第31話 魔王の血筋

「おーい! アンジュ!」


 俺は国境から少し離れた草原に一人立ち、誰もいないところに向かって叫んだ。


「俺の読みだと、これで来るはずなんだが」


 何の変哲もない空を見上げながら、その場に座りこんだ。

 しばらく待っていると、空を黒い物体が動くのが目に入った。

 鳥や飛行機ではない。


「やっぱ来たか」

「うーん、予想通りの行動をするのはアタシの主義に反するんですが。探しものなら何でもお任せ唯一無二の私立探偵アンジュ・ナワービ・ソンチェちゃん、只今参上です!」


 俺の前に降り立ったアンジュはいつも通りの名乗りを上げた。


「ただ今回は探しものってわけではなさそうですね」

「ほう、そこまでわかるのか」

「唯一無二の私立探偵ですから」

「本当に唯一無二か?」


 アンジュの張り付いた仮面のような笑顔がわずかに固まるのを感じた。


「ほう、それはどのような意図の発言ですか?」

「俺も私立探偵になれないかなと思って」

「いよいよ本気でアタシの職を奪いに来るんですか!」

「本気で欲しいのはアンジュの能力についてだ」


 アンジュは黙って俺の出方を伺っている。


「ヒナやオダは人の場所を感じることができるらしい。それはアンジュの能力と同様のものなんじゃないのか?」

「それは、どうでしょうね」

「まだ教えてくれないか。それなら、まずは俺の仮説を聞いてくれるか?」


 止める様子はなかったので、俺はそのまま話続けることにした。


「あの能力は異世界、つまり俺たちが元いた世界と関係があるんじゃないか? ヒナたちが使えたのは、何かの条件を満たしていたからだ。物か知識か。俺たちの世界にあるものだ」

「漠然としていますが、それならなぜアタシも使えるのですか?」

「ウンナだ。おそらく異世界に関する研究を続けているうちに、その条件を突き止めたんだろう。そしてアンジュは実験として、その能力を実際に行使する役目をしている。でも、その条件が何かはわからないから、教えてほしいんだが……」


 アンジュは数瞬、答えるのを躊躇ったが、ゆっくりと口を開いた。


「……血、ですよ」

「血? 血を代償に発動できるのか?」


 確かに俺はこちらの世界で血を流すほどの怪我は負っていない。

 しかし、こちらの世界では、それほどの大怪我は負いたくても負えないはずだ。


「いえ、むしろ逆。代償ではなく、この能力は異端であることの証拠です」

「異端? 俺たちがそうなのはわかるが」

「……アタシとウンナは、異世界人の子孫です」


 そう言ったアンジュの目はどこか悲しそうだった。


「ご存じのように異世界人は異形の者や魔王と呼ばれ、忌避される対象でした」


 そう切り出して、アンジュは自らのルーツについて語り始めた。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 今より何百、何千年も昔。

 異形の者がいるという報告が幾度かあった。

 見た目の違いから、その者たちは迫害を受けた。

 人の協力なくして、人は生きられない。

 其の者たちは極めて高い魔力耐性を持っていたが緩やかにその人生を終えていっていた。

 しかし、中には真っ向から迫害に立ち向かう者もいた。

 魔法が効かない事を利用し、武力を持って自らが治める国を設立した。

 彼は魔王と呼ばれた。

 人々は魔王を恐れた。

 対抗するために、人は団結し、強大な国ができた。

 生きるために魔王に取り入る者もいた。

 そうして、月日が流れるうちに魔王も子をなした。

 こちらの世界の人との間にできた子供だった。

 その女性は魔王に愛されていた。

 彼女は魔王が宝としていた元の世界から持ち込んでいた道具にも触れることが許されていた。

 しかし、彼女は魔王を愛していなかった。

 彼女は魔王の目を盗んで宝の一つである剣を盗み魔王に突き刺した。

 魔王は絶命した。

 人々は歓喜した。

 その女性は英雄として奉られたが、その子はその限りではなかった。

 魔王の血を引く者として、人々は歓迎しなかった。

 しかし、その女性は、一人の母として、自分の子を愛していた。

 そして人々に歓迎されないならと、子供とともに世界の表舞台から姿を消した。


「それがアタシたちの祖先の始まりです。ようやく今は御伽噺の中の存在になっていますけど、存在が忘れられるまで、アタシたちの祖先はずっと隠れて生きていました」

「もっと早く言ってくれればよかったのに……」

「そう、かもしれませんね。でも、怖かったんです」

「怖い? 俺が?」

「いえ、異世界人の存在をこちらの世界の人たちが思い出すことが、です。ようやく御伽噺の存在になって、アタシたちも安心して暮らせるようになった。その平穏を守りたくて、アタシも問題が大きくならないように頑張っていました」

「そういうことだったのか」


 俺たち異世界から来た人間が起こす問題に対処しようとしていたのは、自分たちを守るためだったのだ。

 ウンナが異世界について調べていたのも、自分たちのルーツを知りたかっただけなのかもしれない。


「でも、ここまで大事になってしまった今、隠していてもしかたありませんね」


 アンジュは覚悟を決めた顔でそう言った。


「人の居場所がわかる能力の原理について教えましょう」


 俺は感謝を述べて、説明を始めてくれるようにお願いした。


「人の居場所がわかるって言いましたが、それは正確な表現ではないです。アタシは魔素から人に関する情報を得ているんです、多分」

「魔素と会話ができるのか!?」

「いーえ、聞くだけです。それに言葉といっても、きちんと言語化はされていない概念的な情報が、直接脳内に送られてくる感じです。正直なところ、それが魔素から送られてくる情報なのかははっきりしません」


 会話できるのなら、それはオムリィが目指す研究のゴールかと思ったが、少し違うようだ。


「あなたもできますよね?」

「いや、できないから質問したんだが」

「でも、魔素のことは感じていたじゃないですか。初めて会った時に『風の魔素が騒がしいな……』っておっしゃってましたよね?」

「いやいや! 言ってないよ! 勝手に人の黒歴史を生産するのはやめて!」


 それに近いことは言っていた気もするが、忘れよう。


「魔素の存在自体を感じ取れるのは、アタシたちよりも能力は高いってことだと思います。感じる力が強すぎて、自分に必要な情報を得られていないんでしょう」

「そう、なのか?」


 確かに魔素の存在は感じる。

 それは風を感じるとか、光を感じるといった感覚と同じようなもので、感じたからどうと言った類の情報だとは思えなかった。


「原因として考えられるのは、魔素のことを考えすぎているのか、自然が大好きか、はたまた人に興味がないのか」

「失敬な! 人を部屋に籠って研究だけしている世捨て人かのように言うなんて!」

「そんなつもりはなかったんですけどねー。でも、そう言うってことは心当たりが?」


 アンジュが言うには、魔素から伝えられる情報には、この世界の全て、人の居場所だけでなく、自然や動物といったあらゆるものが含まれているらしい。

 異世界人の血を持ってしても、そこから感じ取れる情報はわずかであり、多くの場合は自分に最も関係あるもの、自分が最も興味があるものの情報が得られるらしい。

 アンジュの祖先の中には、人との関わりを絶って生活していた人もおり、そういう人は自然に関する情報を得ていたようだが、人が人として人の中で生きているならば、人に関する情報が得られることが多いとのことだった。


「そこまで薄情な人だとは思っていなかったんですけどねー」

「……我ながら、この事実にはショックを受けたよ」


 確かに、魔素の研究は楽しかったし、自然から得られるエネルギーについても考えていた。

 しかし、決して人との繋がりを無下にしていたつもりはなかった。


「それに、アイツにはできてるってのがなあ……」


 俺なんかより、よっぽど世捨て人だと思っていたオダでさえも人の場所はわかるのだ。

 あれ以下の存在だというのは、かなり堪える。


「と、いうわけで、アタシからできるアドバイスとしては、もっと人に興味を持ちましょうってことくらいですかね」

「はい……」


 もういいですか?と言う確認の言葉に俺が頷きを返すと、アンジュはどこかへと飛び去っていった。

 人に興味を持て、か……

 今までも興味は持っていたつもりだったが、足りないということなのか。

 悩んでいる俺に語りかけるかのように、一筋の風が吹いた。

 風の魔素を感じる。

 何故、魔素のことは感じられるのだろうか。

 意思の疎通が図れるならば、聞いてみたい。


「どうしたらいいと思う?」

「誰に聞いてるの?」

「うぉ! びっくりした!」


 黄昏ていた俺の後ろには、いつの間にかオムリィが立っていた。


「驚かせちゃってごめんね! 何してるのかなあって思ったの」

「ああ、今のは……」


 俺は少し言い淀んだ。

 魔素と話そうとしていたというのは中二病みたいじゃないか?

 しかし、目の前にいるオムリィの純粋な目を見て考えを改めた。


「魔素と話せないかと思ってたんだ」

「えっ! ワタシの研究に興味持ってくれたの?」


 オムリィは大まじめに魔素と話そうと研究しているんだ。

 それを恥ずかしがるなんて失礼の極みだと、心の中で反省した。


「何とかして魔素と話せないかな。それができたら人の居場所もわかるようになりそうなんだ」

「ヒナさんたちが持ってる能力のこと?」

「うん。あれは魔素から情報を得ているらしいよ」

「じゃあ、もしかして、ヒナさんは魔素と話せるの!?」


 オムリィは目を輝かせて、すぐにでもヒナのところへ行きたいという素振りをみせた。


「あー、いや、正確には話しているわけではないみたいなんだ」

「そうなの……」


 そう露骨にがっかりするなって。

 オムリィは面白いくらいに表情が変わる。


「でも、ゆくゆくは話せるようになるかもしれないな」

「うん、そうだよね!」


 また笑顔になったオムリィからは、本当に研究が好きなことが伝わってきた。


「ねえ、オムリィは魔素と人どっちが好き?」

「ええー? そう聞かれると人だけど」


 もしかしたら、と思ったが流石に人の方が大事なようだった。

 いや、俺も自覚としては人の方が大事だ。


「だよねえ。俺も」

「どうしたの?」

「俺が人の場所を感じられないのは、人を大事に思ってないからかもしれないんだ」

「そんなことはないと思うよ?」


 そう言ってもらえると素直に嬉しい。

 最後が疑問形なのは少し気になるところではあるが。


「んー、きっと真面目だからじゃないかな」

「俺が?」

「そう。何事も原理原則から考えようとしてるよね。だから、この世の原理原則である魔素に好かれちゃってるんじゃないかな」

「俺が魔素に好かれてる?」


 魔素も人のように感情があり、交流できると考えているオムリィらしい視点だった。

 俺が魔素を好んでいるのではなく、魔素が俺を好んでいる。

 それが原因になるのか確認する術はないが、そう考える方が責任を転嫁できる気がしていいな。


「ありがとう。なんだか楽な気持ちになったよ」

「なら良かった!」


 オムリィの喜ぶ顔を見て、また少し心が安らいだ。

 ちょうどその時、国境の方から嫌な雰囲気を感じた。


「どうしたの?」

「オダが攻めてくる気がする」

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