3-11 はずれスキルしか持っていなくても、私は死なない
SSは自分では選べない。その前提の上で――。
例えば鳥に、空中浮遊の能力を与える意味があるだろうか。
きっと無い。
結衣のSS――【アライブ】は、そういう関係性に思えた。
これほど人が死ににくくなってしまった世界で、人を死なせないようにするチカラ……
「とんだハズレ能力でしょ?」
自虐っぽく結衣は笑う。
「でも、唯一……そんな瞬間が来るとは思ってもいなかったけど――例えば、こうやって誰かを、心の底から憎たらしく思って、ソイツを地獄へ落ちるより辛い目に合わせるためには……持ってこいのチカラだと思っていた」
替山の生首に静かに歩み寄って話し掛ける。
鼻と口が下を向いてモゴモゴしているので、右の爪先で回転をかけて蹴り上げて宙にに浮かせ、それを足裏で押さえ込むように地面に再度叩き付ける。
少し横向きにし、話せるようにしてやった。
「ねぇ、聞いてる?」
「……ぐっ、ぎゃあ! いだぁああ――く、ぐる、狂ってんのかぁ……でめぇ!」
「……うーん。まあ、そうだろうね、多分」
こんなに狂ってしまった世界で、寧ろマトモな人など居るだろうか。
誰もがマトモな〝
「なーちゃん、アレってつまり……どういうこと?」
「ん〜……死なせないSS……よく分かんないけど、その効果範疇にあると、どんな状態になっても死なない・死なせないってことかな……だから首を斬り落とされても替山は、未だ――生きている」
「生きている……つまりあんなになっても死んでいない。だから、復元もできない……のか」
死因が無くなった世界で致命傷を負うと(それが『残された死』でなければ)復元・修復され、死なない。
片や、結衣のSS――【アライブ】は発動すると、その効果範囲内ではどんな傷も、どんな怪我も、どんな病気も致命傷にならない。
つまり『残された死』かどうかの判定より手前の状態で止まっている。
「強制的に生き永らえさせられるなんて、この世界そのものみたいなSSだね……細部は違うっぽいけど……いや、それ以上に――何だろう……あの子、今まで以上に」
佃野は冷や汗をかいていた。
彼女も割りと長く生きているが、久し振りの経験だった。
「……ぐぁあああ……痛い痛いっ! いだぁい!! くっそ! 首の方は、痛覚消えてきたぞ……顔のがいてぇ! 何なんだ、くそぉ!」
SSそのものは選択することが出来ないにしても、顕現したSSをどのように育てるかは、使用者次第という一面がある。
強制延命の【アライブ】なんて、そもそもレアでここに居る誰もが初見の部類だったが、佃野の【ディメンション】や奈々美の【インビジブル】などは、同系統のSSもまあまあ多い。
ただ佃野のようにダンジョンを改変するレベルの空間操作は唯一無二で、奈々美の存在自体を感知不能にするレベルもまた唯一無二である。
これは、使用者の素質や鍛錬、あるいは人間性などによって進化・深化していくからだとされている。
「だとするならば……延命のSS……救いのチカラであるハズの【アライブ】が……まるで拷問のように進化しているのは――」
替山は首を斬られても死なない。
恐らく現状何をされても死なない。
『残された死』を引き当てても、今は死なない。
それは【アライブ】の効果によるものだが……痛みは感じる。死にたくなるような常軌を逸した痛みをずっと感じている。
『ショック死』と呼ばれる死に方の一部は、負った傷などの激痛に身体が耐えかねて、死を選ぶことだ。
そしてこの世界にも痛覚系のショック死が『残された死』である人は多く存在している。
だから【アライブ】を進化させたら、延命と同時に痛みを感じなくする効果も付加されるのが妥当な気がする。
「だけど残っているんだよね。痛みを感じさせつつ生き永らえさせる……それってつまり、あの子の精神性がそうさせたってことなんでしょ?」
引き攣った笑みで、佃野は何かを決断した。
「――痛い? そりゃあ、ヒールで踏んでるからね」
「ぞういうごどじゃねぇ……」
「ひ、日夏ちゃん?」
珍しい呼ばれ方をして、結衣はゆっくりと声の方を向いた。
「佃野さん、でしたっけ。何ですか」
「佃野美涼よ。一級探索士……契約的には一応、あなたの足元の替山の部下てっことになる」
「そうですか。でも……だから、何ですか?」
「……も、もし――今、あなたが足を上げて、そしてSSを解いてくれたのなら……私たちは退却する」
「ここまで色々やっておいて……退却とか都合が良過ぎませんか? それに佃野さんの意思だけで決まるものですかねぇ」
替山を踏み付けている右足に、もう少し体重を傾ける結衣。
ボゴンと鈍い音がした。
「ぐぎゃあああ……! おれ、俺、折れた! 折れたぁがぎゃあああぁああ」
「折れたんじゃない、頭蓋にもう1つヒビが入っただけよ。うるさいな」
「……ふ、しぃ――はぁ、あああ! つく、の……づぐのぉおお! コイツら………………殺ぜぇえええぇ!! ぶちごろぜぇえええ!」
「……!」
「ほらね?」
替山は怨嗟をぶちまけるように、開戦の号令を発した。
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