3-8 頭から落ちても、アタシは死なない
「俺は、初めからお前を殺すつもりだったのさ。馬鹿の一つ覚えのクソテンプレみたいに、何の理由もなく婚約破棄なんかしねぇよ」
「この国にはね、他国から見て非常に厄介な戦力が2人居るの。その2人を舞台から引き摺り下ろすのが私たちの仕事なの。1人は……誰しも知っている、国内最高の探索士の彼――通称『ザ・ワン』。そしてもう1人が――」
「結衣……お前だよ」
呪詛でも唱えるように言い放つ替山。
「若手……いや、探索士全体で見ても、ずば抜けて【死】の回収率が高いもの、日夏ちゃん」
「……え?」
「ダンジョンから持ち帰る【死氷】の総量は、そのまま国力だ。この国が、ここんとこ国際社会で幅利かせまくってんのは、マジでお前ら2人のせいなんだわ」
人が死ににくくなった直後から島国であるこの国は、その物理的な弱さが仇となって経済崩壊するのは時間の問題だと言われ続けていた。
人が増えてもそれを逃がす土地が無い――当初はその声通りに、崩壊への一途を辿るような傾向を見せたが……ある時期から、人口の増加に歯止めがかかり、政府の求心力も高まり、国際社会での強い立ち位置も取り戻した。
その陰には2人の探索士の、類まれなる功績があったのだ。
「まあ、そんなワケで……アナタ達2人を疎ましく思っている国は結構多くてね。実は、こういった暗殺的な依頼は私達が初めてじゃないのよ」
「だが……実物を目の当たりにして、どいつもこいつも、逃げ出したらしい。次元が違い過ぎるってな……腰抜けどもめ」
もじゃもじゃアタマの二丁拳銃が久し振りに口を開いた。
「そんなこと言い出したら、私たちそうだけどね。『ザ・ワン』とは流石にやり合いたくないと思っちゃったもの。アレは別格だね……それに日夏ちゃんとも出来れば……ねぇ」
「ふん……だから最初は回りくどい方法を取ったわけさ。まずは精神攻撃ってな」
「……なるほど」
ぼそりと呟く結衣。
『そうか、初めから全部――そういうことだったのか』と腑に落ちて、自分でも意外なほど怒りはなかった。
寧ろスッキリしていた。
「あとは、探索に同行して罠に嵌める? 回収した【死氷】を奪って、国外へ不正輸出してる罪を着せてやる? 他にも色々考えた……だが! お前は!そのどれもを看破しやがったんだ! 思い出したらムカついて来たな!」
「いや、まぁ、ホントに……私も見てたけど、アナタの隙の無さは凄まじくてさ。こんな子が何で三級なの? って思った」
「それはよく言われます。筆記試験が不得意なんです!」
「……そ、そう。あー、だから『特別試験』の案が上手く行くかもって話になったのかな?」
佃野は、ばつが悪そうに笑った。
「それも失敗したがな! 今! 詩織がしくじりやがって」
「だから、知らされていないんだからしょうがないじゃない。三ケ月ちゃんは、ただのコマよ」
「コ、コマ……って、どういうこと……私は、ただ……」
今にも慟哭しそうな詩織。
「勘が良過ぎる女も考えものだが……お前は勘が悪過ぎるな、詩織」
「【氷花】について色々知識を与えてやったのも、ソレが六本木に出現したって教えたのも、『優秀そうな三級以下の探索士と組んでチームで特別試験を受けて来い』って唆したのも全部、結衣に死んでもらうための計画だったのさ」
「三ケ月ちゃん、替山くんのチームメンバーになりたがってたからね。扱い易そうだって話になって、白羽の矢が立ったワケ」
「そして実際、とても扱い易かった……最後の最後、しくらなけりゃあなぁ!」
「チームメンバーになりたがってたというか、俺がこういうコマとして使えそうだと思ったから、声掛けたんだ。本来、四級なんかウチじゃ使いもんならなぇ」
詩織は膝から崩れ落ち、顔を覆う。
「あっ、あ……ああああああああぁぁぁ……うわああああ、ああ!」
泣き崩れる詩織の肩を、奈々美がそっと抱く。
結衣はその横で、無言のまま、薙刀の切っ先を替山に向けるように構え直した。
「おっと……怖ぇなぁ。その様はカッコイイけどよ、結衣。敵の言葉そのまま鵜呑みにするのか? 実は詩織も全部知ってて、お前を騙しているって説も無くはないだろ?」
「それは色々辻褄が合わないだろ。バカにするな。それより、アンタたちは何故、六本木に【氷花】が出たと知っているんだ? 易々と手に入る情報じゃない」
結衣のその毅然とした態度と、核心をつく思考の鋭さをフンと鼻で笑って替山は「これだから勘の良い女は嫌いなんだ」とまた吐き捨てた。
そして女探索士に目配せをする。
「んもう……人使い荒いなあ、ヒロキは――日夏ちゃん、何で【氷花】の出現を知っているかって……それはね、私たちが作ったからよ――こうやってね!」
女探索士がポニーテールを揺らしながら両手を広げて突き出す。
「な、なんかヤバいよ!」
エクトプラズムの動きを見て奈々美が叫ぶ。
次の瞬間――結衣と奈々美、詩織は天井に居た。足を天井に、頭を地面に向けて立っていた。
しかし当然、天井に立っていられたのは、ほんの一瞬だけで3人の身体はすぐさま、10メートルくらいの高さから自由落下を始める。
当たり前のように、真っ逆さまに。
「きゃ、きゃあ!」「うわぁ!」「……! テレポート?! い、いや、これは……」
結衣達の立っていた場所だけが上下入れ替わっている。
空間ごと切り取られ、あべこべに付け替えられたような。
(ま、まさかSS? こ、こんな意味不明な……)
そんなことを考えている間に地面が近付いてくる。
10メートルくらいなら、結衣はなんなく着地できるし、そもそも頭を打ったって、首の骨を折ったって死にはしない……だが、あとの2人はわからない。
「な、奈々美! 詩織ちゃん!」
逆さまの視界を見渡すと、明らかに奈々美の落下スピードが速い。
(な、何で!?)
落ちながら手を伸ばすが、届かない。
「お、おお……うっ、わ! ゆ、ゆいっ」
――ゴシャっと、嫌な音が1つして、その後に2つタタンと着地の音がした。
「奈々美!」「な、なーちゃん!」
結衣は両足で難なく着地、詩織は四つん這いになりながらも無傷で着地していた。
奈々美だけ、着地も受け身も上手く出来ず、頭から地面に直撃した。10メートルとはいえ、良くない落ち方。
頭蓋が割れて、首の骨が砕けた音がした。
結衣の脳裏に、ひったくり事件が過ぎる。もしこれが奈々美の『残された死』の1つだったら――
「いぃいいいっ――痛っ……たい! 痛い、痛い、痛い!」
奈々美が飛び起きた。
「も〜最悪っ! めちゃくちゃ怖かったし、めちゃくちゃ痛い! むふん!」
鼻を鳴らして怒る奈々美。
「……え、いや、奈々美? 大丈夫なの?」
「…………え? 何?! うっさいなぁ! ――って、ああ……あ、ごめん。全然、大丈夫だよ。へへへ」
大きな怪我からの復元直後は、キャラがおかしくなるのは良くあることなのだが――今はそこではなく……
(早すぎる……)
恐らく今、奈々美は頭から落下し、致命的なダメージを負った。
音や見た目など、状況的に間違いない。
しかし――それに続いて結衣が着地し、奈々美の元へ駆け寄ろうとするよりも早く、そのダメージが回復していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます