3-10 このチカラの前では、誰も死ねない

 奈々美が泣き崩れるよりも早く。


 詩織が悲しみや怒りを通り越してブチギレるより早く。


 替山や大槌がまた馬鹿笑いするより早く。



 誰よりも早く結衣が行動を終えていた。


 白い柄に鍔の付いた薙刀を振るい終えて、替山の首を斬り落とした。


「ぐぇああああ……」


 うめき声を上げて替山の頭はすっ飛んで行く。

 クルクルクルクルと回転し、絶叫と血飛沫を撒き散らしながら。


 ゴシャ――ドッ、ドッ……ゴロゴロ……


 数メートル先に落っこちて、まだ転がる。呻き声はもうよく聞こえない。


「……え? 何? は、速っ」


 ポニーテールの佃野は、胴体と頭とで視線を行ったり来たりさせる。

 恐らくは1級の探索士であろう彼女が目で追えないのだから、奈々美と詩織は感じることすら出来なかっただろう。


「……ええ、えええ? 結衣!?」

「ひ、日夏さん!」


 白い閃光と、赤い霞。


 その中心に立つ1人の死神。



「ふっ……ざけるなぁああああ!」


 死神が叫ぶ――


「……奈々美のせいなワケあるかぁ! アンタが何か仕掛けなければ、何も起きていないだろうが!! 奈々美は被害者だろうが! ――替山! アンタが、ただ! 下劣で最低最悪なクソ野郎なだけだろうがぁ!!!」


 首のないまま仁王立ちだった胴体も、いよいよ膝から崩れ落ちる。


 奈々美は「クソ」とか言わないでなんて口に出来なかった。


「――結衣」


 ただ、自分のために怒ってくれている結衣をもっと見ていたかった。


 怒りに任せて手を出すのは、道徳的にどうかとか、今はどうでも良かった。



 やり返したらダメ? 何故?


 何故、被害者ばかり我慢を強いられるのか。


 先にやったもん勝ちの世界は、それこそ狂っている。罪には罰を与えるべきだ。


 それ相応の。あるいはそれ以上の。


 もしかしたら今の行動原理の、半分くらいは自身の婚約破棄――いや、結婚詐欺の憂さ晴らしも込められているだろう。


 でも、それでも良い。それは奈々美にとっても怒りの対象であったワケで。


 だから今、奈々美は物凄く清々としている。


 何なら、今の一閃は少し斬れ味が良過ぎたとさえ思っている。

 池袋で出会った時の、刃毀れしてガタガタの直刀で、押して引いて引き千切ってやって欲しかった。


「……いだぁ! 痛い! 痛い! 痛い痛っ――いいたいいたいいたいいたいいたいいたい……! ぐぇあ……うぉえっ」


 ただし。


 斬れ味が良かったとして、斬られていることに違いはない。首を斬られれば痛いは痛い。


【死】が減って『残された死』さえ外していれば、どんな致命傷も即時復元を始める――とはいえ、どうしても一瞬は痛みを感じてしまう。


 死ににくい身体の反動なのか、痛みを遮断したり遅らせたりするような防衛本能は退化気味で、電光石火の速さで痛みを感じる。


 首だけの替山が絶叫し、胴体だけの替山がジタバタともがき苦しむ。


「……あああ……ぎゃあああ!」


 替山の声は、いつでもうるさく、ダンジョンにコダマする。


「……ん?」

「え? いや、これ――」


 しかし、今起きている違和感に気付いたのは、詩織と佃野だった。



 ――


 替山が痛みを感じて、騒いでいる時間が長過ぎるのだ。


 結衣の概ね推察通り、替山は二級の探索士。

『残された死』の数は2つの通称『トパズ』。


 そして勿論、首を斬られることが、そのうちの1つだったというわけではない。

 回復に時間を要する損傷とは言え、流石にもう復元しても良い。


「……ヒロキ? な、何、しているの? もう……そういうの良いからさ」


 佃野が混乱のまま問いかける。

 問い掛けたところで替山本人にも今何が起きているのか、どうしてそうなっているのか、知る由など無いのだが。


「なあ、佃野! 長くないか? 何で戻らない!」

「確かに……カエって『トパズ』ったよねぇ?」


 残りのチームメンバーも違和感を察する。


「分かんない……でも、多分……あの子が何かしたんだ」


 長いポニーテールを揺らしながら佃野がそう言うと、辺りの空気が冷たさを増した。



 見ると、死神が笑っている。


「……痛い? 替山。どうしてもって言うなら、解いてあげようか? 


 冷淡に、吐き捨てる結衣。


「SS……!」


 詩織が何かを思い出したように反応する。


 板橋から六本木まで移動する電車の中で、奈々美の不可視を操る【インビジブル】について話題になった時……結衣は、自分のSSを、こう評していた……


『良いなぁ、そういうSSは応用効きそうで。私のなんかさ……この世界では、本当に約立たずなチカラなんだよ――――』と。


「この世界で……役に立たない…………?」


 こんな狂ってしまった世界で無ければ、重宝されたかも知れないチカラ。


「……【アライブ】」


 結衣が重く、口を開く。


 右手1本で薙刀をブゥンと振るって、血振りをしながら。


 パタパタ……っと赤黒い飛沫が地面に落ちる。



「私のSSは対象空間内に居る全ての人を、強制的に生かし続ける」

 

 ――それは、この世界の縮図のようなチカラ。


 そしてそれは……下位互換か、上位互換か。

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