3-12 私は死神だけど、アナタたちも死ねない

「――殺ぜぇええええぇ!」


 替山の怨嗟が、まるで断末魔のようにコダマした。



 戦闘を避けたかった佃野が二の足を踏んでいると、残りの3人が跳躍した。




「ちぃっ……」


 佃野は舌打ちをしつつも右手を腰に回して緋装を握る。

 それとほぼ同時に奈々美はインビジブルを発動し、詩織とともに消えた。


「ははは! 皆、場馴れし過ぎだよ!」


 飛んだ3人――その内の1人は背が高く黒ずくめの男。

 パッと見、武装をしているようには見えない。


 もう1人はクシャクシャパーマの二丁拳銃髪。


 最後の1人は、その中では最も小柄。

 ベースボールキャップを深めに被って、鎌と鎖で繋がった赤い分銅をジャラジャラと回している。


「全般不明、回転式拳銃両手持ち、鎖鎌――二丁拳銃の人が大槌よね。あとはどっちが入水で、どっちが津久野?」


 拳銃が長距離担当、鎖鎌が中長距離……だとすると、背の高い黒ずくめが近接担当だろうか?



 いや、鎖鎌も近距離イケるよな? と思った矢先――長身黒ずくめが右腕を振るった。



 そして「……【ターゲット】、発動」と呟いた。


 するとそれに呼応するように、どこからとも無く【黒曜】が4体、結衣の眼前に降り立った。




 ズゥン、と音が響いて、砂埃が舞い上がる。


「うお!」

「……叩き潰してやれ、黒曜!」


 それを見て結衣は、何となく理解した。




(この人が、私たちを待ち伏せさせたのか)




 しかし――だとすれば。SSを口にしたのは間違いだ。


 操る系なら【マニピュレイト】とか【オペレーション】とかだろうに、黒ずくめは【ターゲット】と言った。




 つまり操作しているのではなく、標的ターゲットの認識を支配するようなSSということだろう。




 待ち伏せも、自分たちの後から来る探索士に標的を誤認させたのだろう。


「じゃあ、もうネタバレしてんじゃん」


 言いながら、結衣は4体の黒いゴーレムを切り刻んだ。




 どんな形態変化をするのか、少しだけ興味があったが、六本木の入り口付近で出会った半人半馬たちより面白いとは思えなかった。


「は、はぁ?!」


 長身黒ずくめが情けない声を漏らす。




「お、おい、【黒曜】! 何あっさりやられてんだよ! せめて形態変化くらいしてから来いよ!」


「やっぱり……〝標的〟の認識をズラすことは出来るけど、そもそもの能力とか判断、連携なんかは彼ら任せってことなのね、そのSS」




 狼狽ろうばいする長身黒ずくめに向かって今度は結衣が跳ぶ。



 またゴーレムを呼び寄せられても面倒なので、取り敢えず真っ先に叩くことにした。

 薙刀を回転させ、刀身と反対――石突側の柄で、左脇腹を打ち抜いた。


 メキメキ、ぶちぶちっと脇の骨が折れる音と、内蔵が潰れる音が響く。


「……うごぉ――ああっ!」

「何で今、全力で来ないのよ? 待ち伏せの時より数少ないなんて」


 薙刀が振り抜かれる速度のまま黒ずくめは吹き飛んで行き、10メートルくらい先の壁にぶつかって止まる。


「……あ、ぎぃゃっ…………がぁ――」


 辛うじて上半身と下半身に分断されはしなかったが、腰が真横に180度近く折れ曲がっている。



 左のこめかみと、左足の膝横ひざよこがくっつきそうだ。



「もしかしたら術者と近い方がより精密に操れたりしたのかな? それにしたって、破られる想定くらい少しは――」



 結衣の言葉を遮るようにドウン、ドウン、と重い銃声が鳴る。




 音の方へ向き直し、右の手の平を顔の前に突き出す。


 2発した銃声。


 1発目の弾丸が手の平に触れ、回転しながら、肉を抉って進もうとするが骨に当たって進行方向を逸らされる。



 弾速に合わせて右腕を跳ね上げると、1発目の弾丸は結衣の手の平の肉と骨を少しだけを道連れにして、天井を撃ち抜いた。


 すかさず2発目の弾丸が飛んで来るが、上半身を少し左に傾けるようにして、頭をその弾道の外に出す。


(――2発? たった?)


 もう少し連射性があったようには見えたけどな、と結衣が思っていると右耳がジャラジャラジャラという音を捉えた。


「なるほど、そっちが本命ってワケね」


 右手で受け流した緋装の弾丸で、実は対人戦闘に於いては通常弾とほぼ変わらない。


 更に、探索士は基礎身体能力が高く拳銃程度の射出速度だと、弾道を読んで躱せる者も多い。

 だから銃は、射程がメリットにはならず、どちらかと言えば近接戦闘でのフィニッシュブロー的な役割で使われる。


 それでもパーマ頭は、銃の間合いから2発打ってきた。

 次弾からは通常弾で、そこから弾幕で押し切るプランかと思ったが、どうやら違う。


 必要だったのは発砲音そのものだった。


 鎖鎌の、ジャラジャラとした音をマスキングしたかったのだ。

 拳銃の残響が薄れて、金属の擦れる音が明瞭になる――それは既に危険な距離感だった。


 弾丸を躱して少し伸び切った体勢を狙われている。


(ヤバ、結構近くまで――えっ……)


 また見切ってやろうと、音のする方を見て思わず「なるほどね!」と口走った。


 ジャラジャラと音を鳴らす鎖と分銅が見えないのだ。音はする。しかし見えない。


「奈々美のと! 同じ系統か!」


 でも『見えないだけ』だ。音は聞こえるし、気配もする。奈々美のSSよりは練度が低い。


 だから銃声でマスキングして隠密性を高めたのだろう。

 だったら最初から、鎖鎌みたいに音の大きい緋装にしなけりゃ良いのでは? とも思ったが『逆にそのギャップが必要なのかもな』と納得した。



 結衣の悪い癖が出て『ふんふん、なるほどそっか』みたいに顎を動かしたら、ちょうどそこを分銅に、へつられた。


 そのままだったなら躱せていたのに、わざわざ当たりに行った感じになった。


 触れた感じ、分銅の大きさは拳よりひと回り小さいくらいのサイズだったが、そこから想像できる重さより、遥かに重い。

 緋装のチューニングが上手くいっているとは、こういうことなのだろう。


 少し掠っただけなのに、右の頬骨から顎あたりを持っていかれた。

 ビシャビシャと血が床に落ちて、骨片や歯が飛び散る。


「ぶぃ……っげぇ!」

「……え?」


 結衣の聞き取れない言葉に続いて、驚いたような声を上げたのは鎖鎌の操者。

 当然、聞き返したワケではない。それは困惑と驚愕の混じった声。


『当たったが掠っただけだ。それでも動きを一瞬は止められるだろうから、鎖を引いて、返しの分銅でもう一撃……』と思っていたら、自分の身体が浮いたのだから。

 とてつもない力で、鎖ごと引っ張られている。


「ふぃ……き、消える系のSSなら、初手で確実に仕留めなきゃ。アナタのSS、鎖に着いた血糊までは消せないみたいだし」

「う……わ、あああ……!」


 薙刀を地面に突き立てて、赤く染まった鎖を手繰り寄せている結衣。顎はもう復元している。

 その鎖の先に人ひとり分の重さがぶら下がっているとは思えないほどの勢いで、巻き取る。


 人は手に持っていたモノを引っ張られると、咄嗟に強く握り返してしまう。


 例え、離した方が良いと思われる状況でも。


「ば、ばかっ! 檜木田! 鎖、鎖を離せ!」




 ポニーテールを揺らして佃野が叫ぶが、身体が浮いてしまっているので、もう手遅れだった。


 今更鎖を手放して、いくら手足をバタつかせたとしても、減速するようなではない。


「いらっしゃい!」


 巻き取った鎖を手に結衣が笑う。


 特に構えるでもなく、右手首のスナップだけで、分銅を操り、回転させた。



 一瞬で鎖と分銅も、血糊さえも見えなくなる。




 不可視のSSは効果が切れているハズはのに、回転が速すぎて見えない。


 そして、超高速で回転しているハズなのに、音がほとんど聞こえない。


「うっわ……」


 檜木田は宙を漂いながら、明らかに自分より数段キレの良い鎖術に、思わず見蕩みとれてしまった。


 結衣は、まるでそれをあざけるように手首だけをクイッと動かして分銅を射出する。


 ボッ――と、音が聞こえた時には、檜木田の鎖骨と鎖骨が合わさる窪み辺りを、分銅は貫通していた。




 更にそのまま勢いを落とすことなく、檜木田の後方に居る二丁拳銃を構える大槌を目掛けて分銅は飛んで行く。


「ちっ! ……んなもん当たるかよ!」



 モジャモジャ頭を揺らして大槌は分銅をのところで躱したが、通り過ぎたハズの分銅がカクンと向きを変えた。


「……っ!」


 左手で鎖を引くようにして、ニヤリと笑う結衣。


 大槌の首に掛かって鎖が曲がると、分銅は直線から回転へ動き方を変える。


 ジャラジャラジャラっと首に巻き付いていく。


「――ぃぎっ!」


  慌てて首と鎖の隙間に指をねじ込もうとするが、檜木田の喉元を貫通する時にべっとりと付着した血のせいで滑る。



 ただ首筋を引っ掻いて、吉川線が増えていくだけで鎖は緩まらない。もがく大槌の眼球が真っ赤に染まる頃、結衣はまた鎖を引き寄せる。


 両手で鎖を背負うように投げると、パーマ頭とベースボールキャップの2人をぶら下げたまま鎖は高々と舞って、天井近くの太い梁に引っ掛かった。


「――ひ、檜木田! 大槌!」



 佃野が叫ぶと同時に、ガジャン! と大きな音がして2人はぶらぶらと吊るされた。


「よ、っと……じゃあ最初の黒づくめが入水さんか」


 鎖が緩まないように、鎌側を地面に突き立てながら結衣が佃野を上目に見る。



「……い、いや――こりゃあ、参ったな。とても女の子が戦った跡とは、思えないよ」


 首と胴体が切り離された者が1人。


 腰から冠状面方向に180度上半身が折れ曲がった者が1人。

 喉元を分銅で貫かれた者と鎖に首を締め上げられた者が、一緒に梁に吊るされている。


 これが全員、生きているという。


 彼らは今この瞬間も、結衣のSSによって生かされ続け、想像もしたくないような激痛と苦痛に晒されている。


 佃野は引き攣って笑う。もう冷や汗すら出て来ない。



「地獄か、ここは」


「そうかもね。知っているでしょ? 私――【死神】だから」

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