1-8 私が守るから、アナタは死なない

「ダンジョンの行方不明捜索って、経過時間にもよるけど基本的に……生存見込みが低いんだ。これだけ人が死ににくくなってしまった世界で、とても変な話だけど。帰還予定より数日もオーバーして音沙汰の無いような人は大概、ゴーレムの贄にされてしまっている」



 ゴーレムは、ダンジョンに足を踏み入れた人を襲う。


 人側から積極的に攻撃を仕掛けなくても、襲われる。


 誰彼構わず、見境無く、限度無く。




 それは燃料補給のようなもの。


 つまり『食事』だ。



 食事の瞬間、ゴーレムは実験で配合を間違えてしまったスライムのようにドロっと融けて、人を包み込む。


 丸呑みにして、溶かして吸収するのだ。



 鋭い牙や大きな口が有るわけではないので、グロテスクに噛みちぎられたりしないのは少しだけ救いだ。




 溶かして吸収するのは人体だけなので、その他の不純物は取り込まれない。


 服や装備、持ち物などが一纏めになってペイっと吐き出される。この塊は【遺塊】と呼ばれる。



 ゴーレムに取り込まれてしまったことを、分かりやすい表現で『死んだ』と表現するが実は溶かされても生きてはいるらしい。

 全人類に対してそういうい死因は存在しない。


 だから理屈では、ゴーレムの体内から、取り込まれてしまった人を助けられるらしい。


 ――らしい、が……助け出したところで、あまり意味は無い。


 人の形こそ取り戻すが、精神面が終わっている。



 取り込まれたショックなのか、燃料として使用された代償なのか――助け出された人は皆、廃人と化してしまっているのだ。




 そんなこともあって『ダンジョン内で行方不明になった人を探して欲しい』とは『生きている見込みは低いけど、せめて遺塊だけでも見付けて欲しい』と意訳される。



「……本当に、心の底からその人の生存を信じて、見付けて欲しいと依頼をする人は、とにかく『絶対にまだ生きているから』と強調するもんなのよ――壮絶なくらい、必死にね」

「お、お姉ちゃんは――その……どう」


 聞きたくないけど、聞かずにはいられない。奈々美からは、そんな居たたまれなさを感じた。



「……そうだね……私の拙い記憶で申し訳ないけど、確か一度も……『生きているはずだから』というニュアンスの言葉は口にしなかった」



 死んでいるはず。死んでいるに決まっている。


 ――だって。




 あの池袋の地下鉄ダンジョンに、あんな軽装で独り残して来たんだから。


 それに地上へ戻る経路も全て壊したんだから。




「やけに……諦め気味だなとは思った。全体的に生存確率の低い事案であっても、2週間ならまだ生きている可能性は有る。それなのにちょっと潔過ぎる感じで」


 猫を捨てた人はきっと、その猫を忘れないだろう。誰かに拾われるまでは。


『忘れられない』ではなく『忘れない』。



 たまに、捨てた場所を遠目に確認したりするんだろう。


 そして、数日くらい経って……ボロボロの箱が、そこから消えてようやく安心する。



「誰か優しい人に拾って貰えた」ではなく「やっと自分の元から消えてくれた」と。


 そしてやっと、忘れる。記憶から跡形も無く、消し去る。



 睦実は、奈々美という自分の捨てた猫が、ちゃんと誰かに拾われたのか確認したかったのだろう。


 ダンジョン内へ自分自身で確認しに行くのは危険が高過ぎるから第三者に依頼したのだろう。


 誰かに拾われた――とは、ゴーレムの贄になっているかどうか、という意味だが。


「アタシが……ちゃんと死んだかどうか、を結衣に……確認させたかった――ってこと?」

「全ての状況を、あくまで客観的にまとめると、そう判断出来なくもないと思うんだ。あくまで客観的に」

「そっ……かぁ~…………いやぁ、やっぱり、きっ――ついなぁ!」


 奈々美は、後から後から湧いてくる涙をこぼさないように、顎を少し上げていた。





 顔は耳まで真っ赤に染まり、唇は小刻みに震えている。


 彼女の胸中は、悲しみと混乱の入り交じった嵐のように荒れ狂っているのだろうが、それを必死に抑えようとしているのが伝わってくる。


 痛いほど伝わってくる。



 結衣は、拳を握った。爪が手の平に食い込んで皮膚を突き破りそうなほどに、強く。ギリギリと音を立てて。


「わ、私。奈々美ちゃんと出会ってまだ数時間だけどさ、恩人――命の恩人だと思っている……ちょっと、大袈裟かもしれないけど」



 あの時――



 奈々美に声を掛けられていなければ今頃、結衣がゴーレムの贄になっていただろう。


『驚かせて、しゃっくりを止める』みたいな眉唾っぽい荒療治だったが、あの瞬間の結衣にはその位が丁度良かった。



 そして――今まで何処に行っても、誰に聞いても手に入らなかった薙刀の緋装を、目の前で組んでくれたのも鮮烈だった。


 衝撃的だった。


 まるで自分の手足であるかのように扱える武器に全身が粟立った。

 


 奈々美の居る方から、心に新しい風が吹き込んで来る。




「奈々美には、もう傷付いて欲しくない。奈々美を傷付けようとするなら、物でも人でも全部……私が、薙ぎ払ってみせるからっ!」



 結衣にはもう、奈々美を守りたい気持ちが、どうしようもなく芽生えてしまっていた。

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