1-4 ゴーレムは死ぬけど、私は死なない

 ゴーレムは結衣と目線がぶつかるや否や、仰け反らされた上体の反動を活かすようにして、右腕をハンマーのごとく打ち下ろした。



 姿勢を戻して結衣は、先刻より速く重そうなその一撃を、ゆったりと眺めている。


 切っ先をユラりと持ち上げると、向かってくる拳にそっと触れるように動かした。


 刀身が残す光の跡は、まるで流れる水のようだった。


 シュルルルル……


 力に逆らわず、螺旋状に腕を滑って絡め取り、巻き落とす。


 何度目かのド派手な爆裂音が響くも、てんで見当違いの地面を砕かされたゴーレムはバランスを崩し、よろけて四つん這いになる。


『グ、グガァ……!?』


「はぁ〜! 滑らか過ぎて、見とれてしまうねぇ」


 戦闘の邪魔にならず巻き込まれず、かつ見やすい場所まで階段を下りて来た奈々美が呟く。


「てっきり大外刈一閃でお終いにするのかと思ったけど……まだ感触を確かめているんだ」



 無様に這いつくばっているゴーレムを見下ろすようにして結衣は、追い討ちをかけたりせずに、ただ起き上がるのを待つ。


「ほら、早く起き上がって? 次は?」


 しかし、あまりにもトロいもんだから左手でクイクイっと煽ってみる。


 言葉は理解出来ないであろうゴーレムにも、その仕草が挑発を意味するということは伝わったようで、目を赤く光らせて吠えた。



 地面をこそぎ取るように右腕を振るうが、それも結衣はヒョイっと躱した。


「あれ? なんか急に弱体化した?」


 構えを左前にしながら、気の抜けた声を出す。


「いや……私が、本調子になっただけだな」


 そう言って笑うとゴーレムがようやく起き上がって、天井を向いて絶叫した。



 カラダを器用に丸めつつ、黒鋼の装甲を鱗のように逆立たせて――更には上体部分を回転させながら結衣目掛けて突っ込んで来る。


「ゴーレムには形態変化とか特殊能力を使う奴が居るって聞いたことあるけど……コレか! ドリル掘削機みたいじゃん、カッコイイ」


 圧倒的な質量とパワーに加えて、トンネル掘削機のように唸る切羽。



 戦う意志すら刈り取ろうとする、そんな絶望的な見た目。


「ほ〜なかなか潔良いプラン変更だね……技が通じないほどの質量とパワーと物理攻撃で押し切ろうってワケね。普通に考えて、受けたらお終いよね」



 冷静に分析しつつも奈々美は、さあ結衣はこれをどう捌く? と興味津々だった。


 当の結衣は不敵に微笑んだまま、切羽を見据えている。



 両手でやや広めに柄を持つと、身体の前で水平に構えを取った。


 腰と膝を曲げてタメを作り終えた頃、ちょうど眼前に巨体が迫って来ていた。



「良い判断だけど……舐めるなよ」


 ガキィイン! と硬い金属同士がぶつかり合う音がして、掘削機の進行が止まった。



 周囲の壁や床を、削り砕きながら突き進んで来たゴーレム――その回転の先端である頭頂部を的確に、柄で捉えた。


 数ミリでもズレれば、薙刀ごと両腕を捻じ切られていたかも知れない。



「……な、なんて胆力っ! と言うか今も、先端がズレさせないようにしているってことよね?」



 叫ぶ奈々美の推察通り、結衣は柄で突進を受け止めるだけでなく、ぶつかり合いの位置をズラそうとしてくるゴーレムの動きを、真っ向から押さえ付けている。



『グ、グ、グオ……』

「ふん――何? 驚いている?」


 笑いながら擦り足で前足を押し出し始める結衣。後ろ足の右足で踏ん張りながら、左足をズリズリと前進させる。


「真っ黒な見た目とその強さから、中堅の探索士の間じゃアナタ、死神なんて呼ばれているらしいけど……んーまぁ、ちょっと役者不足ね」

『グオォ……グググガ……』


 ジリジリと押し返される黒いゴーレム。


 自分より遥かに小さくて軽いはずの相手に突進を受け止められ、あまつさえ押し返されている。



 彼に、人生なんて概念が有るのかどうか定かではないが、恐らく人生初の経験だろう。


「はははっ! コツを掴んで来たよ。ほら、しっかり踏ん張りなさい? どんどん行くよ……ほら、ほらほらほらぁ!」

『グッ……!』


 またガキンと、金属同士が火花を散らすような音が鳴ると、遂にゴーレムが押しに負けて、尻もちを着いた。


「……ふぅ。終わりね」


 ひゅんひゅんひゅんと薙刀を振り、切っ先を天に向けて半身に構える。


「八相の構え……! 最速で攻撃へ移ることのみを考え、防御をほぼ捨てた超攻撃的な構え! しびれるじゃん、結衣」


 奈々美は悩殺ボディを揺らしながら、はしゃぐ。


「ん〜……最後くらい立って受けて欲しいけど……ドリルみたいに変型したアナタに、武士道もクソも無いか」

「クソとか言わないでーー! そんな可愛い顔して〜〜!」「て〜!」「て〜」


 奈々美の声がダンジョン内でコダマする。



「んっんん! ……武士道もあったもんじゃ無いか」


 そのやり取りの間にゴーレムは、片膝を付いて起き上がり始めていた。


 それを確認して結衣は、伏し目がちに笑う。



「実は、私も『死神』って呼ばれたりすることがあってね。別に全然好きじゃないけど、アナタごときに譲るのは……ちょっと、癪」



 美しく冷たく笑う白い方の死神が、白い薙刀をスっと振り下ろすと、黒い方の死神は断末魔を叫ぶ暇もなく、頭から真っ二つになった。



「そうそう、アナタはこの程度のゴーレムにつまずくようなレベルじゃないのよ」


 その一部始終を見ていた奈々美も満足そうに笑っていた。



 一刀両断されたゴーレムは、組成崩壊するようにサラサラと細かい砂みたいになって、こんもりと山を作った。



 そしてその中で何かが妖しく光っている。



「ほっほ~う、それはなかなか大きな【死氷】だね」



 奈々美がトコトコ階段を下りてくる。


「ふう、お疲れ……確かに、これはかなり良いサイズだね」


 結衣がしゃがんで砂をパッパッと除けていくと、青黒い光を放つゴツゴツした結晶のようなものが顔を出した。


 右足を横に並べてみると、同じくらいのサイズ感だった。




 それは青黒く透明で、中で光るモヤモヤがうごめいている。


「見た目は宇宙ガラスみたいで、綺麗だけど……」



 とても美しい見た目ではあるが、その正体は世界中の人々から失われてしまった【】の――その、どれかだ。



〜あとがき〜


 今日も読んで下さり、ありがとうございます!!


 もし少しでも面白いやんけ! と思って貰えたら、♡やコメントを気軽にしていただけると嬉しいです!


 きっと作者が欲しいのは【★かコメントか♡】、そのどれかだ(です)

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