3-6 聞き覚えのある声がしたって、私は死なない

 微塵切りにされて無くなった結衣のアタマは、すぐにまた復元を始めていた。


 その間に、急いで奈々美と詩織は、結衣のもとへ駆け寄り、仰向けに倒れた首なし結衣を両脇から押さえ付ける。


「……すみません、【氷花】に魅了されてしまった際の対処法は、これしかないんです」

「はぁ、はぁ、なるほど……【氷花】で死なれてしまう前に殺すってことか……死なないけど。いやぁ、流石に今回は焦った。助かったよ、しおりん」


 第3の死――【氷花】。


 それは『取り込めば誰でも必ず死ねる』という、この狂った世界の〝いびつ〟を集めて咲いたような花。 


「確か、これで1日くらいは、再び魅了されることはなかったと思います、が……個人差あるかもなので安心し切れはしないです」


 奈々美と詩織の、上がった息が落ち着いてきた頃……結衣の頭も完全に回復した。


「……あ、あれ?」


そして、首の骨を鳴らしながら、辺りを見回すようにする。


「なんだなんだ? 何故、2人に取り押さえられているのかな、私」


 素っ頓狂な反応に、奈々美は涙目で怒る。


「このバカ! 勝手に死のうとしてたんだぞ、今」

「え? 嘘、私が? そんな……」

「【氷花】に魅了されてしまったんです。日夏さん、『ダイヤ』だったんですね。すみません、細かいところ確認抜けていました」

「魅了? ど、どういうこと?」

「そうですね……キチンと説明しないといけませんでした――」


『残された数』が、その身体に幾つあるのか――少なければ、死ににくい。


 つまりヒトとして強度・硬度が高いということ。


 最近はそれを鉱物の硬さの指標であるモース硬度に準えて、『残された死』が1つなら『ダイヤ』、2つなら『コラン』なんて呼ぶ風潮がある。


 3つなら『トパズ』、4つは『トルマ』、5つは『ラピス』、6つは『アパタ』、7つは『フロラ』、8つは『カルサ』、9つは『ジプサ』……といった具合に。


 10個以上は、敢えて個数を表現したりしないので、1〜9までに固有の表現があるようなイメージだ。


 この狂った世界の中でも特に『ダイヤ』と『コラン』、『トパズ』は別格の存在だ――限りなく不死身で、限りなく不老不死。


 かつて無数にあった死因の中から、ピンポイントでその1個や2個のアタリを探し出すのは、ほぼほぼ不可能であろう。


 仮にもしそれを知ることが出来たとしても【自死】を失っている身体では、その死因を自分で実施することも出来ない。


「大雑把なのか、神経質なのか分からないよね。この世界の神様は」

「そうですね……『トパズ』以下? 以上? の人たちには、更に絶望的な追加設定もありますし」


 前提条件的な死に辛さだけでも『ああ、自分はもう死ねないんだ』と諦めるには十二分な要素だ。


 しかしこの世界の神様は絶望の上塗りが好きなようで――元々の『残された死』が3個より少ない場合、どういうワケか【死氷】をいくら取り込んでも、その死因が反映されることはない……つまり延々と『残された死』の数は変わらず1〜3個のまま。


 つまり『ダイヤ』や『コラン』、『トパズ』だと、どう足掻いても寿命の獲得が出来ないのだ。


 勿論、当人たちもそれを認識している。


 偶然、運悪く、他より強い呪いを被ってしまっている……と諦めて生き続けることを受け容れている。4個以上の人々は、少しずつ【死因】を増やしていけるのに――

 

「でも【氷花】があれば、その呪いをたちまち解ける……『ダイヤ』とかの私たちは、本能的にそれを求めてしまって」

「あんな風に正気を失ってしまうと……いやぁ、怖いな。あ、結衣、替えの髪留め使う?」

「あ、ありがとう! 後ろ髪、まとめないと集中出来なくてね……これ、可愛いね」

「でしょ? 結衣、好きそうだなと思って、十条銀座で買っていたんだ」


 例え、実物が目の前に無かったとしても、その呼び名だけでも『ダイヤ』や『コラン』は惹き付けられる。

 初めて詩織の話を聞いた時、強烈な魅力を感じたのもそういう理由だ。


 終わらない日々を、終わらせたい願望……そんなことを思っていると自覚は無くても、実は誰の心にもその願望は眠っている。


「……うっわぁ……ショックだ…………なんか、ほぼ記憶無いんだけど、物凄く酷いこと言ったような気がするんだけど――」

「はい。そうですね」「うん、そりゃもう罵詈雑言の嵐」

「ひ! ひいぃいい……ご、ごめんなさいぃぃぃ」

「まあ、それは冗談として……この特別試験って、【氷花】のそういった性質を加味すると、ただの昇級の裏ルートっていうよりも〝一級や二級にやらせられないことをさせられる奴〟を探し出す目的もありそうだね」

「そう言われてみるとそうですね……【氷花】は、表でも裏でもとてつもない金額で取り引きされていますからね。『残された死』の数も種類も一切関係無く、一撃で死ねるので」

「はぁ……この世界、死にたい人多過ぎ」

「ま、そりゃ仕方ない話さ」


 結衣が落ち着いたことを確認して3人は、改めて大広間の奥で妖しく光る【氷花】を見る。


「とは言え。試験自体はクリアじゃん!」


 奈々美が両手をパチンと大きく打って言う。

 結衣はコソコソっと奈々美と詩織の陰に隠れるようにしている。


「う……うん」

「大丈夫ですよ! 多分、半日くらいは、また狂ってしまうことはないハズですから!」

「狂って……」

「おめでとう、結衣! しおりん!」

「う……うーん」


 眉間に皺を寄せる詩織。素直に喜べないと言った表情。


「確かに……この特別試験はチーム全体が昇級の対象になります……でも今回は私、辞退します」

「え。何で? もったいない。せっかくここまで来たのに……そもそもそれが目的の依頼だったんでしょ?」

「暴走結衣の言葉に思うところは色々あるとしてもさ、レベルアップはしておいて損無いよ。足りないもの後から補ったって全然良いんだから」

「私の言葉に思うところ? いやぁ、そんなかぁ…………なんか傷付けるようなこと言ってたらホントごめん。いや、マジでごめん」

「いや、自分の心で思ったことです。私だけじゃ、日比谷線側も踏破出来てませんもん。足りないものは、というか何もかも足りません……流石にちょっとこの現実を、受け容れてしまえるほど、私、図太くは生きられません」

 

「そりゃあそうだろ。お前、圧倒的に不合格だよ」


 大広間の入口の方から、誰かの憤慨めいた言葉が聞こえてきた。


 結衣は驚き振り返る――急に声がしたことよりも、声がした瞬間まで誰かが近付いて来ていたことに気付かなかったことよりも……その声がであったことに驚いた。


 全身の血が沸騰するような感覚に見舞われた。


(この声――まさか……)と思いながら振り返る。


 しかし、その声の主の名を最初に口走ったのは結衣ではなかった。


「か、替山さん! いらしてたんですね……ご足労いただいたのに申し訳ありません。でも次こそは、か――」


 瞬間……ドォン、ドォン、ドォン! と3回の轟音が鳴り響いた。

 そして詩織の上半身に3つ、大きな穴が空いた。

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