第7話 人間関係

次の日、すぐヒナに謝りにいったが「いいわよ。学会発表がんばって」としか言われなかった。

 取り付く島もないといった感じで、これ以上の謝罪はむしろ逆効果にも思えた。

 しかたない、今は学会準備に集中しよう。

 そう気持ちを切り替えようとしたが、もやもやした気持ちは晴れることがない。

 気が付いたら、学会の準備ではなく、またオムリィとの連絡に逃げてしまっていた。


「同僚と喧嘩をしてしまいました」

「何があったの?」

「約束を破ってしまった」

「心から謝ればきっと許してくれるよ」

「許してくれるかな」

「ダメだったらプレゼントを上げよう」

「それで大丈夫?」

「ワタシなら許しちゃう」


 ついヒナとのことを話してしまった。

 どこの誰だかわからないことが、弱音を吐く対象としてちょうどよかったようだ。

 オムリィも優しく話を聞いてくれた。

 ヒナとの喧嘩のことだけじゃなく、研究報告で厳しい質問攻めにあったこと、学会発表にも気が乗らないことなど、どんどん相談してしまった。

 自分のことばかり話していると、今度はオムリィがどんな人なのか気になってきた。

 話している雰囲気から察すると女性のようだが、母のような優しさを感じることもあれば、少女のような無邪気さを感じることもある。


「どこまで私生活のこと聞いていいのか距離感がわからんなー」


 理系特有のコミュニケーション能力の欠如から、オムリィ自身のことはあまり聞き出せていなかった。

 何か私生活のことを聞ける良いきっかけがあればいいのだが。

 俺がうじうじ悩んでいると、先にオムリィから問いかけがあった。


「もう仲直りした?」

「いや、まだ……」

「今なら許してくれるよ」

「何でわかるのさ」

「なんとなく」


 オムリィに背中を押されて、俺はまたヒナのもとへ謝りに行った。

 初めはギクシャクした会話だったが、学会が開催される場所がフランス特別自治区だと知ると、風向きが変わった。

 どうやらそこにもネズミーのテーマパークがあるようだ。

 働いていると気軽に行ける場所ではないため、代わりに限定のグッズを買ってきてほしいと頼まれた。

「会社のお金で行けるなんて羨ましいわ」などという憎まれ口も復活し、ひとまずの終止符をうつことができただろう。


「仲直りできたよ」

「ほら! ワタシの言った通り!」

「ありがとう。助かったよ」

「なんでお礼?」

「オムリィのおかげで、もう一度謝りに行けたから」

「ワタシが言わなくても、きっと仲直りできてたよ」


 オムリィはそう言ってくれたが、それには長い時間が必要になっただろう。

 気まずい関係を修復するのは苦手だ。

 おかげで、他に気を取られることなく、学会発表の準備に打ち込めるようになった。

 そして、あっという間に学会に参加する日がやってきた。

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