第34話 懺悔

これが殺意なのだろうか。

 だとしたら、今までの俺には明確に覚悟が足りなかった。

 今の俺の行動原理には論理もクソもない。

 次に意識がハッキリとした時には、すでに基地の入り口でオダを殴り飛ばしていた。


「てめえ!」


 怒りに任せて叫んだが、次の言葉が出てくるほどに、感情は整理されていなかった。

 オダはやけに素直に殴られた。

 そのまま立ち上がることなく、か細い声だけが漏れた。


「……ここまですんなり来れたのは、あの人が無事だったからじゃなくて、ごたついてたからなのか?」


 その発言は俺の神経を逆撫でした。


「無事!? どの口がそんなことを……」


 また、殴りかかろうとしたところを近くにいた職員に止められた。


「離せ! 全部こいつのせいなんだ!」


 俺は拘束から逃れるために、腕を振り払った。

 改めて振り上げた拳を前にして、じっとこちらを見ているオダと目があった。

 また、避けようとする意思が感じられない。

 そもそも何故、敵地であるこの基地にやってきたのだろうか。

 湧きだした疑問が、俺の直情的な怒りを減衰させた。


「ここへ何をしに来た」


 俺は会話をするために、できる限り感情を殺そうと努力した。

 しかし、今回の場合はそんなことをする必要はなかったようだ。


「僕を殺してくれ」


 先ほどまでの感情とは裏腹に、今度はその言葉が逆に俺を冷静にした。


「魔法では死ぬことはできなかった。こちらの世界で死ぬためには、あのナイフを使うしかないんだろう?」


 静かに言い放たれたが、周りにいた職員にも聞こえただろう。

 始めは、恐れから遠巻きに見ていた職員たちも、暴れる様子のないオダを見て、少しづつ観客が増えている。


「場所を変えよう」


 俺はもう一度、国境基地外の中立地帯にて、オダと対峙することにした。


「死にたいだなんて、どういう風の吹き回しだ」

「僕の行動原理は一貫してるよ。あの人のために、より良い世界を作る。もうこの世界でやることはないんだ」


 それにこれは2度目だ。

 僕はもう何もしない方がいい。

 オダは弱々しく、そう呟いた。

 その言葉に嘘はないように思えた。


「本当にお前は死ぬためにここに来たんだな。俺はお前のことを殺したいと思っていた。だけど、お前の願いなんか、これっぽっちも聞いてやりたくないほど憎んでもいる」

「そう、だろうね。ナイフだけ渡してもらって、あとは自分でなんとかしようかとも思ってはいるんですが」


 その後の言葉は続かなかった。

 自分で自分を刺すのは怖いのだろう。

 魔法ではできそうに思えても、ナイフは俺たちにとってリアル過ぎる存在だ。


「ここの兵士の方がそういうことには慣れているだろうけど」


 そういえば、どうしてこちらの領地まで入り込めたのだろうか。

 ごたついていたとはいえ、国境警備はまた別の管轄のはずだ。


「途中であった兵士にも攻撃はしてこなかったのか?」


 俺の問いかけを受けて、オダは少し不思議そうな顔をした。


「誰も僕のことは気にしていないようだったよ。だから、てっきり君が手をまわして中まで来させているのだと思っていた」


 何か違和感がある。

 あれだけの戦いの後だ。

 警備の人もオダの顔は知っているはずだし、何より俺たちは明確に姿が違う。

 見逃されるはずも、気にされないはずもない。


「やっぱり自分でなんとかしよう。僕の祖先は自分の腹を切るのが得意だったらしいしね」


 俺が思案しているのを、躊躇いだと勘違いしたようで、オダはナイフを渡すようにと手を伸ばしてきた。

 オダの気持ちに嘘はないと判断していたが、いざナイフを渡すとなると、また疑念が湧いてきた。

 俺はオダの手が届かないように、ナイフを後ろ手に隠した。


「……警戒しているのかい?」

「まあ、そうだな」


 これで素直に渡して、俺が刺されるなんてことになったら、とんだお笑い草だ。

 間抜けにもほどがある。

 どれだけの言葉と気持ちがあろうと、俺はこの男だけは信じちゃいけない。


「俺が、やる。お前のためじゃない。俺自身のために」


 オダはその言葉に満足したようだった。

 その雰囲気を察した時は、やっぱりやめようかとも思ったが、これが最善だろう。

 俺はナイフをしっかりと握りなおした。


「今度は外さないように頼むよ」

「お前こそ変なことはするなよ」


 慎重にゆっくりとナイフの切っ先をオダの胸に突きつける。

 俺は短く息を吸うと、一気に体重をかけて、ナイフの刃を押し込んだ。

 手には繊維が千切れる感触と血流が脈打つ感触が感じられた。

 俺がかけた運動量はそのままオダの身体に移り、後ろへと倒れていく。

 しっかりと握りしめたナイフは俺の手に残り、オダの胸からは自然と抜ける。

 その穴からは勢いよく血が噴き出した。

 素人の俺が見ても致命傷であることがわかる量だった。


「……満足か?」

「ああ……、君には……感謝しているよ」


 本当に人をイラつかせるのが上手い野郎だ。

 それを本心で言っているのがわかるのも、癪である。


「君のことは……、心から嫌いだよ……。博士号も、持たない……研究者、なんてね……」


 ほとんど聞こえない声で、オダは話続けた。


「でも……、ありがとう……つぎはーー」


 そう言い残すと、オダの身体は光の粒へと変わり、虚空へと消え去った。

 最後までムカつく野郎だった。

 どんな世界になったとしても、仲良くはなれなかっただろう。

 しかし、消える瞬間の泣きそうな顔を見たら、俺の中の激情は収まっていた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 その後、俺たちは国境を後にして、サイギョ・コーワの研究所へと戻った。

 もう俺にできることはなかったし、戦時下ではないとはいえ、危険がある場所にミアをいさせたくはなかった。


「来たのがずいぶん前のことのように思えるな」


 こちらの世界に来て、最初に来たのがここだ。

 それから色々なことがあった。

 当初の目的通り、オダを倒し、ヒナやミアと合流することができた。

 しかし、幸せな結果とは言えない。


「これからどうするか」


 あちらの世界に戻る方法はわからない。

 こちらの世界で生きていくしかないが、異形の者である俺を雇ってくれるところはあるのだろうか。

 まずは、サイギョ・コーワで働かけないかオムリィが所長に尋ねてくれている。

 研究所で働くことができたら、この上ないことだが、それは難しいだろう。

 いくら前の世界で研究者であったとはいえ、こちらの世界での研究のメインは魔法だ。

 魔法に関する知識はこちらの学生にも敵わないだろう。


「また一から勉強だな」

「ミアもおべんきょうするー!」


 ミアが部屋の中にあった本を持ってこちらへやってきた。


「勝手に持ってきちゃだめだろー」


 そうは言ったが、ミアが持ってきた本を手に取ってみる。

 今、俺たちはオムリィのオフィスにいる。

 本人はここにはいないため、詳しくはわからないが、魔法に関する文献だろう。


「やっぱりわからないことが多そうだよなあ」


 本の内容にパラパラと目を通し、自分の知識のなさを再確認する。

 研究を仕事としてできるようになるまで、どれほどの勉強が必要になることやら。

 まだ勉強する気にはなれなかったので、本は閉じてしまった。

 本が閉じられる時の音は、ドアが勢いよく開く音によってかき消された。


「ヒナさんから連絡がありました!」


 ドアから入ってきたオムリィは息を切らしながら、そう言った。

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