第21話 戦闘準備
ディスプレイには戦地となっている土地が映し出されている。
魔法を使い、建物の破壊を行うオダの横には俯いた顔のヒナが立っていた。
「な、なんで! いや、無事が確認できたのはよかったけど」
「うん。オダ君に先手を取られてたみたいだね。何とかして救い出そう!」
ヒナをこちらに取り戻さなければ。
そのためにはオダを倒す必要があるだろうが、そもそもそれが俺たちの目的だ。
やることに変わりはない。
しかし、勝てるのだろうか。
画面上のオダは現世で見た時よりもスムーズに多彩な魔法を使っている。
ナイフを刺すにしても、まずはあの魔法を何とかしないと。
俺にも魔法は使えればいいのだが。
あの時、なぜ火球を跳ね返せたのか。その理屈は解明されていない。
しかし、イメージが、意志の力が大切だとするなら、使えると自分を信じられなければ始まらない。
あと、もう一つ戦地に着く前に確認しておかなければならないことがある。
「え、ここでするの?」
「ああ、着く前にやっておかないと、いつできるかわからないからさ」
オムリィは躊躇っている。
その気持ちもわかる。
俺だってそんなことを頼まれたら困るだろう。
だが、今はっきりさせておかないといけないことだ。
「そんなに言うならやるけど、もしダメだったらここから落ちるかもよ」
「そ、そのときは何とか助けてほしい」
「う、うん。頑張るね」
オムリィは呪文を唱え始める。
「いくよ」
俺は衝撃を覚悟した。
といっても踏ん張れるほどのスペースはないため、心の準備をしただけだが。
オムリィの手から目の前にいる俺の方向に向かって火球が放たれる。
俺の体に当たる直前で火球は霧散し、俺にダメージを与えることなく消え去った。
「やっぱりそうなのか」
「そっちの世界から来た人には魔法は効かないみたいだね」
よかった。
これで俺が魔法で死ぬ心配はしなくて良さそうだ。
それにヒナやミアも同じ状態だとしたら、危険度が下がるのでありがたい。
あとは、どうやってオダにナイフを刺せる状況を作り出すかだな。
「そろそろ着くよ」
言われて下の景色を見ると、国境らしき柵とそれに沿って、石造りの建物が外壁を成すように立っている。
その内のいくつかからは破壊された残り香として、煙が立ち上っている。
さらにその先には小さくオダとヒナの姿も確認できた。
その姿を見た俺はすぐ行くように声を上げたが、オムリィは冷静に一際大きな建物の後ろに鉄板を下した。
「いきなり戦場に行くのは得策じゃないと思うの。ワタシたちまで敵だと思われちゃうかもしれないし。まずはここの指揮官に話に行こう」
そんな悠長なことを。目の前にいるのに。と思わなくもなかったが、そこは大人の世界の常だ。
最短距離が最速とは言えないことは多々ある。
企業で培った我慢の力をいかんなく発揮してやろう。
「あ、しまったな」
「え! どうしたの? 何かあった?」
「指揮官に会いに行くのに手ぶらで許されるのか?」
オムリィは不思議な顔をしている。
こちらの世界では文化が違うのだろうか。
突然の来訪だし、これから俺たちの戦闘への参加を認めてもらうためにも第一印象は極めて大切だと思うんだが。
悩んだところで手土産が生じるわけでもないし、そんな心配はしなくて大丈夫というオムリィの言葉を信じることにした。
「こちらの部屋に本件の指揮を取っている者がおります」
受付に用件を伝えた後、俺たちが通された部屋には強面の男性が待機していた。
どこの世界も指揮官や上司は怖い顔をしているんだな。
やはり悩み事が多いとそういう顔になるのだろうか。
「突然の来訪、失礼します。あの敵襲に心当たりがあるので、ご報告させていただいてもよろしいでしょうか」
「ああ、聞いている。話せ」
オムリィはオダが現世、彼女たちから見ると異世界から来た者であること、そして、俺たちはアイツを倒せる可能性がある武器を持っていることを伝えた。
「なるほど。それは戦線に加えざるをえないな。いくつか確認したいのだが、君に対して魔法は?」
「効きません。多くは試していませんが、火球は俺に当たる前に霧散しました」
「強化魔法は使ったかね?」
「いいえ、使ってません」
身体能力の強化か。
魔法全般が効かないとするとそれも効果がないことになるが、どうだろうか。
「魔法は使えるのかね」
「お恥ずかしながら使えません」
「ふむ、では君が代わりにかけみたまえ」
「あ、申し訳ありません。ワタシも生体系の魔法は苦手で……」
俺たち二人が強化魔法を使えたいと知って、指揮官は露骨に顔をしかめた。
「仕方ない。私がかけよう。その前にこれを曲げてみてくれるか」
そう言って指揮官は短剣を俺に渡した。
こんなもの曲がるはずないじゃないか。
しかし、やらないわけにもいかないので、俺は精一杯力を込めて刀身を曲げようとしてみた。
「それで全力かね」
「は、はい。すみません、これ以上は」
「わかった。では、君の腕に強化魔法をかける」
指揮官は筋繊維の伸縮と再生を魔法で補助した、
要するに筋力の増加だ。
「ではもう一度」
俺はその合図に従い、再び刀身を曲げることに全力を注いだ。
「ふむ、元が弱すぎる可能性も考慮せねばならぬか」
さらっと酷いことを言うな。
まあ、微塵も曲がる様子がない刀身を見たら、それを疑いたくなる気持ちもわかるが。
武闘派の方から見たら、俺の力なんてないに等しいのかもしれない。
ゼロに何かけてもゼロってか。
「いえ、やはり魔法はかかっていないようです」
気づけばオムリィが傍に寄り添い、俺の腕を両手でさすっている。
恥ずかしいんだが、いったい何をやってるんだ。
「放熱は増加していませんし、筋繊維の動きにも変化ありません。これは魔法自体がかかってないとみてよろしいかと」
「そうか」
オムリィは冷静に魔法の発現の確認していたようだ。
いきなり触ってくるから、変な行動をする人なのかと思ってしまった。
それを止めなかった俺も俺なわけだが。
ともかく、魔法の発現がエネルギーの生産であるなら、熱などからそれが確認できるというわけのようだ。
「おそらくあの異形の者どもも同じ体質と考えてよさそうだな」
オダは遠方から魔法による攻撃のみを行っており、一向にこちらに攻め入る様子をみせていなかった。
慎重なためかと考えていたようだが、指揮官はこの実験の結果を受け、考えを改めたようだった。
オダは攻めたくても攻められない。
自身に強化魔法をかけることができないため、近接戦は不利と判断したのだろう。
「よし、では君たちも戦力として考慮した上で、作戦を練りなおそう」
「宜しくお願い致します」
俺は一度退室し、作戦が決まるのを待った。
オムリィはそのまま部屋に残るように言われた。
恐らく俺の素性の確認などを行うのだろう。
彼からしたら、俺だって見知らぬ異形の者だからな。
しかし、わずかでも待つ時間があると焦りが顔を出す。
ヒナの居場所はわかったが、ミアはそれすらまだわからないのだ。
一刻も早くミアを見つけ出さないと。
焦るだけで何もできない自分自身の無力さが悔しかった。
せめて判断を誤らないように、冷静でいるように心がけようと意思を固めた。
作戦が決まるまで、そう多くの時間はかからなかった。
すぐに俺は同じ部屋に呼び戻される。
そこには先ほどの指揮官とさらに数人の兵士らしき人も待っていた。
「では、作戦を説明する」
指揮官は壁に埋め込まれているディスプレイで説明を始めた。
「相手は遠距離魔法による攻撃を主として行っている。可能な限り対象を確保、やむを得ない場合は殺害も候補に入れる。そのためには奴が苦手だと想定される近接戦に持ち込むことが我々の目的でありーー」
「しかし、奴には魔法が効きません! 一方的に魔法を撃たれる中を掻い潜って近付くのは」
「ああ、わかっている。そこで彼らの出番だ」
指揮官は俺を指さした。
視線を集められたところで、俺もその作戦とやらは聞いていないぞ。
俺のことを見た兵士たちは眉をひそめた。
「見てわかるように、彼は奴と同じ異形の者だ。そして同様に魔法が効かないことも確認済みだ。それに奴にダメージを与えることができる可能性がある武器も持っている」
それを聞いた兵士からは驚嘆とも恐怖とも取れる声が漏れた。
見た目の違いに加え、魔法が効かないという体質があることに恐怖心を感じるのも無理はないとは思う。
しかし、こちらにその気がないのに敵意が向けられるのは気分が良いものではないな。
「しかし、彼は魔法が使えないため攻撃手段が乏しい。そこで魔具を持たせる」
指揮官は杖を俺に渡してきた。
まさに俺が想像していた通りの魔法の道具の出現に心なしか気持ちが高まる。
「君は奴に近づいたらそれを使え、魔法は効かないだろうが至近距離から放てば隙を作ることはできるだろう。我々はその隙を逃さず、距離を詰め、近接戦に持ち込むのだ。それまでは奴の視界を奪い、意識を逸らし、彼が近付けるように最大限の援護を行う。彼本人の護衛には私が付こう」
覚悟はしていたが、この作戦では俺の役割が大事なウエイトを占めている。
魔法が効かないとはいえ、実際に火球が飛び交う中を怯まずに進むことができるのか、不安は消しきれない。
しかし、彼らの不安要素は俺の心中とはまた別のところにあるようだった。
「懸念事項はもう一人の女性だ。今までは戦闘に参加することはなかったが、今後もないとは言い切れん」
「いえ、それに関しては問題ありません。彼女が戦闘に加わることはないはずです」
俺は慌てて指揮官の言葉を否定した。
「なぜそう言い切れる」
「彼女は私の知り合いです。それに、私たちの目的の1つは彼女の救出です」
「ふむ、考慮しておこう。しかし、あちら側に立っている以上、我々としては敵対する可能性も考えない訳にはいかないがな」
指揮官はヒナが行動を開始した場合の作戦も兵士たちに伝えた。
彼らからしてみればヒナも未知の存在であり、脅威に感じるのは理解できる。
しかし、彼女も攻撃対象にされるのを見過ごすことはできない。
とはいえ、俺の意見をここで彼らに説こうとしても無駄だろう。
あとは俺が戦場でヒナに害がないように上手く行動するしかないか。
「心配しなくても、ワタシもヒナさんを守るよ」
俺の気持ちを察してくれたのか、オムリィがそう声をかけてくれた。
その申し出はありがたい話だったが、俺としてはオムリィが傷つく事態も避けたい。
何より、俺やヒナには魔法が効かないかもしれないが、オムリィはその限りではない。
戦闘経験があるわけでもないはずなのに、戦場に出る必要があるのだろうか。
「言いにくいことだけど、ワタシはルイのお目付け役なの。彼はあなたのこともまだ信用してないから、戦場では彼だけじゃなくワタシもあなたに付くことになると思うわ」
オムリィは小さい声で俺に伝えてくれた。
俺がオダと合流して裏切りでもしたら、大変なことになるからな、保険はかけるはずだと思っていた。
しかし、オムリィは自身をお目付け役と評したが、その実は人質だろう。
本人もそれはわかっているのかもしれないが、気づいていない風を装っている。
俺の心情を気遣ってのことだろう。
こういうところは本当に聡い人だと感心する。
だからこそ、彼女を傷つけるわけにはいかないな。
多くの人を巻き込んでしまったが、こちらの世界の人間の不始末はこちらの世界の人間がつけてやる。
俺は改めて覚悟を決めた。
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