3-9 筒抜けでも、私たちは死なない

「……な~んか面白い連中だな、お前ら」


 替山がニタニタ笑う。


 損傷の回復・復元に、最も時間がかかるのが頭部周辺。


 損傷度合いにもよるが長いと1分近くかかる人だっている。




 もしダンジョン内で1分も動けずにいたら、ゴーレムの贄になるのは間違いない。


 だから、頭部の復元スピードは早いに越したことはない。



 しかし……早いのは良いが、早過ぎると不安を生んだりもするもので――結衣は、目をバキッと見開いて露骨に驚いている。


「ほ、本当に大丈夫なの? 奈々美」

「うん、うん。大丈夫。【死因】じゃないからさ! でもビックリした……今の何よ、そこのお姉様!」

「……はぁ? そっちこそ、何今の。あなた、いったい何なの?」



 死なないのは、単にそれが『残された死』でなかったというだけ。

 だかしかし、その回復スピードが異次元の早さだった。



 空間を捻じ曲げた張本人の女探索士も思わず癇声を上げてしまった。


「なんか盛大に透かされたけど、今のが私のSS――【ディメンション】。自慢じゃないけど、空間操作系の中で最強クラスのチカラ」


 結衣は思わず息を呑んだ。


 超常的なSSはたくさん見てきたが、そのどれよりもヤバい感じがした。


(さっきのは、あれでもかなり緩めに発動したような気がしたけど……)


「そして、この【ディメンション】で、今みたいに――いや、今よりもっともっと、ダンジョン全体をグチャグチャに改変すると、あら不思議! ダンジョンの最深層に【氷花】が生み出されるんだ」

「え……!?」

「うそ」


 自慢げに言い放たれたその言葉に結衣は衝撃を受けた。

 詩織から聞いた話では、都市伝説レベルの超レアな存在だとされていた【氷花】。


 それをまさか意図的に生成する方法があるとは、思いもよらなかった。



 そもそも、内部構造の変化が激しい地下鉄ダンジョンの深層に出現することが多い【氷花】。



 その存在が認識され始めた初期は、【氷花】があるから構造変化が激しいのだと思われていた。


 しかし最近は『実は逆なんじゃないか?』というのが有力説となりつつある。



 つまり、構造変化が激しいから【氷花】が生み出される……とは言え、これも一般的には『仮説』の1つを超えてはいない……はずだったが――


「ホントさぁ、ヒロキは人使い荒いよ? めちゃくちゃ疲れるんだからね、ダンジョン全体やんの」

「ククク……その分、ギャラ弾んでるじゃん?」

「まあ、しっかり払ってくれればいいけど」

「頼りにしてるぜぇ、佃野」


 なんせ、割合でいうと100回やって1個出来るくらいだからな、と替山とモジャモジャ頭は笑う。


 今、目の当たりにした現象と、この会話が佃野と呼ばれた女探索士のヤバさを確定させる。


 もしかしたら5人の中で、1番ヤバいかも知れないと結衣は感じた。


「少なくとも『コラン』、いや『ダイヤ』確定かな……多分、周りも同じレベル」

「クックック、また何か考えているな? ここから切り抜ける方法か?」

「いや、それは流石にバカげてるだろ。こっち5人だぞ? あっちは詩織を頭数に入れても1.5だ」


 モジャモジャ頭は執拗に詩織をする。


「ちょっと! そこのもずく頭! アンタ、曲げるのはその髪の毛だけにしときなさいよ! 床屋で性格までパーマ当てられちゃったの?」

「も、もずくぅ? 誰が」

「……ワ、ワカメじゃないのか、普通……もずくって――クククク」

「性格にパーマ当てるって……大槌にピッタリだ。ふふふ、夕星ちゃんセンスあるわぁ」


 替山や佃野が笑う。他の2人もクスクスとしている。


「は? はぁ? ……お、おい! 入水と檜木田まで笑ってんじゃねぇよ! 撃ち殺すぞ」


 ギリっと奥歯を鳴らしてモジャモジャ頭の大槌が奈々美を睨む――目は隠れていて見えないが。


「お前、ふざけんなよ? なんか少し蚊帳の外から見ているようなスタンスだけどよぉ! お前だって、しっかりこの計画の一部だったんだぞ?」

「……え?」


 自分のネタがウケて有頂天だった奈々美の表情が一転する。


「グズの詩織が何で、六本木でお前らを見付けられたのか……優秀な探索士を探す場所なんて、全国どこでも良かっただろう?」

「それは……替山さんから特別試験の会場となるダンジョンは下見に来る探索士が多いからって」

「特別試験の情報は、あまり大々的に広まらないのに? 下見に来る探索士が多い? ――んなわけねぇだろ!」

「日夏ちゃんが、あの日、六本木に来ることが分かっていたからね」

「俺には頼れる情報網が色々あるんだわ。強いて言うなら、新しい俺の彼女かな」

「……また誰かがアンタに騙されているのね、可哀想」

「違うよ? そもそも、俺は誰のことも騙していない。結衣のことだって……意見の食い違いみたいなものじゃん?」

「ぬけぬけと……」

「それに今の彼女は、俺のやろうとしていることを知ったうえで、理解し協力してくれている」

「テロリストまがいに協力するとか、気が知れないわね」

「ククク……言ってくれるねぇ。だけど良いのかなぁ? この話の流れ、覚えているのか?もしかしたら顔見知りかも知れないのに。あるいは、その身内と今一緒に居るかも知れないのに――なぁ?」

「……え、どういう――」


 結衣には身内らしい身内は居ない。詩織も同じく。


 自ずと、その場に居る人の全ての視線が、1人に集まる。


 結衣も詩織も、そちらを向きたくはないのに、向かずにはいられない。


 替山の言った「この話の流れ」――それは、大槌のある人物への煽りからだった。


 〝お前もこの計画の一部だった〟と。


「――え、そんな」


 消去法的にも状況証拠的にも、『その身内』とは奈々美になる。


 そして奈々美の身内で『彼女』と称されるとすれば……それは1人しか居なかった。


「まさか…………お、お姉ちゃ……ん?」


 ポツリと奈々美が呟く。


「スマホ。返って来たよな? でも中身までは、ちゃんと確認してないだろ」


 替山がゆらりと指を向ける。

 奈々美は慌てて、ポケットをまさぐり、スマホを取り出す。


「アプリは……知らないものは入ってない」

「ね、ねえ、奈々美。もしかしたらだけど……メッセージは?」

「え? メッセージ?」

「奈々美の知らない端末に同期されていない?」

「そ、そんな……機能が――――」

「借りても、良い?」


 スマホを差し出して、頷く奈々美。

 結衣はそれを受け取り、ポンポンポンと設定項目を開いていく。


 替山と大槌はニタニタと笑っている。

 責めがいのあるポイントを見付けて喜んでいるようだった。


「あ、あった。このパソコン……奈々美が同期させた?」

「し、してない……嘘。これって――」

「そうだよ、筒抜けだよ! お前のせいでな! この計画の成否を握っていたのは……夕星奈々美、お前だったんだよ」


 メッセージアプリを同期させると、スマホでの送受信履歴もパソコン側でも閲覧出来る。

 逆も然りだが、パソコン側から操作をしなければバレない。


 奈々美は、家出をしたとはいえ、姉の睦実以外とは険悪ではない。



 だから父親の修吾らとはこまめに連絡を取り合っていた。



 それら全てが、勝手に同期されていたパソコ側でも閲覧出来る状態にあったということだ。



 そして、そのやり取りの中には『結衣と明日六本木に行く』なんて内容もあった。



「いやいや、姉妹揃って良い働きをしてくれたよ。誰かさんと違っ――」

 

 ――シュインッ――……

 

「……ってなぁあああ、って……あるぇえええ?」


 替山の、頭と胴体が分断された。


 結衣の緋装――白い薙刀が一閃した。

 

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