第14話 絶望より深い絶望
「ヒナがいなくなったってどういうことですか?」
ミッシーマ教授の言葉に耳を疑った俺はすぐに聞き返した。
ヒナが行方不明になった。
正確に言うと、会社を無断欠勤したようだ。
ヒナの性格からして、無断欠勤するなど考えられない。
昨日は、母校の研究室を訪ねると言って早引きしたことは会社側も知っていた。
そこで、当のミッシーマ教授に、心当たりがないかを尋ねる連絡が来たようだ。
未だに連絡が付かないようで、何らかの事件を疑う必要も出てきている。
心配だ。
こんな事になるなら、あの時ゴリ押ししてでも買い物について行くべきだったのか……
そんな後悔をしているところに、オダ君が登校してきた。
「何かあったんですか?」
「ああ、コスタ君が会社に行っていないようだ」
「……はあ。何故その連絡がうちに来たんですか?」
「昨日の夜、うちに顔を出してくれていたんだよ。そこまでの足取りはつかめているんだがね」
「なるほど、そうでしたか」
オダ君は初めこそ驚いた顔をしたが、すぐに気持ちを切り替えたようだ。
今はもう冷静に実験の準備に取り掛かっている。
申し分けないが、俺はまだ実験できるほど、気持ちが整理できていない。
どこかヒナが行きそうなところを探してみた方がいいんじゃないか?
「ところで、コスタさんが親しくしていた方とかご存じですか?」
オダ君は作業を続けながら俺に問いかけてきた。
「ん、いや、誰だろう。誰かと特別仲がいいって話は聞いたことはないかな」
「ミアー! ミアはヒナちゃんと仲良しだよ!」
「おー、そうだな。確かにミアはよく遊んでるし、一番の仲良しかもな」
「そうですか」
「なんでそんな質問を?」
「いえ、親しくしている方なら居場所に心当たりもあるんじゃないかと思いまして」
意外だった。
もうオダ君の頭からは、ヒナが行方不明であることなんて抜け落ちて、実験のことしか考えていないのかと思った。まさかそこまで考えていてくれたとは。
「ミアちゃん、でしたか。さすがに居場所は知らないか。でもまた会えるといいですね」
オダ君はミアにも話しかけて、頭にポンと手を置いた。
ミアはずっと俺と一緒にいたし、残念だが心当たりもないだろう。
しかし、オダ君はミアがあまり好きではないかと思っていた。
それなのに、優しい声もかけてくれるなんて、見直した。
「ところで、エリクセンさん」
「なんだい? 申し訳ないが本当に仲の良い友人は知らないんだ」
「いえ、そうではなくて。実験の支度が進んでいないようだけど」
俺は研究室に着いた時のままで、カバンを机に置くことすらしていなかった。
「あ、すまん」
急いで実験の準備をしようと取り掛かる。
「できないのであれば、今日は無理しなくても結構ですよ」
俺の手際の悪さを見て、そう言った。
オダ君はさらに続けて提案してくれた。
「今日の実験は僕が代わりにやっておきますよ。データの整理がメインの仕事だろうから、それほど重要じゃないし。邪魔になるよりは良いです」
正直なところ、ありがたい申し出だった。
今日は全く集中できていないし、このままの状況で実験をしても、失敗してオダ君に迷惑をかけてしまうだろう。
俺を気遣っているのか、本当に自分に迷惑がかかるのを嫌がっているのかはわからないが、とにかく助かる話だ。
研究を一日休むことに躊躇いは感じたが、ミッシーマ教授もそうするように勧めてくれた。
俺はお言葉に甘えて、オダ君に実験を任せて、ヒナを探しに行くことにした。
昨日駅で別れてから、ヒナは買い物に行くと言っていた。
服か化粧品か、何を買いに行ったのかはわからない。
仕方ないので、まずは駅ビルを中心に店を虱潰しに回った。
先々でヒナの写真を見せて、見覚えがないかを聞いたが証言は得られない。
「ダメか―」
「みあ、疲れちゃった」
一人にしておくわけにもいかないと思い、ミアも連れていた。
俺でも疲労感を感じているのだ。
ミアは一層辛いだろう。
その上、どの店でも見覚えがないと言われ続け、精神的にも疲れてきた。
一回、仕切りなおすか。
「ええ、かしこまりました。しかし、こちらも仕事がありますので、密なお相手はできないかと存じ上げます」
「もちろんです。いつも通り、研究室にご迷惑をおかけしないように見張っていただくだけで構いませんので」
俺は研究室に戻り、秘書さんにミアを預けることにした。
いつもの事とは言え、秘書さんは丁寧に対応してくれた。
「では、警備員にも外に出さないように注意喚起しておきます」
「ありがとうございます。夕方には引き取りに参りますので」
「かしこまりました」
「いってらっしゃーい!」
ミアの元気な声に送り出され、俺は再び町に繰り出した。
よし、気合いを入れなおそう。
せめて俺と別れたあとの足取りだけでも掴みたいところだ。
その後、駅ビルだけでなく周囲の服屋や雑貨屋も回ったが、手掛かりはなかった。
「他に回ってないとこは――」
俺は次の候補の店の前で入るのを躊躇っていた。
「ミアを預けてきたのは失敗だったかな」
その店には女性客しかいない。
それだけなら、ここまで躊躇うことはないのだが、並んでいる商品が問題だ。
全て直視するのを躊躇ってしまう。
そう、ランジェリーショップだ。
「ええい。ままよ!」
まさか本当にこのセリフを言って勢いをつける時がくるとは思ってもみなかった。
それでも言霊があるのか、口にしたことで店に入る決心ができた。
「えっ! 見覚えがある!?」
ハードルを乗り越えて入った店では、それに見合った成果が出た。
下着の話ではない。
ついにヒナの足取りを掴めたのだ。
しかし、わかったのは店に来た時間くらいだった。
もう少し何か情報はないかと食い下がったが、店員が知っているのはヒナの下着くらいなもんだ。
それを聞き出そうとする俺は変質者として扱われかけた。
さすがに周りの目も気になったので、俺はそそくさと店を後にした。
「夜の九時ごろか。時間的に他の店も閉まり始めるな」
とすると、ここが最後に足取りを確認できる場所かもしれない。
その後は家に帰るか、他に遅くまでやってそうな場所は居酒屋かゲームセンターくらいか。
以前、『一人居酒屋は寂しいから嫌』と言っていたし、その線は薄いだろう。
とはいえ、ゲーム嫌いなヒナが、ゲーセンに行くとも思えない。
いや、そこまでゲームが嫌いでもないんだっけか。
確かネズミーのゲームならやるとか。
そう考えながらゲーセンの店先を眺めていると、あるものが目に入った。
「ネズミーキャラのぬいぐるみだ」
UFOキャッチャーの景品が、ヒナの好きなネズミーのグッズだったのだ。
これなら立ち寄っている可能性もあるぞ。
早速俺は店員を捕まえて尋ねた。
「そっすねー。いたかもしれないっすけど、ちょっとわかんないっすねー」
「そこを何とか思い出してください! 店の監視カメラとかも確認できますよね!」
「カメラっすかー。まあ、できるかもしれないですけど、それはちょっと」
「お願いします! 行方不明なんです」
「んじゃ、ちょっと先輩に聞いてみますわー」
店員は、近くにいた別の店員を呼び止めて、ヒナの写真を見せた。
「あー、この人来てたよ」
「本当ですか!」
「うん。閉店間際までUFOキャッチャーで粘ってたから覚えてるよ」
閉店間際、ということは11時ごろか。
「それで閉店した後、どこに行ったとかはご存知ないですか?」
「あー、いやそれが閉店するちょっと前にいなくなってたんだよね。ぬいぐるみが取れたわけじゃなさそうだし、変なタイミングで諦めたなと思ってたんだよね」
「そうですか……、ありがとうございました」
11時ごろまでの足取りは掴めたが、ここまでか。
しかし、途中でいなくなったとは、どういうことだろうか。
ランジェリーショップの後に、ここに立ち寄ったとしたら、一時間以上もUFOキャッチャーをしていたことになる。
さすがに資金が底をついたのか?
これ以上は憶測の域をでない。
日も暮れてきたので、今日の調査はここまでにし、ミアを引き取りに大学へ戻ることにした。
今日わかったことを警察と会社に伝えれば、もう少し詳しいこともわかるはずだ。
この情報社会の世の中、俺が知らないくらい多くの監視カメラやセンサーが配備されている。
しかし、情報が多すぎて、即座に事件解決とはいかないのが難点だ。
俺の情報と合わせて、データを確認できればヒナの居場所もわかるだろう。
事故や事件に巻き込まれていなければいいのだが……
「遅くなってすみません。ミアを引き取りにきました」
「エリクセンさん」
秘書さんは青ざめた顔で俺の名を呼んだ。
次に続いた言葉は、俺を今までよりも深い絶望へと叩き落した。
「ミアちゃんがいなくなりました」
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