世界行きとなってしまった。
俺たちとは魔法によって受けるダメージがそもそも違うのだろうか。
「それにルイが地面に激突するのを助けてくれたしね」
オムリィが言ったのは俺がかけた魔法のことだ。
オダの火球を受けたあと、オムリィは一時的に身体のコントロールを失い、地面目掛けて一直線に落ちていった。
しかし、地面に当たる前に、衝撃を緩和させる重力減少の魔法をかけたのだ。
ちょうどその前にヒナにかけた魔法と同じ要領だ。
「いつの間にあんな魔法を覚えたの?」
「ガルザードさんが俺にかけてくれただろ。それにオムリィが鉄板を浮かせるとこも見ていたし」
「それだけで使えちゃったの!?」
「物理法則は俺がいた世界と同じだし、どういう指示でどういうことができるかのイメージさえ湧けば使えるみたいだな」
「そうは言うけど、浮遊魔法は複合系魔素への指示とか、同時複数魔素の関係性とか、他にも色々と必要な知識があると思うよ」
「あー、その辺りがわからなくて困ってたんだよな」
オムリィが言った単語がまさに魔導書を読んでいて理解ができない範囲だった。
魔素との関係性。
魔法の発動は全て魔素を中心に体系付けられている。
「魔素ってのはそんなに大事なのか? 要するに物理法則に干渉できれば魔法は発動されるんだろ?」
「結果だけ見ればそうかもしれないけど、魔法は魔素に仕事をさせて発動させるようなものでしょ。だから、誰にどんな仕事をさせるか、一緒に働く魔素との相性は悪くないかとかを考えないと上手く仕事ができないの」
魔法使いは魔素の上司ということか。
俺のやり方は無理を通して道理を引っ込ませているようなものなのだろう。
しかし、今から魔素の基礎を学んでいては時間が足りない。
「オムリィ、協力してくれないか?」
「もちろん! ワタシにできることなら何でもするよ!」
「じゃあ、早速だけど探してほしい魔導書があるんだ」
俺が伝えた魔法の概要を聞いてオムリィは残念そうに首を横に振った。
「その魔法はありません」
「そんな! 実際にアンジュは使っていたじゃないか」
俺が探しているのは人を探す魔法だ。
アンジュが俺を見つけることができたように、その魔法を使うことができれば、自分でもミアを探すことができると考えた。
習得が難しいとか、特殊な訓練がいるとかならわかるが、ないということはないだろう。
「あの人が使ったのは魔法ではなく、また別の能力だと言われています。未発表の魔法である可能性もありますが、過去の論文で一度も報告されていない魔法が実在しているとは考えにくいです」
「そんな……」
ならアンジュはどうやって俺のことを見つけたんだろう。
その別の能力を身に着ける方法はないのだろうか。
「ミアちゃんのことはワタシもできる限りの情報を集めているから」
「だけど、もう何日経ってると思ってるんだ! ミアは一人では生きていけない。一刻も早く見つける必要があるんだ!」
俺は思わず声を荒げてしまった。
オダとの戦いでヒナの姿は確認できたが、ミアの消息は掴めていない。
焦る気持ちは大きくなっていた。
「ごめん、焦ってもしかたないのはわかっているんだ。わかってるんだけどな」
俺は頭を冷やすために一人になると、オムリィに告げて部屋を出た。
ミアのことはずっと心配だった。
我ながらよくここまで耐えていたと思う。
ミアはどこにいるのか。依然として手掛かりは得られていない。
少ない手掛かりからゴールを目指すこと自体にストレスは感じない。
研究はいつもそんな感じだ。
しかし、今回はタイムリミットがある。
ミアが一人で買い物ができるとも思えない。
ましてやこちらの世界のお金もない中でどうやって生活ができるというのだろうか。
転移した場所から町まではたどり着けたのだろうか。
人もいない場所で野生動物に襲われていないだろうか。
いや、下手に町にたどり着いて、見知らぬ男に連れ去られていないだろうか。
人権は保障されているのだろうか。
そもそも俺たちの人権はこちらの世界でもあるのだろうか。
「ダメだ。思考が整理できていないな。冷静にならないと」
俺は建物から外に出て、近くのベンチに腰掛けた。
今は情報がたりない。
無暗に世界中を探したって見つかるはずもない。
情報を集めるためにも協力者が必要だ。
やはりオダの問題を解決し、その上で事情を説明してガルザードたちの協力を仰ぐのが最善だろうか。
「何やらお悩みのようですね」
俺は頭の上から降ってきた声を見上げて驚いた。
「ア、アンジュ! なぜここに!」
「はーい! 探しものなら何でもお任せ唯一無二の私立探偵アンジュ・ナワービ・ソンチェちゃん、只今参上です!」
座る俺を上からのぞき込むようにしていたアンジュは隣へと座りなおしてきた。
「何かお探しかと思いますが、御用件は如何様で?」
「なんでそれがわかるんだ」
「それはアタシが唯一無二の私立探偵だからです」
答えになっとらん。
いや、私立探偵にだけ伝わる一子相伝の秘技でもあるという意味だろうか。
「まあいい、探してほしいのは俺の娘のミアだ」
「あー、その方でしたか、残念ですがその依頼はお受けかねます」
オムリィから聞いていたが、やはりミアの場所は教えてもらえないようだ。
だが、せっかくの機会だ。
ダメ元で聞いておきたいことが他にもある。
「それなら別の要件だ。人探しの魔法が載っている魔導書を探してほしい」
俺の要件を聞いたアンジュは真面目な顔になり返答した。
「それもお受けしかねます。アタシの仕事を取られちゃうかもしれないですしね」
「ないわけじゃないんだな」
「む、ちょっと余計なことまで言いすぎましたか」
仕事を取られる可能性があるということは、俺でもその魔導書を読めば同じ魔法が使えるということだ。
公開されていない秘伝の魔法が人探しの魔法の正体ということだな。
しかし、それがわかったところで入手する方法はないのがやりきれない。
「どうしてもダメなのか。お前に面倒はかけない。なんなら俺を弟子として雇わないか? 一子相伝の魔法も誰かに引き継ぐ必要があるだろ」
「そういう問題でもないんですけどねえ」
そう言うとアンジュは何やら考え込み始めた。
断りの文句でも考えているのだろうか。
「しかし、この状況で何も手を打たないというもアタシのポリシーに反しちゃいますね」
アンジュは人差し指をずいと出し、俺を助けると宣言した。
「と言ってもアタシは場所を示すだけ。そこから先はおまかせしちゃいますけどね」
アンジュは宙にここら一帯の地図を魔法で示した。
俺が行くべき場所として、その中の一点を指で指し示す。
アンジュが示した場所はここからそう遠くない。
問題があるとすれば、それがカルセイワンの領土内であることだろう。
「ありがとう! ここに魔導書があるのか?」
「それは行けばわかります。お願いですから面倒だけは起こさないでくださいね」
「ああ、もちろんだ」
「さあ、時間は限られてますよ。行った行った!」
俺はアンジュに御礼を告げて、出発の準備をするために建物へと戻った。
準備と言っても俺に必要なのはこちらの世界での案内役。
つまり――
「オムリィ、さっきは感情的になってごめん」
「ううん、ワタシも気遣いが足りなかった。ごめんね」
まずはオムリィに先ほどの対応を謝った。
彼女のおかげで俺は不自由なく行動できているし、ミアの手掛かりも彼女に頼りっきりだ。
それなのにああして当たってしまったのは、本当に恥ずべき行為だとして反省している。
その上でまた頼みごとをするのは、オムリィをいいように使っているようで少し気が引けたが、他に選べる手段もない。
「実は外でアンジュに会ったんだ」
アンジュとの会話や、得られた情報をオムリィにも伝えた。
「つまり、俺が行くべき場所はここだ」
図書室内にあった地図を広げて、俺は行き先を示す。
アンジュに示されたときは地形くらいの情報しかわからなかったが、地図と照らし合わせてみると、そこには、町や村などはなく、ただ森が広がるだけだ。
こんなところに魔導書があるのか甚だ疑問を覚えたが、そこはアンジュを信じるしかなかった。
「カルセイワンの領地なのね。行けないことはないけど、オダ君の件で難しい情勢になってるから、一応、ガルザードさんの許可をもらってから行こうか」
「付いてきてくれる?」
「もちろん! こっちの世界でのことはワタシに任せて!」
「ありがとう。何から何まで本当に助かるよ」
「その代わり、もしワタシがルイの世界に行ったら、助けてね」
オムリィは冗談めかしてそう言った。
こちらから俺がいた世界に行く方法もあるのだろうか。
世界間の移動が不可逆だとも思えない。
オダの件が一段落したら、それをテーマにこっちで研究する生活もいいかもしれないな。
いつかお互いの世界を自由に行き来できるようになる。
そんな未来を夢想すると心が躍った。
しかし、ガルザードに許可をもらいに行き、そんな夢見心地な気分から現実へ引き戻された。
「それは認められんな」
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