3-7 元婚約者がそこに居たって……

「うぐぁっ……ああ、ああぁああ…………どう……し、て」


 肉や骨を捻じ切られるように空いた穴から血が噴き出して、詩織は後ろ向きに倒れ始める。


「詩織ちゃん!」


 すぐに詩織の横へ回り込み、そっと抱きかかえる結衣。


 白いドレスがみるみる赤く染まっていく。


「さ、さすが……の、体捌き……ですね――ありがとう、ございます。でも、大丈夫……私、これでは死なないです」

「そっか……そ、それならちょっと安心した――でも、それより……」

「何で、俺と三ケ月詩織が知り合いなのか、気になるかぁ? 結衣」


 大広間の入口には4人の男と、1人の女が立っていた。その中心に立つ小奇麗な男が結衣に向かって言葉を放り投げてきた。


 その右隣にはモジャモジャ頭の男が立っていて、両手に回転式拳銃を構えている。

 銃口には残煙が揺らめく。


「さっきの音はあの銃か。なんだあのモジャモジャ、目ぇ見えないじゃんか! ……ていうか、あの真ん中は、まさか……」

「…………アレは、替山弘樹。私の元婚約者――」

「え! あ、あれが……!」

「うぇえ? 日夏さんの婚約者、なんですか? 替山さんが……ぐぼぇあ!」


 口に手を当ててわざとらしく驚く奈々美と、口から血を吹き出す詩織。

 替山の後ろに居る4人のチームメンバーも、なんとなく事情を把握している者も混ざっているようで「ああ、あれが」とか耳打ちしたりしている。


 そんな状況に『やれやれ仕方ないな』といった面持ちで一歩前に出る替山。


「ふう……。『アレ』呼ばわりなんてヒドイじゃないか、結衣」


 肩を窄めて両手を広げてみせる。


「どの口が、ほざきやがる。何でこんな所に、アンタが」

「いやいやいや! 結衣が【氷花】を探しに潜るってウワサを聞いたから助けに来たんだよ」

「――は?」

「ま、そんなん嘘だけど」


 舌をペロッと出して蛇のように笑う替山。

 その笑みは、奈々美に『本当にこんな男が、結衣の元婚約者?』と疑念を抱かせるには十分過ぎるほど不穏な笑みだった。


「何してんだよ、詩織の奴はよ! なんで日夏結衣のこと助けちゃってんの? もう少しだったってのにさぁ!」


 モジャモジャヘアーの男が頭をガシガシ掻きながら喚く。


「いやいや、それは俺が伝えてないから。詩織には、その辺りのこと細かく伝えていない。その方が上手くいきそうだと思ったんだけどね……」

「今回はそれが裏目に出ちゃったみたいね」


 替山を挟んでモジャモジャ頭の対象位置に立つ女探索士がポニーテールを揺らして言う。


「なにをごちゃごちゃ話してんだよ! 替山、アンタ何なんだ。何でこんなことするんだ……いや、それ以前に何でダンジョンにアンタが居るのよ?」


 ドン! と石突きを地面に突き立て荒々しく替山を問い質す。

 横に居る奈々美も同じようなことを思っていて、睨むようにしながら頷く。


 もしこの替山という男が本当に結衣の元・婚約者なのだとしたら、結衣との婚約を破棄した理由は『結衣が探索士だから』だったハズだ。

 そんな暴論をぶつけた本人が探索士であるなんて……


「くくく……それは受け取り方の間違いだよ、結衣。俺は、『終集家』を辞めてくれって言ったかも知れないけど、別に探索士そのものを辞めてくれとは言ったつもりはないよ〜?」

「……っ! だけど……そもそも、アンタが探索士だったなんて……」


 話していなかったっけ? 伝えていたつもりだけどなぁ……ああ、でももしかしたら伝えていなかったかも知れないな。

 もしそうだったら申し訳なかった――などと、替山は言う。

 のらりくらり、飄々と。


 その様子に、奈々美は結衣以上にキレていた。


「替山さん? どうも初めまして。アナタのことは結衣から聞いていました。結衣に何をしたかも」

「ふうん、そうなんだ〜……『何をしたか』か。なんか悪いことでもしたのかなぁ? ねぇ、皆」


 後ろのチームメンバーに向かって投げ掛ける替山。奈々美には火に油だ。


「はぁ? 結衣を、一方的にフッたんでしょ!」

「いやいや違うよ。婚約破棄だよ。それに一方的でもない。だって俺のお願いを聞いてくれなかったんだからさ。仕方ないじゃない。結婚式場はどうしようかなんて話し合っていたのに……残念だったよ」


 ギリっと奥歯を噛む奈々美。これこそ『裏切りの構図』そのものだ。裏切った側には自覚も罪の意識も何も無い。

 当然の流れ、致し方のないことだと真顔で言い切る。


「ところで、キミは。もしかして……夕星の血縁かな?」

「え?」

「ふふふ、やっぱり? ま、君の素性も、俺と結衣の過去も今はどうでも良いことなんだ」

「ドウデモ?」


 しばらく黙っていた結衣が口を開いた。そして空気を震わす。

 ミシリと大広間をまた軋ませると、替山のチームメンバーも「……うおっ!」「だ、だからなんで三級なのよ、これで」と慄いて身構えた。


「な? 危険だろ、コイツ。出来れば第1フェーズで引退を決意してくれりゃあ良かったんだけどなぁ」

「第1……フェーズ?」

「うん。俺との偽婚約話。婚約の条件を聞き入れて探索士を辞めるか、あるいは婚約破棄の失意で辞めるか……そのどちかが、実に平和的な結末だったんだけどな」

「ど……」

「どういうことよ!!」


 はぁ――と大きくわざとらしい溜め息を吐いて、めんどくさ気に片膝重心になって、顎を突き出すようにして目を細めて言う。


「はぁ……こうなってしまったら、それこそもうどうでも良いか。ちゃんと後始末さえすりゃあ問題無いよな」


 独り言のようにボソボソと替山は呟く。そして詩織を指さす。


「さっきソイツが〝【氷花】は、裏でも表でも高値が付く〟みたいなこと言ってたろ? それは間違いない……だが、裏の世界に限って言えば、今最も高値が付くモノがある――それはな、結衣……お前を殺すことだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る