第6話 学会発表は突然に

「なに遠い目をしてんのよ」

「報告する内容がない」

「さっき順調だって言ってたじゃない!」


 ガイアとの交信は順調なんだが、当初の目的である新エネルギーとは全く関係ない。

 ましてやオカルト染みた、論理もヘッタクレもないような事をしているという自覚はある。

 そんな内容を社内で報告するわけにもいかないよな。

 きっと頭がおかしい奴だと引かれてしまうだろう。

 しかし、ここまでの経緯を知っているヒナには包み隠さず、そのことを伝えることにした。


「今までずっとガイアと話してたの……?」


 これは引いてるというよりは呆れてる目か。

 結果だけ見れば俺は仕事をサボってSNSでおしゃべりしてたやつと同じようなもんだからな。


「とりあえずは“ガイアの拍動”を見つけたって結果だけ報告するのはどう?」

「そうだなー。それが無難か」


 発表するとなるとやることが山積みだな。

 この結果をここまでの経緯を知らない人にも理解させる必要がある。

 論理の根本となっている変数の設定は何の根拠もない。

 自分でもよくわからないものを人に理解させるのは到底無理なことだ。

 そのため、情報を整理し、一から説明できるようにストーリーを考えないといけない。

 またストーリーで重要なのは、この結果が何の役に立つか、何故研究をする意義があるのかという目的意識だ。

 ガイアの拍動は大発見だという自負はあった。

 あとは、これをどう使うかを考えられれば発表の質を上げることができる。


「無事に報告会終えてねー。そうじゃないと楽しめなくなっちゃうから」

「おお、がんばるわ」


 そう言って、ヒナは自分の研究室へと戻っていった。

 報告会の存在を思い出させてもらって本当に助かった。

 大変だが、ついにガイアの拍動が陽の目を見る時がきたのだ。

 やっぱり研究は評価されないと面白くない。

 多くの人に知ってもらうことが研究の醍醐味でもある。

 最近の俺の研究は独りよがりになってたことに、改めて気が付かされた。


「よーし、やるか!」


 俺は気合いを入れて、無数のデータのリストを一から洗い始めた。

 数は多く、面白くもない単調な作業だったが、発表に対するモチベーションが湧いていたので、集中して取り組むことができた。


「あ、そういえば返信を確認してなかった」


 データ整理に一息ついたところで、ガイアからの返信を見ていないことに気づいた。

 発表内容には入れないとはいえ、せっかく続いている交流を途絶えさせるのはもったいない。

 俺はプログラムを起動し、いつものようにノイズを音声データに変換する。


「えーっと、『私一人でやってます』か」


 俺と同じだな。

 大切そうな研究なのに一人でやっているとは大変だろうな。

 自分の立場と被るところがあり、この研究者に親近感が湧いた。


「俺も一人でやってます」


 他にも一人で研究を頑張っている仲間がいると思うと、なぜか心強く感じた。

 それから報告会までの日々も資料作りと並行して、ガイアとの会話を続けた。


「忙しいですか?一人で研究しているとやることが多いですよね」

「報告会が近いので資料作成に追われています」

「いい結果が報告できそうですか?」

「あなたと会話できるようになったきっかけを報告しようと思います」


 それからガイアに“ガイアの拍動”の発見について説明するという、なんだか不思議な流れになってしまった。

 わかっていたことだが、この話し相手になってくれているガイアは地球とは違う存在で、ただの研究者のようだ。


「私は“ガイア”ではないです。オムリィと呼んでください」


 ここにきてようやく話し相手の名前を知ることができた。

 オムリィというのか。

 名前を教えてくれたということは心を許してくれたのかな。

 気になってSNSで名前を検索してみたのは秘密だ。

 残念なことに該当者は見つからなかったので、オムリィに関する情報は得られなかった。

 オムリィに“ガイアの拍動”を説明するうちに、自分の中でも考えが整理され、発表内容もまとまってきた。

 オムリィも拍動の存在は知らなかった。

 そのため、連絡が取れたのは偶然によるところが大きいようだった。

 やはりこの結果は大発見と言えるだろう。

 そして報告会当日、俺は緊張しつつもできあがった資料に自信を持って発表した。


 しかし、結果は散々なものだった。


「いいたいことはわかった。狙いも悪くはないと思うが実現可能性に乏しい」

「判断基準が恣意的すぎるな。何故この地域の値は9倍にしているのか根拠がない」

「仮にこの数値処理で法則性が生まれるとして、実際に風や熱を変化させるのは大変だろう。それに使うエネルギーの方が大きいぞ」

「地球上の人口が変化したら、この設定はまた変わるのではないか?」

「建物や道路建設でも影響はありそうですね」

「ここからどうやって、何のエネルギーを取るつもりなんだね」


 コメントがどれも厳しい。

 そして、ヒナからも指摘された問題点だ。

 想定していなかったわけではないが、細部よりも新しいことを発見したということに重きを置いていたのが原因だ。


「え、えー、それについては現在研究中でして」

「アイデアはあるということかね」


 オムリィと話すことは結局エネルギーにするのとは関係ないしなあ。

 いや、関係あっても発表するわけにはいかないか。


「申し訳ありません。今はまだ良いアイデアはありません」


 質問者たちもアイデアがあるわけではないので、何かアイデアはないかとその場で議論が始まった。

 ガイアの拍動の新しさ自体は評価してもらえているようだ。


「我々だけでは思いつかないな。学会ででも発表して外部の意見も聞いてみるか」

「が、学会ですか?」


 研究所長から唐突な提案がされた。

 こんな拙い内容で学会発表だなんて絶対したくない。

 断れるものなら、断りたいが……


「ちょうど私の知り合いが開催している学会で発表者が不足しているらしいんだ。テーマも波動関係だから、ズレてはいないだろう」

「は、はい。ありがとうございます」


 くそ。数合わせとしていいように使われてしまった。

 しかし、そんな裏技で発表させてもらえるなどと言われては断る理由も思いつかない。


「……ダメだったようね」


 報告会後の俺の顔を見てヒナが心配の声をかけてくれた。


「大炎上だったよ」

「テーマは見直し?」

「いや、とりあえず学会発表してみろだってさ」

「あら、それなら結果は認められたってことでしょ。よかったじゃない」

「こんなボロクソに言われた内容をもう一度発表しろってのは精神的に厳しいよ」

「学会まではまだ時間があるんじゃないの? それまでに補足できるデータ出せるように頑張りましょう」

「それがそんなに先でもないんだ。知り合い主催の学会にねじ込んでもらえるらしくてな」

「それはありがた迷惑ね……」


 俺がその学会の日にちを見せたら、ヒナの顔が曇った。


「この日って……」

「ああ、休日だけど出勤するハメになるな」

「……そうね。大変だろうけどがんばってね」


 やけにテンションを落としてヒナは立ち去って行ってしまった。

 そんなに俺のことを心配してくれたのか。

 休日出勤だが、手当もつくし、代休も出るから、そこは構わないんだけどな。


 その日がヒナと約束していたネズミーランドに行く日だと気が付いたのは、家に帰ってからだった。

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