第5話 サラリーマンとしての義務

「……これは会話になってるわね」


 変化したノイズから出した音声データを聞いて、ヒナもコミュニケーションが取れると思ったようだ。


「向こうもこっちのことはわからないみたいだな」

「私たちが答えるのは想定外だったみたいね」

「特定の誰かに送っていたのか、それとも無差別に送っていたのか」

「無差別だとしたら何のために?」


 相手の正体や狙いについて、あれこれ議論を交わしたが、まだ情報が少なすぎて結論を出すことはできない。

 とりあえず、“向こう”とか“相手”では呼びにくいので、その存在をガイアと名付けることにした。


「じゃあ、ガイアにもう一度話しかけてみるってことでいいな?」

「そうね。『わたしは研究者です』とかにしましょうか」

「それだけじゃ情報が少なくないか?」

「ガイアが何かわからないうちは、あまり個人が特定されるような情報は与えない方がいいかと思って」


 それもそうだな。

 ガイアは悪の組織で、秘密を知った者は殺す!って展開になっても困るし。


「よし、その内容でレーザーを設定してみる」


 俺はコンピュータをいじって、送りたい文を入力した。

 コミュニケーションが取れた要因は、やはり拍動と同じタイミングで照射したことだろうか。

 タイミングを合わせて照射実験を行ったが、ノイズに変化は生まれなかった。

 しかし、これは想定の範囲内の出来事だ。

 前回の返信があるまでも、一日のラグがあったし、明日の波形に期待ですな。

 そして次の日、俺は期待を込めてコンピュータの電源を入れた。


「変わってない……」


 そこに移されている波形は前日と同じく『あなたは誰?』と繰り返していた。

 何がいけなかったんだろうか。

 ただ単にガイアが昨日は忙しくて、光を観測できなかったとか?

 それか何か実験条件が違っていたのか?

 気温や湿度は一定に保たれている。

 実験室の場所も全く同じだし、装置周りの配置も変わっていない。

 もしかして、地球規模の話だから、星の相対的な位置とかが関係するのか?

 そうだとしたら、ものすごい偶然を引き当てたことになるが……


「そういえば、上手くいったときはレーザーを点けっぱなしで帰ったんだったな」


 単純に自分のミスだったが、大発見というものは得てしてミスから生まれることが多い。

 セレンディピティというやつだ。

 と言うことは長時間の照射がキーなのだろうか。

 何はともあれ、試してみるしかないので、俺は実験室を24時間利用する許可を取りに行った。


「レーザーの設定は昨日と同じにして、あとは一日待つだけか」


 しかし、意図的にミスをするというのは憚られたので、安全面だけは改善することにした。

 具体的には壁が燃えないように、今回は金属板に照射する。

 この違いが影響するならば厄介なのだが、ここまでの感覚として大丈夫な気がする。


「さて、今日は時間ができたな。ヒナの仕事でも手伝いに行くか」


 いつも世話になってばかりだから、こういう時に少しづつでも恩を返さないとな。

 俺はヒナのいる研究室へと足を向けた。


「何かお手伝いしましょうか?」

「あら! いいところに!」


 それはなんとタイミングがいいことだ。

 正直なところ、行っても邪魔になってしまうかもしれないと思っていたが杞憂だったな。


「胃癌だったりしない?」

「い、がん?」

「あんたよくコーヒー飲んでるし、ストレスも抱えてそうだから、もしかしてと思ったんだけど」

「いや、幸運なことにすこぶる健康だ」

「そう……」


 おい、残念そうな顔をするな。

 人の健康を喜べ。

 それでもヘルスケア部か。


「胃癌のサンプルが欲しくてね。いいわ、普通に申請する」

「最初からそうしてくれ」


 冗談で言ったのか、本気だったのか判断できない。

 ただもし胃癌だったら本当にサンプルにされていただろう。


「他に何かやってほしいことはないか?」

「いったい今日はどうしたっていうのよ」

「いつも俺の研究の相談に乗ってくれたり、ミアの世話をみてくれたりしてるからな。たまには恩返ししようと思って」

「急な話ねえ」


 ヒナは何かないかと言いながら、机の上を漁り、なにやら少し考え込み始めた。


「……何でもするって言ったわよね?」

「いや、何でもするとは言っていないが」


 ヒナは手に持ったタブレットの表示をこちらに見せてきた。


「来月、新しいショーがはじまるんだけど、その場所取りをお願いできない?」


 そこには極めて有名なテーマパークであるネズミ―ランドの告知が示されていた。

 ちなみに、ヒナは年間パスポートを持っているほど好きである。


「なんだ、それくらいならいいぞ」


 入場料は高いとはいえ、俺もいい歳した社会人だ。

 日和るほどの理由にはならない。。

 それにヒナは年パスを持っているんだから、二人分を買う必要もない。


「本当!? それじゃ、この日は朝7時に門前ね。多分始発で出れば間に合うはずだから。それで、開門と同時にダッシュして、ここの場所を確保してほしいの。シートか携帯用の椅子があったら持ってきてね。それと日影がないとこで半日過ごすことになるから、帽子か日傘もお勧めするわ。水分補給ができるように飲み物も忘れずに。軽食を持っててもいいかも」

「お、おう」

「安心して! トイレに行きたくなったときは周りの人に頼めば大丈夫だから! ファンの人はいい人しかいないし!」

「わ、わかった。また、近くなったらやること確認していいか」


 これだからネズミ―オタクは……

 いつも他のオタク文化は忌避してるくせに自分のことは棚上げだもんなあ。

 しかし、俺が恩返しがしたいという気持ちはこれっぽっちも薄まっていない。

 この任務、しっかりとやり遂げよう。

 ヒナへの恩返しも決まったので、残りの時間は晴れやかな気持ちで雑務を片付けることができた。

 そして次の日、俺はあっけなく、なんの問題も生じることなくガイアからの返信を得ることに成功した。


「『ワタシも研究者です。』か」


 向こうも警戒しているのだろうか。

 不用意に情報を増やすことはしてこない。

 もしくは、この通信手段では一度に送れる分量に制限があるのだろうか。

 それにしても、ガイアも研究者だったのか。

 いったいどんな研究をしているのだろうか。

 もしかして、何か新しい連絡手段の研究をしていたところを偶然俺が捕えてしまったのか?

 それなら辻褄が合うな。

 全世界どこでも同じように連絡ができようになったら、面白そうだ。

 光を利用しているなら速度も上げられそうだし。


「次は無難に研究内容の話でも振っておくか」


 『どんな研究をしているんですか?』と送れるようにレーザーを設定した。

 ついでに、確認したいことがあったので、レーザーの強度も上げた。

 いつものように一日待ち、ノイズの変化に注目してみる。


「えーっと、『コミュニケーション技術についてです』か。やっぱり新しい連絡手段の研究をしてるみたいだな」


 それと、レーザーの強度を上げた結果も確認してみる。


「時系列でみると、ノイズの変化が起きるのが早くなってるな。ということは照射時間じゃなくて、総エネルギー量が大切なのか」


 この交信方法についての理解が一歩深まった。

 さらに、できるだけレーザーの強度を上げて、次の返信をする。


「私は新エネルギーについてです」

「それはどんなものですか?」


 レーザーの強度を上げたことで一日待たなくてもガイアと通信できるようになった。

 限界まで上げると、二時間に一度のペースで交信できることがわかった。

 俺とガイアの交信は来る日も来る日も続いた。

 俺の一日の過ごし方は、まずガイアに話しかけ、ガイアからの返信を待つ間に雑務を行い、また返信を行うという繰り返しになった。

 それと、やはり一度に送れる量には制限があるようだ。

 『新エネルギーとして人や地球の活動からエネルギーが取れないかと考えています』と送ったところ、ガイアからの返信は返ってこなかった。

 そこで文字数を減らして送信する必要があるのだとわかった。


「まだ、わかりません」

「必要になりそうですか?」

「必要ないかもしれません」

「もし見つかったら素敵な研究ですね」

「その探索の過程であなたからの通信を発見しました」

「返信がもらえて嬉しかったです」

「今までは返信はなかったのですか?」

「ありませんでした」


 おかしいな。送信方法だけ確立していて、受信はしていなかったのか?


「誰に向けて送信していたのですか?」

「マソと話そうと思っていました」


 マソ?

 人の名前か?

 つまり、その共同研究者と連絡が取れなくなってしまったということだろうか。

 次の返信が思いつかず悩んでいると、俺の返信を待たずにノイズが変化した。


「さっきのは忘れてください」


 何か未公開の大事な情報だったのだろうか。

 それを外部の知らないやつに漏らしたことに気づき焦って訂正してきたというところか。

 研究者としては脇の甘い人だな。


「研究以外の話もしてみるか」


 これ以上は秘匿事項も多そうだと感じたので、トークテーマを変えることにした。

 新しい知り合いとの話題探しなど、ここ最近やっていなかったので、アイデアを絞り出すのに苦労する。


「『研究は何名でやってるんですか?』っと」


 あれ? 

 文章を送ってから、自分で違和感に気付いた。

 友人関係について聞こうと思ったのに、これも結局、研究絡みか?

 トークテーマが変わってないじゃないか。

 このまま実験室に籠っていると、脳内が研究のことで満たされてしまうので、自分のデスクに戻ることにした。


「人と話すのって難しいなー」

「どう? 順調?」


 居室で休んでいるところで、話しかけてきたのはヒナだ。


「まあまあといったとこだな」

「よかったじゃない。それなら今度の報告会も大丈夫そうね」


 ……

 報告会……?

 ああ、そんなのもあったなあ。

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