1-6 絆されたって、私は死なない
しんとした静けさが、やけにうるさかった。
「ねえ、奈々美ちゃん。アナタを探して欲しいと依頼してきたのは――睦実(むつみ)さんだよ、夕星睦実さん。アナタのお姉さんよね?」
「……うん」
「もしかしてだけど……睦実さんも、一緒にここへ来たんじゃない? 2週間前に」
「…………う、ん」
はあ、と今度は結衣が大きく、やるせなく溜め息を吐く。
「――行き先を知っているのに、何で2週間も放置していたのか引っ掛かった。でももしかしたらその位のことは、よくあるのかも知れないと思ってしまった。家の暗黙のルールみたいなね」
また【死氷】の入った袋を、天井から漏れる地上の光にかざす。
片や、奈々美は俯く。
「それ以上に……もっと引っ掛かったのは『探して欲しい』って依頼の言葉。『助けて欲しい』とか『連れ帰って欲しい』とかって言うんだよ、普通。ダンジョンの人探しを依頼してくる人って」
奈々美と遭遇した時に感じた訝しさ――その正体が結衣にも、ようやく見えてきた。
奈々美は、1人でこの地下鉄ダンジョンへ来たワケではない。
そもそも自分の意思でもない。
そして地上へ帰れなくなってしまったのも、不慮の事故などではない。
「……お姉さんに、ここへ一緒に来るよう誘われて――そして置いていかれたの?」
躊躇いながらも、核心をつく結衣。
その言葉に刺されたように奈々美は、唇を細かく震えさせ、瞼にいっぱいの涙を溜めて……それを零してしまわないように、ゆっくり顔を上げて――
「そう、じゃないって……そうじゃないんだって…………思って、い……いたかった」
必死に笑顔を作ろうとして、かえって涙を決壊させてしまった。
そして一度、壊れてしまえばもう止めることは出来ない。
「おね、お姉ちゃんに誘われて……ここに来ました。強いゴーレムの出現率が下がったのに…………逆に良い鋼はよく、取れるって……き、聞いて」
「うん……」
「で……それで、あの日もこのフロアまで2人で、そこの階段――今は無いけど、そこから下りてきて」
「何かの理由をつけて、お姉さんだけ一旦上へ戻ったんだ」
首を縦に振る奈々美。
涙がパラパラと舞い散る。
「お姉ちゃんのスマホの充電が急に切れちゃって、でも仕事で大事な連絡を忘れてしまっていたとかで……アタシのスマホを貸して……」
『ここで待ってて、すぐ戻るから』と言い残して奈々美のスマホを持って睦実が地上へ戻ると、それを見計らったかのように、3ヶ所ある階段が全て同時に崩落したという。
そうして奈々美は、都内最凶クラスの地下鉄ダンジョンに、独り取り残されてしまった。
エレベーターの名残の縦穴があるにはあるが、それを使って地上へ戻るのは、奈々美には難しかった。
「崩落の瞬間をきっと、お姉ちゃんも見ていたはずだから……それならすぐに救助が来ると思って、迂闊にものほほんとしていたよ、アタシは。でも……何時間経っても、誰も助けに来てくれなかった」
持ち物も上手いこと分けられていたようで、奈々美のリュックには脱出に使えそうな物は、何も無かった。
「きっと来るって、信じていた……んたけど」
「――それは、ツラかったね。私もさ……あ~多分、奈々美ちゃんとは度合いも、種類も違うとは思うけど……私も最近、信じてた人に裏切られたりしたから、ちょっとは分かる気がするよ」
柱が砕けて出来たような、大きめの瓦礫に腰掛けて結衣は、独り言のように呟いた。
「そうなんだ……」
「私は……多分、期待し過ぎちゃったんだろうな」
誰かに裏切られる時、それはもしかしたら主観でしかないのかも知れない。
相手からしてみたら何も間違ったことはしていない。
全て、理にかなったことしかしていない。
もしかしたら、一方的で過剰な期待の裏返しなのかも知れない。
だから、『裏切る』なのかも知れない。
「私の場合は、アレだけど……奈々美ちゃんは身内だもんね。期待とか、そういう話でもないんだよね」
「結衣はホント優しいね」
奈々美も左隣に腰掛ける。
そして、目尻に溜まった涙を指先で拭って、笑う。
強がりが残っていて少し引き攣ったような笑顔。
そのぎこちない――しかし筆舌に尽くしがたい程に愛おしい笑顔を目の当たりにし、結衣の心は完全に絆された。
廃墟の中に、ぶわっと一面、白い花が咲き渡ったように結衣は感じた。
何をするか、決めた。何をすべきか、分かった。
「ね、ねぇ! 奈々美ちゃん。私が受けた依頼は、アナタを『探し出す』こと……つまり見付けられれば良いってこと」
上体をグイッと左に捻り、今度は結衣が奈々美の手を取って。
「奈々美ちゃんを、お姉さんの元へ連れ帰るところまでは依頼内容に含まれていない」
「……え?」
「だ、だから! 奈々美ちゃんは、もう家に帰らなくても良いんじゃないかな」
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