第38話 適応能力

ど、どうして……

 俺は口から出た血を拭き取りながら思考した。

 俺の身体はこちらの世界ではダメージは受けないはず。

 エネルギーの授受で地面に叩きつけられるだけならまだしも、吐血だと?


「お前、もうこちらに適応し始めているのか!」


 その姿を見て、俺以上に驚きの表情をしていたのはヤーシンだった。


「どういう、ことだ……? 適応?」

「ふむ、個体差があるのか。だが、ちょうど良い」


 ヤーシンは俺の疑問に答える気など全く無いようで、次々と兵士に指示を出し始めた。


「ルイ! 大丈夫?」


 俺を心配してオムリィが駆け寄ってくれた。

 口元に滲んでいる血の跡を見て、とっさに治癒魔法をかける。


「あ、でも、ルイには効かな――」


 オムリィは途中で言葉を切った。

 治癒魔法は効かないはずだったが、俺の呼吸は明らかに穏やかになっている。


「あ、ありがとう、なんだか呼吸が楽になったよ」

「え、魔法が効いちゃったの?」

「そう、かもしれない」


 ダメージを受けたことといい、魔法が効いたことといい、俺の身体に何かが起きているのは明白だった。

 先程の風魔法を耐えたことから、完全に耐性がなくなったわけではなさそうだ。

 しかし、もし通常通りのダメージを受けていたとすると、恐ろしい結果になっていただろう。


「さて、お前はもう無敵ではないようだが、いつまで耐えられるかな」


 ヤーシンの合図で、再び上空に渦が巻き始める。


「また、あれが来るよ!」

「どうするか……、そうだ! アンジュ、ちょっと聞きたいんだけど――」


 俺はこのピンチを打開するために必要な情報をかき集める。


「んー、できる保証はないですねえ」

「駄目で元々、その時はもう一度俺が盾になるさ」

「まあ、やるしかないですよね。ウンナ!」


 アンジュは目で合図を送ると、ウンナはやるべきことを理解したようだ。

 意思の疎通に魔法を使ったようには見えなかったから、これが姉妹の為せる技ってやつか。


「熱エネルギー生成!」


 ウンナは渦の中心にさらにエネルギーを加える。


「それがどうした!」


 熱量が増えたことで、分子の振動が活発になり、気体は拡散しようとするが、兵士の一部が熱エネルギーを制御する魔法を唱え始める。

 ウンナが与えたエネルギーは逆に気体を凝集させる方向のエネルギーへと変換されてしまう。


「これだけの数の差だ。そちらの魔法など無駄にしかならん」

「それはどうかな」


 今度はアンジュが風の魔素に指示を出し、気体を外に向けて移動させる。

 凝集とは逆方向の力が働き、渦の周囲に真空領域が生まれた。


「こ、コントロールが!」


 ウンナの熱とアンジュの風によって、気体の動きが複雑になり、兵士たちはコントロールを失う。


「慌てるでない。相手はたかが2人だ」


 魔法のコントロールの主導権は、呪文を唱える速さや構築力によるが、それは相手と人数が拮抗しているときだ。

 数の力に勝つことはできないが――


「くそ、言うことをきかない!」

「すみませんねー、ちょっとこっちにはズルい人たちが多くて」


 魔法の得手不得手を決めるには、もう一つ大切な要素がある。

 魔素との関係性だ。

 そう、俺が火球を跳ね返したように、魔素に好かれていれば主導権を握りやすいのだ。

 そして、その要因は異世界の血のようだ。

 アンジュが得意とする風の魔素は、兵士たちよりも、アンジュの指示に従いやすい。

 それにアンジュは攻撃をするのではなく、大気を拡散できればそれでいいので、指示も明快で簡単なものだった。


「よし、だいぶ薄くなってきた」

「くそ、構わん。もう落とせ!」


 充分な密度に達する前に、気体の塊は俺たちの方へと落とされた。

 これなら大きな被害は出ないだろうが――


「きゃああ!」


 突然、アンジュが叫び声を上げた、見ればウンナも胸を抑えてうずくまっている。

 その隙に兵士たちは気体のコントロールを取り戻し、その密度を上げていく。


「くそ!」


 俺は先程と同様に、塊の前に飛び出し、みんなの盾となった。

 今度は身体が鉄をぶつけられたような衝撃を感じ、反発的に地面に叩きつけられた時は身体がきしむのも感じた。


「ぐ、はっ」


 気体の密度はまだ充分ではなかったはずだが、それでも最初より大きなダメージを負った。

 俺の身体は少しずつ被害を受けるようになっているのか?


「む、気体の密度が変わるとうまくいかんか」


 ヤーシンは残念そうにそう言った。

 ちょうどアンジュとウンナは苦しみから開放されたようだが、ダメージは大きかったようで、その場に倒れ込んでしまった。

 どうやら、ヤーシンが何か魔法を使っていたようだ。


「手間をかけさせおって。これ以上、抵抗されるのも面倒だ」


 そう言って、ヤーシンが兵士たちの後ろから連れてきたのはミアだった。


「お前の目的はこの子だろう?」

「パパー!」

「ミアを返せ!」

「返してやるさ、ただし、そのナイフと交換だ」


 ヤーシンは俺が持つナイフを指さし、投げてよこすように合図した。


「なんだと、これは……」

「知っているさ。お前たち異形の者を殺す切り札なんだろう?」


 ナイフを渡してしまえば、俺達の安全は保証できなくなる。


「何を悩んでいる。すでにお前はダメージを負い始めているじゃないか。それに魔法での攻撃が効かないわけではない。こんな風にな」


 ヤーシンはミアに向けて魔法を唱え始めた。


「ぱ、ぱ……ぁぐっ、く、る……」


 ミアの顔はみるみるうちに青ざめていく。


「やめろ! わかった! ナイフは渡す!」


 俺はヤーシン目掛けてナイフを投げつけた。

 近くにいた兵士が、ヤーシンに当たる前にそのナイフを捕まえる。


「よし、約束通り娘は解放してやろう」


 ミアはヤーシンの下を浮き離れ、こちらの地面にゆっくりと降り立った。


「ミア!」


 俺はすぐに駆け寄ろうとしたが、それより早くヤーシンの指示が飛んだ。


「やれ」


 その声と同時にミアの周りに火の手があがる。

 魔法により燃焼剤が次々と生成され、その火柱は天高く登り始めた。


「ミアあああああああ!」

「ぱ、ぱぁ」


 ミアは魔法によるダメージは受けていないようだった。

 しかし、苦しそうにその場へと倒れ込む。


「やり方しだいではいくらでもお前らなど倒すことができる良い例だろう。これだけの炎だ。あの娘の周りには酸素など残っていないだろうな」

「ちくしょう!」


 俺はミアを助けるために炎の中に飛び込もうとした。


「っつ!」


 助けようと伸ばした右手は焼ける時の痛みを感じ、反射的に手を引いてしまう。


「はっは! やはりもうこの炎の中へは入れなくなっているのか!」

「ルイ! 無理しないで! 今、水を生成するから!」


 オムリィたちは炎の勢いを鎮めるために、水の生成や熱エネルギーの減少を行おうと魔法を唱え始めた。


「待ってられるか!」


 魔法を唱えている間もミアは苦しみ続けている。

 俺は痛みを顧みず炎の中へと飛び込もうとした。


 その時。

 燃え盛る炎の柱目掛けて、空から黒い影が猛スピードで飛び込んできた。

 その影はミアを炎の中から救い出し、こちらへと降り立った。


「お前、どうして……」


 炎の中からミアを助けたのは、死んだはずのオダだった。

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