3-13 その攻撃をかわせなくても、私は死なない
「うえぇっ……! オェエェッ……ゲァッ――」
詩織は、その惨状を受け入れられなかった。
胸の奥底から気持ち悪さが込み上げてきて、抑え切れず溢れ出す。
「ゲッ、ア……!」
びしゃ、びちゃ、と液体のような吐瀉物が床を汚す。
「大丈夫? しおりん」
「うげっ……だ、大丈夫…………ですぅ、うぉえっ……なーちゃんは、何ともないんですか? あんなの見て」
死なない世界では、あまり見ることのない惨状。
奈々美は詩織の背中をさすりながら、その惨状の渦中に立つ結衣を見る。
「まあ、平気かな……アタシは……とっくに、おかしくなっちゃっているからな」
結衣が、めちゃくちゃに蹂躙していく様を見て、心がスッとしている。
やり過ぎだなんて、やっぱり少しも思えない。
「……どうしたもんかな」
まるで奈々美に考える時間を与えるように、ほんの一瞬だけ、辺りは静寂に包まれた。
しかしそれは、本当に一瞬だった。
「なぁにぉおおお……やっでんだぁあああ! バガ野郎どもがぁああああ!」
「うっさい、生首。真っ先にやられてんのアンタじゃない」
「お、おおお、俺のは……不意打ちだろうがっ」
「斬るよって予告してからでも、アンタの首くらい落とせるよ」
「づ、佃野! ……佃野は何してる! お前が、お前がコイツを殺せぇ!」
替山がそう言うと、結衣はブォンと薙刀を回して、佃野へ切っ先を向ける。
先端をクイッと動かして『やろうよ』と誘う。
「はぁ……嫌だよ、やりたくない――なんて、言っても聞いてくれないんだろうね」
腰に回していた右腕を、ゆっくりと正面に持ってくる。
その手にはハンマーのような武器が握られていた。
ちょうど前腕くらいの長さの柄に、打面が片口の左右非対称の
鎚頭の、打面と反対側は鉤爪のようになっていて、突いたり割いたりするのだろうか。
攻撃武器としてのハンマーとしては小振りに見える。
しかし攻撃時の重さは緋装の性能次第でいかようにでもなるから、鎚頭を小さくすることで取り回しの良さと威力の集中を両立しているのかも知れない。
「
「うん、大丈夫。死なないから」
佃野は、少しだけ前後に足幅を広げて、戦鎚を持った右手をダランと垂らす。
結衣は既に中段に構えている。
ジャリ……
佃野が爪先で間合いを調整する。「流石に薙刀、懐が深い――」とボソリと呟く。
刀や剣くらいは余裕で捌くであろう達人級の雰囲気を漂わす佃野。
しかし薙刀は、間合いが余裕でその倍はある。容易には踏み込めない。
防具を付けた竹刀と薙刀が試合をすると、だいたい竹刀側が馬鹿のひとつ覚えのように突っ込んで、間合いを潰す戦法を取る。
しかしそれは『刃』が付いていないからだ。
刀身だけで小太刀ほどの長さがあり、柄まで含めれば2メートルを超える強大な刃物。
実際、目の当たりにすれば、尋常ならざる強大な圧に足が竦む。
「う、動かないですね、佃野さん。やっぱり間合いの広さ……」
「もう大丈夫?……でも薙刀の真の恐ろしさは、間合いの広さじゃないんだよ」
「え、じゃあ……何が? パワー?」
「それもそうだけど、それよりもっと怖いのは――」
――ジャリイ……!
静寂を破るように、いよいよ佃野が動いた。
戦鎚を持った右手を、身体の前面に巻き付けるようにしながら走り出す。
右手が、左の腰辺りにぶつかって跳ね返る。
それに合わせるように、右足を踏み込みながら上半身に捻りを加える。
「――ふっ!」
空気を裂く――ではなく、
しかしそれは明らかに結衣には届かない距離。
「狙いは武器破壊……!」
奈々美が叫ぶ。
インビジブルの効果内だから、その声は結衣には聞こえない。
聞こえてはいないが、結衣も佃野の意図には気付いている。
「発想が流石だわ」
左手前に構える結衣は、後ろ手にあたる右手をクイッと僅かに動かした。
すると切っ先は、その何倍かの軌跡を刹那の間に描いて、戦鎚を迎撃した。
バキィン! と硬い金属音が劈いて、佃野は腕を弾かれた。
遅れて、衝撃波が周囲に伝播する。
「くっ……そ! めちゃくちゃ重いな」
『攻撃時の重さは緋装の性能次第でいかようにでもなる』のは、結衣の薙刀も同様。
単純な物理な重量も、チューニングの精度も、そこへ流れ込むエクトプラズムの量も、全てで結衣が上回っている。
佃野が弾かれるのはごく自然の流れだ。
戦鎚ごと腕を弾かれ、その勢いで身体の軸もぶらされる。
結衣に背を向けてしまいそうになり、慌てて態勢を戻すため足をタタタンと踏みかえる。
「くっ……」
「佃野さん、アナタにはちょっと興味が有るんだ――」
言いながら結衣は1歩踏み込んで、体勢を戻そうとして逆に開いてしまった佃野を追い込む。
「なんで、国家資格の上位まで持っているのに、テロリストまがいなことに手を染めているの? 多分、5人の中でアナタだけでしょ? 一級なの」
「……た、ただの暇つぶしだよ! 普通に生きてても退屈でしょう? こんな世界!」
自分の、みぞおち目掛けて伸びてくる薙刀の刀身を、戦鎚で下から弾き上げる。
腕を振り上げるのと同時に、腰を落として踏ん張り、全体重が戦鎚に乗るように全身を連動させた。
音速より速く直進していたはずの薙刀だったが、進む向きを90度変えられてしまった。
重さとか色々、圧倒的に勝っているにも関わらず。
「うお、おお……やっぱり、凄まじい技だ! アナタを最後にして良かった!」
薙刀を握る両手が少ししびれて、結衣は少し感動した。
物理的な差を、埋めて、更に凌駕しようとする程の技。
「私ね! 好きなモノは最後に食べる派なの!」
嬉々として結衣は、弾き上げられた薙刀を、その流れのまま引き戻して構え直す。
超攻撃的な構え――八相の構えで。
「今のは結構、マジで……砕き割るつもりで叩いたんだけどねぇ! ……私は、好きなモノから食べていく派だよ。つか、好きなモノしか食べないね」
人差し指と中指で、クルクルと戦鎚を回す佃野。
「そっか。私たち、仲良くなれそうじゃん。替山んとこなんか抜けちゃいなよ」
薙刀を振り下ろしながら、結衣が前に出る。佃野は戦鎚を握り直す。
「はぁ? 仲良く? なんでよ! 話通じてる?」
ガキィンと火花散らす何度目かの衝突音。
生み出される衝撃波は強まる一方。壁や床にビシビシと亀裂が走る。
佃野は正面から受けたりせず、刀身の横っ面をはたくようにして、超重量級の斬撃をいなすスタイルに変更していた。
「――だって、好きなモノを食べるところは同じじゃない?」
斬撃を反らされても結衣は後ろ手を器用に使い、ほぼノータイムで刃を返す。
それをまた佃野が、いなすように打つ。
しかしその「いなし」は、ほぼフルパワーの打ち込みだ。全身をしならせて、ありったけの力を込める。
対して、結衣は柄を操る腕以外は、ほとんど動いていない。
片手と両手、近間の武器と遠間の武器。
余裕が無いのは明らかに佃野。
「――っら!」
それでも佃野は、何かを狙っている。決して諦めていない。
彼女は〝自分より強い相手〟と闘ってきたタイプなのだろう。
「佃野さん……何か狙っている」
ただ闇雲に薙刀を捌いていたワケではない。
結衣の癖を読み解き、自身の持つ『切り札』を切る最適なタイミングを見計らっている。
カッと目を開くと、戦鎚を手の平の中でシュルシュルっと回して、打面じゃない方で薙刀を狙う。
ガッ……シュイィィン――
これまでと違う、金属と金属が擦れて滑る音が鳴った。
「……!?」
佃野が腕をそのまま大きく外に振り抜くと、鉤爪に薙刀が引っ張られるようになって、結衣の重心が少しだけ浮いた。
「ここだね!」
佃野が左手をかざすと、結衣は視界が傾くのような感覚に襲われた。
一瞬、目眩かと思ったが違った。
平面に立っていたはずなのに、気付くと斜面になっている。
〝傾くような感覚〟ではなく、現実に傾いていた。
(うぉ……な、なんだこれ!)
薙刀を引っ張られ重心が前がかりになりかけていたタイミングで、更に足元まで傾いて――流石の結衣もつんのめってしまった。
それでも、前足を1歩踏み出して突っ張り、即座に体勢を建て直す。
(【ディメンション】、こんな使い方もあるのか……良いな)と思いながら顔を上げると、前髪に触れるような距離に戦鎚があった。
ギョッとして目を見開くと視界の奥で佃野が、空っぽの右手を天井に向けて上げていた。
(――投げたのか! 決め所とみるや武器をあっさり放るところも……仲良くなれそうなポイントじゃん)
縦回転する戦鎚が文字通り目の前にある。
もう半回転したら、眉間に打面が食い込みそうだ。
回転の威力的に、当たったくらいで止まるはずもなく、頭蓋と脳をゴッソリ削り取ってそのまま飛んで行くだろう。
(ああ……こりゃ躱せない。流石に一級探索士、上手いなぁ。ま、受けるのは別に良いけど、髪留めまた壊れるのは嫌だな……せっかく奈々美が買ってくれたやつなのに)
結衣は、スっと目を閉じて、これから来る激痛を受け容れる覚悟を決めた。
そして、佃野は「決まった」と笑った。
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