第39話 既知への信頼

 オダはミアを抱えたままバツの悪そうな顔をしている。

 火に飲まれていたミアは気を失っており、オダはグッタリとしたミアをこちらに渡してきた。


「コスタさんに頼まれましてね。反省しているなら行動で示せと」

「ヒナと話したのか!」


 やはり向こうの世界に戻っていたのか。

 そして、またこちらの世界に戻ってきたと。

 忙しいやつだ。


「これは、聞いていた話とは違うな」


 ヤーシンの声を聞き、オダは顔を顰めて言った。


「嫌な声だ。自分が全てのことを知っているかのような傲慢な声」


 お前が言うか。と思わないでもなかったが、その感想には同意できる。

 オダはそれを上回るような傲慢な声でヤーシンに告げた。


「残念だが、僕は貴方の思惑を知っている。僕がこちらにいる限り、もう思い通りにはできないだろうな」


 それを聞いてヤーシンは肩を震わせた。


「ふ、ふっ、ふぁーはっは! 笑わせてくれる。我の思惑を知っているだと? 本当にそうならば、ここには現れないはずだがな」

「往生際の悪いやつだ。僕らを兵器代わりに使おうとしていたのだから、その強さは誰よりもわかっているだろう?」

「兵器!?」


 薄々は感づいていたことだが、ヤーシンの指示でオダはアルガルドへの攻撃を行っていたようだ。

 こちらの世界での身分や生活の安定を交換条件だったようで、オダはそれに従うのが最善だと判断して、あのような所業に及んだ。


「僕らには魔法が効かないから。兵器として、これ以上高性能なものはないだろう」

「まさか本気で戦争をするつもりだったのかっ……」


 俺たちの会話を聞いて、ヤーシンは再び笑い声を上げた。


「自分は理解していると勘違いしている者ほど滑稽なものはないな」

「なんだと?」

「第一に貴様らは無敵ではない。現にその異形の者は魔法によるダメージを受けるようになっている」


 オダはその内容を確認するようにこちらを見た。


「事実だ」

「第二に、仮にダメージを受けなくとも倒すことは難しくない」


 これも事実であることを痛いほど認識している。

 異形の者との戦い方を知っていれば、ナオトのような実力者を擁するか、ヤーシンのように数の力で勝つことができる。


「貴様たちが戦力として優秀なのも事実ではある。だが、我の狙いはそんなチンケな物ではない」

「いったいどういう……」

「新エネルギーだ」

「なん、だと?」

「世界のエネルギー源は魔素だが、それは決して増えることはない。しかし、我々人間は数を増やし、発展を続けている。さすれば将来、限られたエネルギーを奪い合うことになるのは必然だ」


 魔法とはいえ万能ではない。

 魔素とて無限ではない。

 それは先程、アンジュと兵士たちが風の魔素を奪い合っていたことからも理解できる。


「我は本当に幸運だよ。失ったと思っていたエネルギー源が、また現れてくれるのだからな」

「どこまでも傲慢な思考だ。いつまでも自分が優位にいると思わないことだよ」


 そう言ってオダはヤーシン目掛けて飛び上がった。

 オダの接近を阻むため、周りの兵士は魔法を放つ。

 しかし、オダはそれを意に介する事なく一直線にヤーシンのもとへとたどり着く。


「おいおい、あいつ人間を辞め始めてないか?」

「いくらダメージがないとはいえ、あの弾幕の中に平然と突っ込んじゃうなんてね……」


 オダはヤーシンに向かって火球を放ち、機先を制す。

 その隙きにヤーシンが持つナイフの刃を直接握ると、さらに火球を放って無理やり奪い取った。

 俺の驚きに反して、オダは平然な顔でこちらへと戻ってきた。


「お、おい、お前には治癒魔法も効かないんだぞ」

「そんなことは言われなくてもわかっているよ。でも、これを恐れる必要がないことも、もうわかっているだろう?」


 オダは手から血を流しながらも、不敵に笑った。


「さあ、もうナイフも失ったな。これでも自分は優れていると疑わないか?」


 オダはヤーシンを見上げながら、心の底から見下すように鼻で笑った。


「まあ、よい。それくらいはくれてやろう。だが、もうこれ以上の抵抗は目に余る」


 ヤーシンはオダに向かって手のひらをかざし、何やら魔法を唱え始めた。


「? なんだ? 僕には魔法は効かないぞ」

「馬鹿め」


 突然、オダは小さくうめき声を上げて、その場に座り込んだ。


「な、なんだ、血流? いや、心臓か?」


 この現象は、アンジュやウンナが動きを封じられたのと同じ魔法だろうか。


「今のうちだ。やれ」


 ヤーシンは兵士たちに指示を出す。

 次々と複雑な魔法が唱えられていく。


「お、おおお、なんだ、これは」


 オダは声を上げた。

 見れば全身の皮膚が小刻みに振動している。


「ついでだ、あの娘もエネルギーに変換しろ」


 ヤーシンたちの魔の手はミアにまで向けられた。

 横たわっているミアの身体が小刻みに振動し始める。


「やめろぉ!!」


 俺はミアを守るように、ヤーシンとの間へと割り込んだ。

 しかし、振動が止まる様子はない。


「クソっ、何が起きているんだ!」

「これは、分解、か? しかし、何故……」


 オダは跪きながらも、この現象を理解しようと思考を進める。

 このままではマズイ。

 何が起きているのか理解はできないが、俺の直感がそう言っている。


「ち、癇に障る」


 オダはイライラした声でそう言い放つと、持っていたナイフを魔法で動かし、自分の腹を掻っ捌いた。


「おい、何を!」


 止める間もなく、オダは次の指示を魔素に与えた。

 ナイフには運動エネルギーが付与され、綺麗な弧を描いてミアの腹にも突き刺さった。


「て、てめええ!! なにをするんだ!」


 俺は叫び、急いでナイフを抜く。

 血は止めどなく流れ、辺りを真っ赤に染め上げる。

 ミアを抱えた俺の腕も身体も真っ赤に染まる。

 腕の中にいるミアの呼吸はもう浅くなっていた。


「ぼ、僕を、信じろ……、恐れることは、何も、ない」

「何を言っているんだ……」

「この後の、結果は……既にわかっているだろう? 僕は、自分で、体験済みだ」


 こちらの世界で、ナイフで死んでも元の世界に戻るだけ。

 本当に死ぬわけじゃない。

 それに恐怖とは未知のものに対して湧く感情。

 ならば、恐れることは何もない。

 そのロジックは理解できても、ミアが死ぬという事実は受け入れ難かった。


「やっぱり俺はお前のことは許せない」

「許しなんか、求めていない。だけど――」


 アイツに一泡吹かせてくれ。

 そう言い残すとオダは光の粒になった。

 同時にミアも光の粒へと変わり、腕に感じていた抗力は消えた。


「ああ、ミア……」


 俺は無力感に苛まれた。

 今や魔法の耐性もないただの人間だ。

 そんな俺にできることなど残っていない。


「消えた、だと? 成功したのか? いや、異形の者の反応を見る限りではそうではないのか」


 ヤーシンは目の前でオダとミアが消えたのを見て動揺している。


「どういうことだ。説明してもらおうか」


 どこまでも高飛車なヤーシンの態度に俺は怒りを覚えた。


「いい加減にしろよ。俺たちをなんだと思っているんだ」


 ヤーシンはそれに迷うことなく答えた。


「資源だ」


 それは財産という意味などではない。

 俺たちをモノとしてしか見ていない発言だった。


「オダの遺言を実行してやりたくなったぜ」


 あいつのことは許せないが、ヤーシンにはそれ以上の嫌悪感を抱く。


「何をぶつぶつ言っている。さっさと説明しろ!」

「俺に説明する義務があるとでも?」


 俺の言葉にヤーシンは虚を衝かれたようだった。

 まさか本当に説明してもらえると思っていたのだろうか。


「貴様がそのつもりならこちらも会話を続ける必要はないな」


 ヤーシンはこちらに手のひらを向けてきた。

 マズい!

 あの魔法を使う気か!


「危ない!」


 逡巡している俺の横からオムリィの声が飛んできた。

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