第3話 地球のエネルギー
「おーい! ヒッナちゃーん!」
「何よそのテンション、気持ち悪い」
「へいへい、そう言わずに聞いておくんなさいよ」
「良い結果でも出たの?」
「聞きたい?」
ヒナは無言で耳栓をし、自分の作業に戻った。
「あー! ごめんって! 言います! 言わせてください!」
「はー、んで? どんな結果? この速さだと、新しく使えそうな資源を思いついたとかかしら?」
「規則性を見つけました!」
「……あんた、それでも研究者? それで伝わると思ってるなら、中学生からやり直しなさい」
「すまん、興奮しすぎて端折り過ぎた」
俺は一度深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
「まず、俺は新エネルギーの候補を探すための研究をしている」
「それは知ってる」
「そのエネルギーを人の活動から取れないかと考えたんだ」
「使えるほどの大きさになるの?」
「上手く束ねることができたら、可能じゃないかと。そこで色々と数値処理をしてたら、こんな波形になったんだ」
俺は自慢気な顔で、持ってきたタブレットの画面を見せた。
「うっわ! こんなたくさんのデータを計算させてたの? ……確かに何かの波みたいに見えるわね」
「だろう?」
「どういう処理してるのよ。えっと、ここを9倍して、こっちは12分の1倍になるように係数かけてて――」
「そうそう、それミアの誕生日」
「……そんな風に数字決めたなんて、発表するときは言わないでよね」
じろりと横目で俺の方を見ながらヒナが言った。
そんなことは俺だってわかってるさ。
でも、ミアのおかげなんだってのをヒナにも伝えたくなってしまって。
「んで?」
「んで? とは?」
「ここからどうやってエネルギーを取り出すのよ」
「あー、そこまではまだ考えてない」
ここまででわかったのは人の活動から、エネルギーをまとめて取れる可能性があるってことだ。
実際にどうするかまでは、考えずに実験をしていた。
考えがまとまる前に手を動かしてしまうのは俺の悪い癖だな。
「ちょっと待って。これ元データ見たけど、人の活動より自然エネルギーに重み付けしてない?」
「あれ? 本当だ」
しまった。
適当にいじったせいで、変えないはずの設定まで変えていたようだ。
これでは人の活動を重視している計算結果だとは言えない。
「これだと人というよりも、地球全体から発せられてるエネルギーかも」
「そういえば、地球全体を一個の生き物としてみなす理論があったな」
「ガイア理論ね」
確かそれが提唱されたのは200年くらい前だったっけ。
古い理論だがヒナもその存在は知っていたようだ。
なぜそんなことを思ったかと言うと、そのデータが示す波の形にどこか見覚えがあったからだ。
周期的に表れる強い正と負の山。その前後に現れる小さなピーク。
それは動物が生きている証である心臓の鼓動を示す心電図が示す波形とよく似ていた。
このデータを見ていると地球の鼓動の音が聞こえる気がしてくる。
「ガイアの拍動だな」
「ちょっと拗らせた響きだけど、いいんじゃない?」
しかし、優秀なやつだな。
ヒナとの一連のやり取りを終えて、俺は改めて感心した。
即座に俺がやりたいことを理解して、なおかつ俺のデータの不備まで見つけるなんて、並大抵のことではない。
しかも、自分の研究じゃないのに、ここまで親身に見てくれる人なんてそうそういない。
俺は良い友人に巡り会えて幸せだよ。
「何よ?」
「いや、お前と会えて俺は幸せ者だなと思ってな」
「……褒めたってあんたの研究室に配属希望は出さないわよ」
「別にそういう意図では言ってない」
単純に俺の感想を伝えただけだ。
それに褒め言葉かはわからんぞ。
もしかしたら『こいつ俺の代わりに研究を考えてくれて便利なやつだなー』とか思っての言葉かもしれないだろうが。
それはともあれ、ぜひ配属希望は出してほしい。
初めからそれを狙ってしっかり褒めた方がよかったのかな。
さて、なんて褒めたらヒナの機嫌を良くすることができるだろうか。
その服いいね? 最近、髪切った? シャンプー変えた?
「ちょっと聞いてる?」
「ああ、すまん、他のこと考えてた」
「まったく、自分の研究でしょー」
「ごめんって。何か変なのでも見つかったか?」
俺があれこれ策を練っている間もヒナはデータの解釈を続けていてくれたようだ。
ヒナはタブレットを操作しながら、俺が聞き逃していた部分の説明を繰り返した。
「ここ見てほしいんだけど、なんかノイズみたいなのあるでしょ? これだけ大量のデータだから、このくらいは仕方ないのかもしれないけど、観測した時間を変えても同じように乗ってるのよね」
「本当だな。測定器の性質かな」
「そこまではわからないけどねー」
時間に依存しないということは、常に発せられているエネルギーだということになる。
そう考えるよりは、装置の不調を疑う方が理にかなっているだろう。
とりあえず思いついたことはこのくらいかな。と言って、ヒナはタブレットを返した。
「ありがとう。助かったよ。今度コーヒー奢るな」
「別にいいわよ。そこから先もまだまだ大変そうだから頑張ってね」
ヒナからの檄をもらい、次の段階へ進むやる気も湧いてきた。
俺は自分の席に戻って、この結果をどう活かすかについて考え始めた。
どうすればここからエネルギーを取り出すことができるだろうか。
「……何も思いつかない」
アイデアの欠片すらも湧いてこなかった。
こういう時は自分の知識が不足しているものだ。
あまり下調べもせずに実験に取り掛かってしまったので、ここらで過去の研究についてしっかりと調べてみることにした。
「とりあえず、論文でも検索するか」
200年前くらいからインターネットの環境が整備され始めたので、それ以降の論文であればデータベースから検索で探すことも容易であった。
しかし、それだけ膨大な数になってしまうため、検索に使うキーワード選びが大切になってくる。
今回のテーマは新エネルギーだが、この結果についての悩みはエネルギー関係でいいのだろうか。
ガイア理論のことも調べておいた方がいいか?
思いついたキーワードで、ひたすら検索をかけ、目ぼしい論文を探す。
「これは時間がかかりそうだな」
研究室新設の書類も作らないといけないし、今日は残業して、雑務は一気に片づけてしまおう。
覚悟を決めた俺は残業をするための準備を整えた。
そうして仕事が終わり、俺が家に着いたときはすでに9時を回っていた。
「おかえりー!」
自宅のドアを開けた俺を元気なミアの声が出迎えてくれた。
「まだ起きてたのか〜 遅くなってごめんな。寂しかったか?」
「ヒナがいたから大丈夫!」
その声が聞こえたのか、奥の部屋からヒナが顔を出した。
「代わりの迎えを頼んで、すまなかったな」
「いいわよ。頑張れって発破かけたのも私だしね」
仕事が長引きそうだったので、ヒナにはミアを保育園まで迎えに行ってもらえるように頼んでいた。
毎度のこととはいえ申し訳ない。この恩は必ず返す。
俺の財布が許す範囲でだが。
この決意をするのも毎度のことだが、どうも恩ばかりが積み重なっている気がする。
今日も研究のアドバイスをもらったし。
どうやってお礼を返そうかと考えていると、横からミアが会話に参加してきた。
「葉っぱ〜? お外で遊んでたの?」
「違うわよ〜、遊ばないで、お仕事頑張ってたから、いい子いい子してあげましょうね〜」
「はーい! パパ、いい子ー!」
ヒナに抱きかかえられたミアが俺の頭を撫でる。
癒しだ……
実は今日の論文検索では、参考にできそうな論文は見つけられなかった。
だから、明日からの仕事が憂鬱だったのだが、これで頑張れそうだ。
「さて、私はそろそろ帰るわね」
「ああ、今日は本当に助かったよ。お前も研究で悩んだら、いつでも相談乗るからな」
「ありがとう。じゃあ、また会社で」
また会社で。
当たり前の言葉だが、少し仕事の悩みを思い出してしまった。
明日も明後日も俺はあの波形を見つめて研究する日々だな。
とは言え、やらないわけにもいかないので、上手くいく気がしない処理や、無意味と思えるデータの追加と削除を繰り返し、幾日もが過ぎていった。
そしていよいよ俺の手はピクリとも動かなくなった。
「万策尽きたなー」
そもそもが偶然発見した規則性なので、何をどうしていいかがわからない。
処理方法やデータを変えると、途端に波形は崩れ、ただ無秩序な点の集まりだけが示される。
この数日、波形を示すところから一歩も前に進めていなかった。
「あとはこのノイズも気になるな」
今まではその波形にだけ注目していたため、無視していたが、ヒナが指摘したノイズは、やはりただのノイズではない気がする。
測定器も調べてもらったが、ノイズが乗るような不調はないそうだ。
「このノイズの元を調べてみるか」
「由来は何だ? 熱か? 光か? 振動か?」
「波形的には振動っぽいかなあ」
「このセンサーは関係してないか」
「光検出器のデータを使ってるな」
「どこか地域差はないか?」
「どこでも一定だと……そんなはずは……」
解析を進めていくと、どこの地域でも観測される光がそのノイズの原因のようだった。
“どこの地域でも”というのは、極めて不自然な結果である。
太陽光ですら、明確に昼と夜という違いを作り出している。
人工的に作りだされている光であれば、その光源の近くでは強く観測されるはずだ。
「それに形がおかしいな。人の手によって変調がかけられてるような」
規則的に載っているノイズではあるが、自然に観測されるような光の様子ではない。
「あー、わからん、わからん」
「さっきからうるせえぞ!」
無意識のうちに考えが口から漏れていたようで、同室の同僚に怒られてしまった。
「すみません!」
なんだよ、その声の方がうるさいぞ。
そんなにエネルギーを消費しちゃって。
まあ、それもいつか俺が有効に利用できるシステム開発するから、どんどん叫んでもらっていいんですけどね。
「音か……」
振動っぽいかなと思っていたが、音も空気の振動だな。
何かの声?
もしかして、地球が喋ってるとか?
「馬鹿馬鹿しいな」
空気の振動ではなく光によるものだと結論付けただろうに。
とはいえ、他にやることも思いつかないので、そのノイズを音声データとして出力してみることにした。
ノイズだけを抜き出し、スピーカーからその振動数に合わせた音を出力させる。
そこから出てきた音を聞き、俺は自分の耳を疑った。
「キ、コ、エ、マ、ス、カ、キ、コ、エ、マ、ス、カ、キ、コ、エ」
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