第22話 戦闘開始

「こちらはアルガルド国境保安局である。再度、警告を申し渡す。破壊行為を直ちにやめ、両手を頭の上で組み、地面に伏せなさい。これは最後通告であり、今後は一切の交渉に応じるつもりはない」


 俺たちがいる建物から、オダに向けて警告が発せられる。

 その声は魔法によって伝播されているようで、無駄に大きな音量を流すスピーカーなどは使用せずともオダの耳にまで届いているようだ。

 オダの反応を待ってから、こちらの作戦が開始される。


 作戦開始までの間に、俺たちはより詳細な状況を聞くことができた。

 隣国のカルセイワンの方向から襲撃されたため、初めは隣国が攻め入ってくる先方隊だと目されていた。

 そのため、戦争になることが想定され、慎重な対応が必要であった。

 しかし、隣国から何らかの声明は発せられていない。

 また、この攻撃を行っているのは、こちらの世界の人間とは姿が異なる“異形の者”によることが判明し、アルガルド国内で異形の者が発見されたという報告が挙がっていたため、国に恨みを持つ個人による攻撃だと判断された。

 『異形の者には魔法が効かない』ことは周知されており、その対応策を練っていたところに俺たちが到着したようだ。

 また、話の流れで指揮官の名がガルザードということを知った。


「向こうの動きに変化はないようだな」


 そのガルザードが判断を下す。

 オダは警告を受けた後も攻撃魔法を放つことを止めなかったため、こちらの行動を開始することとなった。

 建物から出て、オダに接近を試みるのは俺とオムリィ、そしてガルザードの三人から成るグループと、他に数人規模の小隊が、俺たちの後方から支援をしつつ、隙を伺う。

 そのほかの支援はこの建物から行われるようだ。

 魔法での攻撃であれば、何も危険を冒して建物の外に出る必要もない。


「さあ、行くぞ」


 ガルザードの号令で俺たちは出撃の覚悟を決める。

 が、ここは建物の外壁の上、要するに屋上のようなところだ。

 ここから行くというのは、やはり飛んでいくということなのか?


「申し訳ありません。私は魔法で飛ぶことができません」

「ああ、報告は受けている。しかし、方法がないわけではない」


 ガルザードは俺の周りに魔法をかけた。

 外界からの斥力を遮断。俺の衣服や周囲の大気に運動エネルギーを生成。

 さらに重力加速度を減少させた。

 それにより俺の体は浮き上がった。


「お、おお、う、浮いてる」

「コントロールが難しいが、他人を浮かせるのも不可能ではない」

「肉体への直接的なダメージを伴わなければ魔法の力を影響させることもできるんですね」

「た、確かに原理的には鉄板で浮くのと同じかもしれないけど」


 足元に何もないというのは落ち着かない。

 それに俺の衣服が風の力で直接浮き上がらせているので、体全体に違和感がある。

 肉体への影響がないというのは風の圧力も感じないようで、快適といえば快適なのだが、何もないというのも、自分の認識との差異が発生してしまう。


「準備はいいな。パーティーの始まりだ。……なんだ?」

「あ、いえ、そういう表現をされるんだなと思いまして」


 アニメの登場人物のような言葉がガルザードの口から飛び出したことに驚き、まじまじと顔を見てしまった。

 堅物を絵に描いたような人なのだと思っていたので、シャレのようなことも言うとは驚きだ。


「こう見えてもロマンチストでな」


 真顔でそう言われると返す言葉に困る。

 場を和ませるための適切な発言として、義務感から行っているのかもしれないな。

 俺がもごついていると、ガルザードは敵の方に向き直り、飛び上がった。

 俺の体もそれに引っ張られるように移動をはじめる。


「敵の姿は確認できるな」


 俺とオムリィは無言で頷く。

 視線の先には見知った顔が二人いる。

 そのうちの一人、オダがこちらに向かって火球を放ってきた。


「よし、出番だぞ」


 ガルザードがそう言うと俺の体が前方へと押し出された。


「お、おい! ちょっと待て! 俺の役割ってこういうことなのか!」


 俺の体が盾となり、火球は霧散した。

 オムリィは抗議の声を上げようとしたが、それより先にガルザードは反撃を行う。

 ガルザードの放った風の刃が二人を襲う。


「ヒナ!」


 俺は思わず声を上げる。

 ヒナにも魔法は効かないという保証はないんだぞ。

 しかし、ガルザードはそもそも彼女の身の安全など考えていないのかもしれない。

 風の刃は二人には当たることなく、荒れた地面から土煙を上げる。

 その粉塵の中から、二つの物体が飛び出してきた。

 様子から見るにオダが魔法で浮遊させているようだ。

 ここまで自由に魔法を使えるようになっているとは、驚嘆を超えて恐怖を覚える。


「ルイ!」

「知ってる顔だと思えば、なぜ貴方がここに」


 こちら同様に宙に浮いている二人と目が合う。

 視線に込められている意味は対照的だ。

 その俺を拒否する方の視線が一歩前に出る。


「ここにいるということは、あの世界に絶望して自害でもしたんですか」

「安心したよ。お前にも知らないことがあるんだな」


 俺の言葉に顔を歪めたオダは返答する代わりに火球を放ってきた。

 それらは先ほどと同様、俺に当たる前に霧散する。


「俺にも魔法が効かないってことも知らなかったのか?」

「ムカついた時は無駄な行動をすることにも意味が生まれるって知らなかったかい?」


 こちらを煽り返すオダの後ろから、ひっそりとガルザードが襲い掛かる。

 オダは振り返ることなく、自分とヒナを降下させて、攻撃をかわした。

 そのまま反撃しようとこちらに視線を向けてきたが、オムリィが光の球を生成して、オダの視界を奪う。

 狙いが定まらないまま、オダは火球をめったやたらに放った。

 巻き込まれないようにガルザードとオムリィは距離を取る。

 代わって俺の体は、ガルザードの魔法によって火球の雨の中に突っ込まされる。


「やれ!」


 号令とともに俺は手に持った杖に力を入れる。

 杖の先端に付いている宝石が輝きを増す。

 発光を伴う熱源が指向性を持ってオダに襲い掛かる。

 当然、オダにダメージはないが、さらに強い光を受けて一時的にだが、完全に視力を失ったようだ。

 体のコントロールを失い、地面に落ちていく。


「きゃああ!」


 落ちるのはオダだけではない、魔法に身を委ねるだけだったヒナも地面に向けて落ちていく。

 落下の衝撃は大丈夫なのか。

 魔法によらない物理的ダメージだ。

 俺たちのようにあちらの世界から来ている人間にも効く可能性は否定できない。

 マズい!

 俺は咄嗟に手を伸ばすが、こちらでは体のコントロールはできず、空しくも届かない。

 オムリィも助けようとこちらに向かってくるが距離が遠い。

 何か策はないか。

 考えろ。考えるんだ。


「俺に、できるか」


 方法は思いついた。

 実現可能かどうか。それが問題だ。

 できるだろうか。

 いや、やるしかないんだ。

 諦めるな。自分を信じろ。


「重力加速度減少。運動エネルギー生成。上昇気流発生。上部の気圧減少。浮力発生」


 体を浮かせる魔法を発動する過程はガルザードがやるのを見た。

 知識もあるし、物理法則も理解している。

 魔素への指示はこれで間違っていないはずだ。

 頼む。上手くいってくれ。

 ヒナの体は地面に近付くスピードを緩めない。


「だめ、なのか」

「助けて!」


 ヒナの悲鳴が響く。

 弱気になるな。

 俺は間違っていない。


「発動しろ!」


 その時、周りの風が動くのを感じた。

 いや、風だけじゃない。

 周囲を取り巻く雰囲気が、何かの存在が一斉に動き出した。

 それに合わせてヒナの落下速度は減少し、緩やかに地面へと到達する。


「や、った。できたぞ!」


 オダも自分自身のコントロールは取り戻せたようで、静かに地面に降り立った。

 その瞬間に別動隊として出陣していたグループが身体強化により速度を増して襲い掛かる。


「くそっ」


 オダは悪態と共に魔法を発動する。

 周囲の地面が隆起し、オダとヒナを取り囲むように壁を作る。

 別動隊は即座に魔法を展開し、壁の破壊を試みる。

 同時に上部からの侵入を行おうとするが、数瞬早く新たに天井が生成されて完全に塞がってしまう。


「周囲の警戒を怠るな! 半径200 mの範囲に散開しろ。地下から抜け出すかもしれん」


 ガルザードの号令を受けて兵士たちが散らばる。

 数人は残り、土壁の破壊を続ける。

 魔法を唱える声が響き、土壁に穴が開く。


「いないぞ!」


 中を覗いた兵士が声を上げる。

 同時に俺たちとは逆方向から土煙が上がり、オダたちが地下から飛び出してきた。


「クソ、なぜ手薄なところから」


 オダたちが出た辺りはたまたま兵士が少なく、二人が宙に逃げるのを許してしまう。

 オダは宙を飛んで逃げながらもこちらへ火球を放ち牽制してくる。

 魔法の攻撃を受けるわけにはいかない兵士たちは回避するために再び距離を取る。

 それを見て、オダはさらに逃げるため、高度を上げて上空を目指す。


「逃がさないわよ!」


 上空には戦闘に巻き込まれないように逃げていたオムリィがいた。

 最初の攻撃と同じく光の球を生成し、オダの視界を潰そうとする。


「僕が学ばない人間だと思っているのか」


 オダの顔前には黒い円盤が浮いていた。

 光はそこで減衰され、オダに届く前に光量を落とす。


「そんな、どうやって」

「土と大気さえあれば大抵のものは作り出せるでしょ。光は僕の専門分野だしね」


 オダは速度を増し、オムリィの横を抜けていく。

 すれ違いざまにオムリィに向けて火球が放たれる。


「オムリィ!」


 空を見上げた俺の目には上昇を続ける二人と、こちらに向けて落ちてくるオムリィの姿が映っていた。

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