第16話 過去と未来を繋ぐもの
目が覚めると俺はベッドの上で横たわっていた。
あれは夢だったのか?
だとしたら、どこから?
しかし、思考は身体の痛みに遮られる。
痛みの原因である足元の方に目をやって気が付く。
病院だ。
いつの間にか俺は病院に担ぎ込まれていたらしい。
俺が目を覚ましたことは、すぐにセンサーによって検知されたのだろう。
担当医らしき人が病室に入ってきた。
その後ろにはパリッとした背広の男性もいる。
担当医は俺にいくつかの問診をし、意識がはっきりしていることを確認した。
無事を確認したところで、背広の男性と場所を変わった。
その男は警察を名乗り、俺にいくつかの質問をしてきた。
その怪我の原因は。犯人は知り合いか。周りに倒れていた男たちは。光に撃たれたというのは本当か。何か覚えてないか。
俺は悩んだ。
オダのことを言うべきか。魔法のことを言うべきか。異世界のことを言うべきか。
言っても信じてはもらえまい。
それどころか俺自身が、そのまま精神病院に収容される可能性すらある。
まずは情報がほしい。
「研究室の教授に連絡を取ってもいいですか?」
研究室に連絡をすると、すでにミッシーマ教授がこちらに向かっていると言われた。
あれからオダがどうなったのか。
それは確認しておきたかった。
それと――、いや、今はそのことは考えたくない。
最後の記憶ではオダは火球に飲まれている。
おそらく絶命しただろう。
しかし、警察の話を聞く限りでは、焼死体についての言及はなかった。
実は生きていて、逃げたのか?
骨が残らないほどの火力だった可能性も高い。
疑問は尽きないが、今はミッシーマ教授の到着を待つしかなかった。
「エリクセン君、無事で何より」
「教授、今日オダは研究室に来ていましたか?」
「いえ、彼は来ていないし、連絡も取れないんだ」
「そう、ですか」
あんなことをした後だ。
仮に生きていたとしても、研究室に顔を出すはずもないか。
「オダ君について聞くということは、今回の事件は研究室……、異世界の研究絡みということですか」
「……ええ、そうです」
「君の報告書は読ませてもらったよ」
教授は紙に印刷した俺の報告書と、もう一つ別の紙の束を机の上に出した。
「これは?」
「僕が昔書いた論文です。公表はしていないがね」
「すみません、今は研究ができる状態では」
「いえ、そうではなく。もちろん、研究に役に立つとも思うが、今の君が読むべき文章だと思って持ってきたんだよ」
どういうことだろうか。
教授の専門は光物理だから、レーザーとかナノ構造体とかに関する論文じゃないのか?
「さて、君の報告書ではエネルギーを異世界からこちらに送れるという話だったが、今の様子から察するにそれだけではないようだね」
俺はあの屋上であった出来事を説明した。
教授は俺の話を途中で否定することなく、最後まで聞いてくれた。
「やはり、魔法が使えたか」
「やはり?」
そのリアクションは予想していなかった。
ありえないと否定してこないから、理解があるのだとは思っていた。
しかし、"やはり"というのは魔法の存在を初めから知っていたというのか?
「魔法については、僕・も・昔・調・べ・て・い・た・んだ。その研究結果をまとめたのが、その論文だ」
なんということだ。
言われてみれば、過去に俺以外にも異世界や魔法について研究した人がいてもおかしくはない。
それがこんな身近にいただなんて。
しかし、それなら多くのことが腑に落ちる。
自分自身が異世界の存在を信じていたから、俺のことも受け入れてくれたのだろう。
「僕がした研究は実験で実証する類のものではなく、各地の伝承をまとめた人文学的なものだけどね」
「ご専門はサイエンスではなかったのですか」
「研究者に必要なのはあくまで飽くなき探求心だ。分野は重要ではないのですよ」
自分の欲求に従って研究するというのは、研究者の理想であって、本質である。
しかし、多くのしがらみがあるため、それを本当に体現するのは難しいことだ。
事実、教授もこの論文を書き上げたのに、公開しなかったのは、何かそういった理由があったのだろう。
「僕の研究の結論は魔法を実現するにはマ・ナ・と・イ・メ・ー・ジ・が必要だということだ。世界各地で魔法と思しき現象を起こした人物は、いずれも魔法によって実現される現象を強くイメージしていた。しかし、その現象は再現性が取れず、マナは気まぐれなものだと結論付けた。これらの結果は君が提唱する魔素と魔法の理論と反しないと思うんだ」
「……私は、魔法は明確な指示によって発動するものと思いましたが」
「もちろん、それも真だろう。しかし、明確な指示というのは研究者にはできても一般の人には簡単にはできない。しかし、異世界では研究者でなくとも魔法が使えているんだろう?」
「つまり、不明瞭な指示を補うものがイメージで、それはこちらの世界でも同様だと」
「そうだね。君が意思だけで火球を押し戻したことがそれを証明している」
オムリィは魔素との関係性や構築力が大事だと言っていたが、教授は想像力がそれを補うと考えているということか。
どちらが正しいのか、俺の知識では判断できない。
どちらも正しいのかもしれない。
「しかし、この論文で真に君に伝えたかったのはそこではない」
教授は論文をめくり、該当部分を俺に提示した。
「外界への肉・体・移・動・を伴う交流?」
俺が今までに行ってきた異世界との交流は、魔素かレーザーを用いたエネルギーの伝達による交信だ。
肉体はおろか物体の移動すら試してはいない。
それが可能だというのか。
「物体を異世界へ送り込むことも可能だということですか?」
「いや、物体ではない、肉体、人体だよ」
それは何が違うのだろうか。
人の体が送れても物体は送れないと言いたいのだろうか。
「正確に言えば、肉体を主として、異・世・界・に・行・く・こ・と・が・可・能・かもしれないという話だけどね」
「どういうことでしょうか」
おそらくその辺りの話が論文にまとめられているから読めという話なのだろうが、俺は結論を聞くことを急いだ。
「死・の・瞬・間・に・体・が・マ・ナ・に・包・ま・れ・て・い・る・と、肉体は天界へと召されるという伝承があるんだ。その伝承で言う天・界・は・異・世・界・の・こ・と・なんじゃないだろうか」
「死んだら異世界に行けるということですか?」
それはただ単に、この世界の宗教でよく提唱されているあの世と同じ概念なんじゃないだろうか。
「いや、それだけでは条件を満たさない。マナ、つまり魔素に体を包まれている必要がある。君の話を聞いて、僕は魔・法・に・よ・っ・て・死・ん・だ・も・の・が・異・世・界・に・行・く・のではないかと考えたんだ」
確かにオダの死体は見つかっていないようだし、オダは『死体は残らない』と言っていた。
俺は跡形もなく焼き尽くしたという意味だと思っていたが、もしかして肉体が異世界へ転送されたのか。
「僕が研究していたときは、この説を実証することはできなかった。死・ん・だ・の・か・異・世・界・に・行・っ・た・の・か・の・確・認・な・ん・て・で・き・な・い・からね」
「そう、ですよね」
この理論は仮説の域を出ない。
死んだ人と話すことはできないのだ。
「今はできるじゃないか」
その教授の言葉をすぐには理解できなかった。
しかし、徐々に脳へと染み渡り、靄がかかっていた視界が開けた気がした。
「今は異世界との通信ができる……!」
「そう。君が発見した技術だ。技術の発展でわからなかったことがわかる。まさに科学の進歩だね」
オムリィに連絡を取れば、オダが、いやヒナやミアも異世界にいるかどうか確認ができるじゃないか。
まだ、諦めて絶望するのは早かったようだ。
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