第37話 最強の血脈

俺たちは蛇に睨まれた蛙のように身を竦めた。


「まさか、バレてない……よな?」

「こないならこちらから行くぞ」


 俺たちに照準を合わせて、ナオトは杖を振り上げた。


「おいおい、完全に見えてるじゃないか!」


 俺はオムリィを庇って、咄嗟に杖を背中で受ける。


「きゃあ!」


 俺にはさほどダメージはないが、オムリィ共々体勢を崩して倒れこんだ。


「場所を変えさせてもらうぞ」


 ナオトは俺たちを杖で引きずり、外壁上の通路へと押し戻した。


「くそ!」


 俺は引きずられながらも、ナオトに向けて火球を繰り出す。


「くっ」


 ナオトは咄嗟に首を傾けて、火球をかわそうとした。

 火球はナオトの兜をかすめ、後方へと飛び去って行く。

 火球の勢いで兜がズレて地面に落ちた。

 その下から現れた顔、いや耳には馴染みがあった。

 俺たち同様に短いのだ。


「ち、見られたか」

「お前、もしかして――」

「勘違いするな。俺は生まれも育ちもこの世界だ」

「じゃあ、何故……」

「……隔世遺伝というやつだ。俺の遠い先祖は異世界から来ている」


 それじゃあナオトはアンジュたちの遠い親戚なのか?

 いや、異世界人も何人か来ていたはずだから、血は同じではないかもしれない。


「だから、俺はお前みたいな奴と戦う術も知っているんだ」


 そう言うとナオトは魔素に指示を出し始めた。


「ヤバイ! この指示は――」


 俺はとっさに息を大きく吸い込んだ。

 俺が息を止めながら、その場から逃げようとしたが、周囲を高い壁が覆い尽くした。


「いつまで保つかな」


 ナオトの指示は俺たちの周りの酸素を破壊し、さらに退路を塞ぐために新たな土壁まで生成するものだった。

 このままではまずい。

 俺もオムリィも気体変化に対する魔具は持っていなかった。

 一息で酸素の生成と壁の破壊を行うか?

 それとも――


「二酸化炭素の結合を分解、酸素同士で再結合、それから――」

「させると思ったか」


 俺が魔法を発動させるより前にオムリィが酸素を生成する魔法を唱えようとした。

 しかし、魔法が発動するよりも速くナオトはオムリィの口元に水を生成した。


「畜生!」


 魔法が駄目なら、物理でいくしかない。

 俺は破れかぶれでナオトに殴りかかったが、ナオトは造作もなくそれをかわすと、代わりに俺の体を杖で持ち上げて、土壁を目掛けて投げ飛ばした。


「ぐっ」


 土壁に叩きつけられた俺は思わず肺から空気を漏らす。


「が、っ、ゴホ」


 マズイ、い、息が――


「はーい、ちょっと失礼しますよー!」


 突然、上から聞こえてきた軽快な声と共に2つの影が降り立った。


「お、お前たち!」

「はい、異世界絡みのことなら何でもお任せ唯一無二の私立探偵アンジュ・ナワービ・ソンチェただいま参上です!」


 俺たちの眼の前に降り立った影の正体はアンジュとウンナだった。


「た、助けにきてくれたのか」

「まあ、そんなところですね」


 思わぬ助っ人の登場に俺は胸を撫で下ろす。

 今の間に、オムリィが酸素の生成に成功し、呼吸もできるようになった。

 これで形勢逆転、か?


「助けはありがたいんだが、相手はあのナオトだ。いくらアンジュでも――」

「戦うのはアタシじゃありませんよ」

「へ?」


 不思議に思ってナオトの方を見れば、その眼前ではウンナが仁王立ちしている。


「来るのは、わかっていた、でしょう?」

「ああ、忌々しいこの血のおかげでな。だが、お前たちほど濃くはない」

「そんなに、憎いの、ですか」


 ナオトは無言で杖を構え直した。

 ウンナは丸腰だったが、それに合わせるように身構えて、戦う意思を見せる。


「お、おい、いくらなんでも無理だろ!」


 アンジュはガルザードと互角くらいの実力だった。

 ガルザードには申し訳ないが、ナオトはその数倍の実力があるだろう。

 ましてや、ウンナでは――


「ウンナはアタシの5倍は強いですよ」


 俺は目を丸くした。

 あのウンナが?


「ルイ! あれ!」


 オムリィが指し示す先では驚きの光景が繰り広げられていた。


「す、すげえ」


 相手が魔法を発動させたと思えば、それを打ち消す指示を魔素に出す。

 時には打ち消さずに魔法をかわすが、その間も魔素に指示を出し続けている。

 そんな光景の中で、まず驚いたのはウンナの運動神経だ。

 魔法の合間にナオトは杖を用いた物理攻撃も仕掛けてきている。

 しかし、ウンナはそれを身軽にかわす。

 そして、さらに驚くべきはウンナの魔素への指示の速さだ。


「熱エネルギー生成結合破壊HOで再結合方向右に15度運動エネルギー生成モーメント変換風速10m/s上部に熱エネルギー56eV電流生成前方5m結合エネルギー波長300nm前方上でH再結合熱エネルギー生成運動エネルギーを増加振動減少」

「く、炭素結合を破壊、そして――」

「ありがとうCH結合熱エネルギー生成」


 あんなに速く話すことができたのか。

 しかも、ウンナの指示は速いだけではなかった。

 ナオトが出す指示を理解し、そこで生み出された物質を自分の魔法に使ってしまう。

 自分が使う魔法だけでなく、相手が使う魔法までも理解し、利用する。

 魔法の利用についてはウンナの方が上手のようだった。


「あんなに強かったのか」

「そうじゃなかったら、あなたとナオトさんを戦わせずに止める役目なんて任せられませんよ」


 今になってあの場が作られた訳を理解した。

 しかし、それならばあの時も、もっと早く割り込んで俺を助けてくれても良かっただろうに。


「ウンナはすぐには本気になれないんですよねー。そこが難点ですが、一度気持ちが入ればあんなもんですよ」

「あの、あれだけ強いのって何か理由があるの?」


 オムリィの疑問は最もだった。

 俺もあれだけ戦える理由が気になる。


「ウンナは研究者ですからね。それも異世界の。こちらの世界で異世界の研究といえば、勇者と魔王の物語。その戦いの歴史を誰よりも深く理解し、実践できるのがウンナなんです。言うなれば現代の勇者ですね」

「そんな、簡単に言うけど、実践するのは難しそうだよ」

「まー、アタシたちの血が可能にしてるってのはありますけどね」


 異世界人の血縁者は魔素から情報を得ることができる。

 その情報が魔法の理解をも深めているということだろうか。

 思えば、ナオトが俺たちの存在に気がついたのも、その血の力かもしれない。


「熱エネルギー速度50m/s」

「くそっ」


 ナオトは杖を振り回し、ウンナが生成した火球を打ち消した。

 物理的な攻撃ではナオトに分があるようだったが、それでもトータルでは防御に回ることの方が多い。

 ついに、ナオトはその攻撃を防ぎきれず、モロに食らった光線に飛ばされ、土壁に叩きつけられる。


「これはいけるぞ!」


 俺が上げた声がフラグになってしまったのだろうか。

 グッタリとしているナオトに、トドメを刺そうと近付いたウンナが、突如空中で弾き飛ばされた。


「そこまでだ」


 気がつくと、土壁の縁の上にずらりと武装した兵士が並んで、俺たちを取り囲んでいた。

 こちらから見える範囲だけでも、数百人はいるだろう。


「こんなところで、こうも派手に戦えば、こうなることは容易に想像できると思うのだがな」


 その癇に障る上から目線の声はヤーシンのものだった。


「あらー、アタシとしたことが、こうなるまで気が付けないなんて。探偵家業も廃業かしら」

「はっ、魔女よ、そう気を落とすでない。我の研究成果がお前の能力を上回っていただけのことよ」


 ヤーシンは上空を指さした。

 見ると、雲が尋常ではないスピードで渦巻いている。


「お前が得意とするのは風の魔素だな。いくらその声が聞こえようと他の場所で使用されていては聞こえまい」


 土壁の上に並ぶ兵士たちは上空の風の魔素に対して指示を出し続けている。


「この兵士たちの一人ひとりは凡夫だが、これだけの人数が集まれば、どんな大魔法でも可能だ」


 ヤーシンの合図で兵士たちがさらに魔法を唱えると、大気中の分子は凝集し、その密度を増していく。

 それは明らかに重大な質量を持ち始めていることが、肌で感じられる。


「やばい!」


 その空気の塊が俺たち目掛けて、急降下して落ちてきた。

 その質量は既に通常の気体のそれではない。

 俺たちは跡形もなく潰されてしまうより他に逃げ場はなかった。

 ――いや、違う。


「俺なら!」


 俺はその空気の塊を目掛けて飛び立った。

 ダメージを負うことがない俺ならば、この質量のエネルギーを受け止めることができるはずだ。

 想定通り、塊は俺にぶつかると、気体は拡散し、その質量は霧散した。

 しかし、俺にもエネルギーの一部は移動したらしく、体のコントロールを失って地面に叩きつけられてしまった。


「ぐはっ」


 叩きつけられた俺は背中に痛みを感じ、口からわずかに吐血した。

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