1-7 捨てられた子猫みたいでも、アナタは死なない

 結衣は、また荷物ごと奈々美を抱えてエレベーターが遺構化した縦穴を蹴り上る。


 1つの壁を蹴って背中側へ跳び、即座に反転しまた壁を蹴る――そしてまた背中側へ……と繰り返し、スイスイ上へ上がって行く。


「動画で観たことあるけど……これ、本当に出来る人居るんだね〜。どっかで習ったの?」

「いや? 私も、動画観ただけ」

「うっそ」

「最近は色々、動画で学ばれる時代よ? 薙刀とか剣術とかも、そうだもん」

「――は? え、はぁ? 嘘でしょ?!」


 思わずビクッと身体を反応させてしまった奈々美。


「おっとっと、何? 落としちゃうわよ」

「いや、待ってよ! 得意なのが薙刀って言うから、富田派流とか一真影流とか直心流とか……そういう由緒正しい流派の相伝なのかと思ったよ!」

「いや、全然。色んな武器とか武術とか観たけど……その中で一番馴染んだのが薙刀だったってことよ」

「どっひゃああああ〜……たまに居るのよね! こういう真の天才ちゃん。しかも、それが結衣のSSではないんでしょ?」

「え? うん、そう……SSは違う」

「ほら、やっぱりただの天才じゃん」


 SS……それは、ざっくり言うと超能力。


 世界から大半の死因が失われ、人々が死ににくくなった事により、相対的に人ひとりがその身体に有する生命エネルギーが強まった。


 元来そのエネルギーは体内で生じ、体内で消費されていたが、強さも量も増えて体内だけでは消費し切れずに滾々と体外へ溢れ出るようになった。


 エクトプラズムと呼ばれるこのエネルギーは、同様にリミッターが外れた脳の処理能力と合わさることで、五感を超えた新たなチカラを生み出した。


『勘』や『なんとなく』みたいな感覚を第六感とする説が下地となり、このチカラは第七感……つまりセブンス・センスと定義された。SSと略したりもする。



 一般的に『残された死』が少ないほどエクトプラズムの放出量が多くなるので、必然的にSSも強力なモノになる傾向にある。



「ふーむ。探索士になる人はSSが攻撃性に優れているのかと思ったけど……違うんだ」

「どうだろうね? 一級の方々は、緋装無しでゴーレムを破壊出来るようなSS持ってるなんてウワサも聞くからね……あ、そういや、もしかして奈々美ちゃんのSSって、気配を消すようなヤツだったりする?」

「お、気付きましたか。その通り。アタシのSSは【インビジブル】だよ」


 どうして戦闘力のほぼ無い奈々美が、このダンジョンで2週間もの間、ゴーレムに捕まらずにいられたのか。


 それはこのSSが有ったからだ。


【インビジブル】、つまりその効果は不可視。


 SSを発動すると、奈々美は誰からも何からも見えなくなる。




「あの時、驚かされたのはそういう理屈か」



 結衣が初めて奈々美に声をかけられた時、全くその気配を感じ取れていなかったのもインビジブルの効果が故だ。


(とは言っても……あの感じ、『見えない』って次元を超えていた気がするけど)




 結衣が少し首を捻っている間に、縦穴の終わりが近付いてきた。


 鼓膜や瞳孔――閉じていた色々な感覚が、ぐぐっと開いていく。



「眩し……」


 最後に壁をもう一蹴りして、縦穴から飛び出して、2人は地上へ帰還した。


「うわ! 人……!」

「え、ここから!? マジかよ」



 周囲には建設作業風の男性が数名居て、2人の出現に驚いた。

 彼らは縦穴の周りに、立ち入り禁止の規制線を張り終えたところらしかった。



「お兄さん達……もしかして、ここって塞がれちゃうの?」


 結衣が問う。


「いやいや。穴は塞がないけど、ここから池チカへ入るのは止めさせてくれって話になってね」

「危険度がかなり上がってしまったんだよ。入場規制というか入場記録というか、そういうのを管理するように国からのお達しさ。あと2・3日もすれば、元中央改札口からしか潜れなくなるぜ、このダンジョンは」



 奈々美を下ろして、結衣は「そうなんですか……」と言って、軽く会釈をした。



「やっぱり指定管理化するんだね……なんか、示し合わせたようなタイミングだ」



 結衣のその言葉に奈々美の表情が曇る。



「さっきの、話だけど。結衣……お姉ちゃんに、何て言うつもりなの?」


 消え入るように呟く奈々美は――まるで、段ボールに入れて捨てられた子猫のようだった。



 よく、結衣は思うが……こんな、一番可愛い時期の子猫を捨てるなんて正気の沙汰じゃない。


 しかし捨てる側からしてみれば『致し方のないこと』だから、彼らの中では道を外れたり、筋を逸れたりはしていないのだ。



 裏切りの構図に似ている。



『ごめんね』なんて言ったりしても、それはただの


 相手の事を本当に思っているのなら、まず捨てたりしないだろう。



「帰らなくて良いなんて言われてもアタシ、まだ良く分からない。それにお姉ちゃんも、こうして結衣に救出を依頼しているんだし、思い直してくれたってことなんじゃ……」



 黄色と黒が連なる帯を潜り、あるいは跨ぎながら――規制区域の外へ出る。



「ごめん、奈々美ちゃん……アレはね、言葉の綾とかそういう問題じゃないの。ダンジョンで行方不明になった人を探して欲しいって依頼の仕方はね……いや、うーん。どうしよっかな、やっぱり止めとこうかな」

「何? どういう事? ダメだよ、そんなとこまで口にして」

「……あ〜、うん。また泣いたりしない?」

「し、しない――と、思う」



 多分、やっぱり強がりだろうけど……その事実を伏せ続けるのも逆効果かも知れない。嫌でもいつか知ってしまうだろう。



 そのいつかが、いつか分からなくて……その瞬間、自分が傍に居てやれる確証が無いのなら――今ここで、自分の目の前で泣いてくれた方が良い。


 それなら、いくらでも慰めてやれる。


 奈々美の涙が枯れるまで傍に寄り添って、手を握っていてやれるから。

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