第15話 決戦

ミアがいなくなった?


 ミアが、いない……?


 そんな馬鹿な。


 俺はミアを探して学内を走り回った。

 警備員はミアが構内から出る姿は見ていないと言っている。


 きっとトイレにでも隠れているんだろう。

 そうに違いない。

 しかし、自分に言い聞かせる言葉は空虚に響いていた。



「今すぐに映像化できるカメラには写ってないようです」


 秘書さんも協力して探してくれたが、ミアの行方はわからなかった。


 俺は諦めずに探した。


 探して、探して、探し続けた。



「ここには戻ってないか」



 夜もすっかり更け、いつものミアならとっくに寝ている時間だ。

 眠くなったら戻ってくるかと思い、研究室に戻ってみた。

 しかし、そこに人がいる気配はない。



「どこにいるんだよ……」



 俺の言葉は、部屋の空気に溶け込むように消えていった。


 呼びかけに応えてくれるものはない。


 俺は途方に暮れて、その場に座り込んだ。


 どこを探せばいいのか。

 もう思いつく場所はないのか?

 可能性を見落としていないか?

 頭をフル回転させて思考しようとするが、疲労からか、上手く考えることができない。


 ただ、茫然と何もない宙を見つめている。



 何も、ない。



 ……いや、何か感じる。


 そこには何も目に映るものはない。

 だが、確かに何かの存在を感じる。

 なんだこれは――光?

 何も見えていないのだが、これを表現するならば、光だと脳が判断している。


「もしかして」


 俺が立ち上がり、その存在に近づこうとすると、気配が動き出すのがわかった。


「待ってくれ!」


 俺は慌ててその気配を追う。

 どこへ行くんだ。


 その気配は構内から出て、駅の方向へ向う。

 途中で人気のない路地の方へと折れると、その先に建っているビルの中へと入っていった。

 ビルは廃墟となっており、その扉の鍵は機能していなかった。

 俺が躊躇う間もなく、その気配は階段を駆け登っていく。

 俺はビルの中に飛び込み、息を切らしながら必死でその気配について行った。


「あれ――」


 ようやく移動が終わったのは、そのビルの屋上だった。

 そこにはフードを被った人が立っていた。

 俺の言葉に反応して振り返った顔を俺は知っている。


「オダ君、こんなところで何を……?」

「それはこちらのセリフですよ」

「俺は何かの気配を追ってきたらーー、いやそんなことより、ミアがいなくなったんだ! 心当たりはないか?」


 オダ君はこちらの問いかけには答える様子がない。

 今はまた、こちらに背を向けてしまっている。

 いったい何をしているのか。

 何やら地上の方を気にしているようだ。

 俺はビルの屋上から身を乗り出すようにして、下を覗いてみた。

 そこでは数人の男が何やら騒いでいる。

 一人は寝転んでいるようだが、酔っ払いか?

 その男達がこちらを見上げて指さしてきた。


「ああ、エリクセンさん。余計なことをしてくれますね」

「え? 俺はただオダ君が何やってたいのかと思って、見てただけだが」

「それが――、まあ、いいです。あまり関係のないことなのですぐに立ち去ってください」


 オダ君は俺を来た方へと押し返そうとする。

 そこまでされると、さらに興味が湧いてしまった。

 こんな時だろうと、わからないことは知りたくなるのは研究者の性だろうか。

 それに、あの"光"が俺をここに連れてきた理由も、まだわかっていない。

 一度は追い返されたフリをして、下の階に隠れることにした。


 少し経つと、数人の人が階段を勢いよく駆け上がってくる音が聞こえた。

 先程の男性たちだろうか。


「大丈夫なのか?」


 その男たちは何やら怒っているようで、罵声を吐きながら屋上の扉を開けた。

 心配になり、扉の隙間から屋上の様子を確認してみる。

 オダ君はその男たちに囲まれて、何やら問い詰められている。

 しかし、当の本人はどこ吹く風で、何かをブツブツとつぶやくばかりだ。

 すると、突然オダ君と男たちの間に複数の光の球が生じた。

 その玉から閃光が走ったかと思うと、男たちはうめき声を上げて、バタバタと倒れてしまった。


「今のは!?」


 一瞬だったが、何かの道具を使う素振りは見えなかった。

 とすると考えられるのは――


「オダ君! まさか魔法を使ったのか!?」


 俺は扉を開け、再度屋上へと飛び出した。

 それを見て、オダ君はゆっくりと口を開く。


「見て、いたのか。立ち去るように言ったはずなのに」

「そんなことより、魔法を使ったのかどうか答えてくれ!」

「ええ、使いましたよ」


 オダ君は平然と言ってのけた。

 やはりあれは魔法だったのか。

 こちらの世界でも使えたなんて。


「逆に聞きましょう。あなたは何故使っていないのですか?」

「何故と言われても」

「あの世界から送り込まれるのは、エネルギーなのか魔素なのか。それを実証する一番の方法は魔法が使えるかどうかでしょう。これだから修士卒は」


 それは、そうなのかもしれない。

 しかし、魔法という、こちらの世界の理を凌駕する力を、おいそれと使ってしまっていいのだろうか。


「まだ何の確証も得られていない力を、むやみに使うんじゃない!」

「実験なしに得られる確証などありませんよ」

「それにその力を人を傷つけるために使うなんて」

「コイツらは殺しちゃいませんよ」


 オダ君は倒れている男達を足蹴にした。

 蹴られた男たちからはうめき声が聞こえる。


「僕だって、殺したくはなかった。そんなつもりはなかったんだ」


 なんの話だ。

 殺したくはなかった?

 今殺してないと言ったばかりじゃないか。

 まさか。


「誰かを殺したのか」


 その問いかけに返答は返ってこない。


「殺したのか? 答えろ、オダぁ!」

「ああ、殺したよ。だが、今になってみればそれで良かったのかもしれない」

「ふざけるなよ」


 殺していいなんて話があってたまるか。


「もともと、手に入らないものだったんだ。それなら、死という形で、僕だけのものに。僕の手によって初めてを奪った。その経験は僕だけのもので、2人だけの秘密だ」

「おい、何を言ってるんだ、それじゃあまるでーー」


 知り合いを殺したみたいな言い草じゃないか。


「まさか、お前」


 オダ君の知り合いで、思い当たるのは――


「そうだよ。ヒナ・コスタは僕だけのものになったんだ」

「てめええ!」


 俺は叫んだ。

 喉が千切れようと構わない。

 この怒りの丈は抑えることなどできずに溢れだした。

 気づけば俺は拳を握り、オダの顔面を殴り飛ばしていた。

 拳には血が付いた。

 それがどちらの血かはわからない。

 ただ、痛みなどは感じる余裕もなく、俺は二回目の拳を叩き込もうとする。

 しかし、その攻撃は目の前に現れた炎の壁に遮られてしまった。

 殴られ、地面に這いつくばっていたオダがゆっくりと立ち上がる。


「さすがに、直情的な攻撃よりは遅くなってしまいましたが」


 奴は口に溜まった血を吐き、言葉を続けた。


「これが魔法です」


 何やらブツブツと言っていたようだが、呪文を詠唱していたのか。


「野蛮な攻撃をしてくるのも勝手ですが、それならこちらは叡智を持って対応するまでだ」


 そう言ってまた早口で何かを言い始めた。


「角度下方15°左方5°、波長532 nm、出力5000 W、径2 cm2、露光5 s、CW方式、エネルギー生成、速度光速、放射」


  言い終ると、光の球が生成された。

 そして、その球を起点として、こちらに向かって光線が放たれた。

 脳がその光を認識したのと同時に、足に熱さを感じた。

 熱を感じた右足に手をやると、太ももの辺りに小さな穴が貫通しており、そこからは血が噴き出していた。


「ぐああああああああああ!」


 俺は叫び声を上げた。

 その声にはわずかにオダの笑い声が載っている。


「さて、どうしましょうかね」


 俺は苦痛に顔を歪め、その場に倒れこむ。

 痛みに苦しみもがいている俺にオダが近付いてくる。


「エリクセンさんは魔法のことを知っている。魔法でやられたなんて誰も信じないだろうが、それでも不安の種は残ってしまうな。死体も残らないし、殺してしまうのが早いが、それではあの世でヒナと再会してしまうかもしれない」


 オダは自分の考えを整理するように、呟きを発している。

 俺は朦朧とする意識の中でオダの方に向き直り、左手を掲げた。


「おや、どうするつもりですか?」

「フ、ファイヤーボール!」


 俺は基礎魔法であるファイヤーボールを唱えた。

 しかし、何も起きる様子はない。


「か、かはははっは! 研究不足ですねえ! こちらの世界ではファイヤーボールというだけでは火球は生じないんですよ」


 ちくしょう。

 やはり細かく指示を出す必要があるのか。

 しかし、今の状態では、冷静に計算できるほど頭が回らない。


「いいいでしょう。博士課程の身として、僕がご教授いたしましょう」


 オダは俺の方向に右手を掲げ、呪文を唱え始めた。


「空気中の二酸化炭素、水素のポテンシャルエネルギー上昇、化学結合切断、活性化エネルギー減少、炭化水素合成、範囲10 cm3、熱エネルギー生成、酸素に運動エネルギー、酸化促進、範囲20 30 40 cm3」


 オダの手の前に火球が生成され、その大きさをどんどん増していく。


「やはり一思いに殺してあげましょう。僕の優しさです。あの世で2人と再会してください」

「2人……?」

「ええ、言ってませんでしたっけ?」


 ヒナともう一人、俺たちの共通の知り合いといえば――


「あなたの娘さんは仲の良い友人ということなので、僕からヒナ・コスタへのプレゼントとして送っています」

「て、てめええええ!」

「運動エネルギー生成、角度0°、速度160 km/h、放射」

「ぶっ殺してやる!」


 直径2 mほどの大きさまで膨れ上がった火球がオダの手を離れた。

 俺にできるのは殺意を込めて、その火球を睨むだけだ。

 徐々に近づくその時間がやけに長く感じられる。


「おい、何故だ」


 オダの声が聞こえる。


「ふ、ふざけるな。僕の指示通りに動けよ!」


 気づけば火球は動きを止め、今度は逆にオダに向かって進み始めていた。


「あ、あああ、ま、待て、僕は正義のためにこの力を――」


 火球はスピードを急速に上げた。

 その言葉は最後まで発されることはなく、声の主は火球に飲み込まれて、断末魔の叫びをあげる。

 その悲鳴を聞きながら、俺の意識は途絶えた。

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