3-5 死に魅了されたって、私は死なない
六本木の地下鉄ダンジョンが、他の場所と比べて【黒曜】の出現率が高いとはいえ……今日は一段とその数が多かった。
「前に来た時は流石にこんなんじゃなかったなぁ……やっぱりこれって【氷花】があるせいなのかな?」
【氷花】――それは今、結衣たちが六本木の地下鉄ダンジョンに潜っている理由。
そしてここが特別試験の対象になっている理由。
「はい、日夏さん。恐らくですが……それで間違いないと思います」
「人々が失った死因のどれかが内包された【死氷】とその単純な巨大版【死氷塊】……そのどちらとも違う『第三の死』」
「まあ、なんにしても。やっぱり一般的な三級以下はまずムリな試験だ。ダンジョン死が増えるだけ。その分またゴーレムが強化されるだけだわ」
「日夏さんが一般的ではないような言い方ですね」
「そりゃそうでしょ! なんて言ったって結衣は……」
そこまで言って奈々美は、口をつぐむ。
詩織もそれをたしなめるようにウンウンと無言でうなずく。
「何? 急に止めないでよ。気持ち悪いなぁ」
「い、いや、やっぱり普通に結衣は強過ぎるって話。だってほら――こんなあっさり……六本木の地下鉄ダンジョン、完全踏破だよ!」
そこはダンジョンとしては異様なほど、まっさらで綺麗な空間。
大きさは結衣の家のリビングの5倍くらい。
戦闘の形跡など皆無、壁や床もツルツルでピカピカしている。
そして何故か明るい。
その空間の入口に、3人は立っている。
「こ、ここが六本木の最深部の大広間ですか! 広いですね!」
「うん、今の……ね」
歓喜の詩織と冷静な結衣。
結衣が敢えて『今の』と表現したのは、以前に潜った時とはダンジョン全体が、全く異なる構造だったからだ。
結衣も『こんなに変わるものなのか』と驚いている。
「と、言うか速過ぎませんか! RTAでもしてんですか?! ここ、六本木の地下鉄ダンジョンですよ? 都内でも新宿に次ぐ危険度なんですよ? それをほぼ1人で……私が足手まといなのは置いといて……しかもこんな短時間で」
「だから……それは結衣が」
「うーん、どうなんだろ? 確かに【黒曜】はうじゃうじゃ出たけど、それだけだったよね。それ以外は別段難しいところが無かった……トラップ的なものも、分岐と言うか迷路的なところも無かった。ほぼ一本道だったよね」
「言われてみれば……確かに」
「そうですね…………って、そのうじゃうじゃだけでも十分ヤバいんですよ?」
「……なんて言うか……ここへ案内されているような気さえしたよ。で、ただ歩くだけじゃつまらないだろうからって、暇つぶしに【黒曜】をあてがったみたいな――――それに、私たちより先に入ったチームはどこ?」
淡々と言う結衣に、奈々美と詩織は身をすくめる。別に寒くはない。
「誰かが、私をここに連れてきたかった……のか?」
言いながら結衣は、その空間の奥で光っているものを見詰める。
そしてついに結衣は敷居をまたぐように、最深部のだだっ広い、大広間へと足を踏み入れた。
その瞬間――
「ま!! そんなこと~!! どおおおおおおでもいっかぁあ!!!!」
六本木の地下全体に響き渡るような爆声。
大広間の壁や床にも亀裂が走る。
「え……うる、さっ――」「ど、どうした?」
奈々美と詩織も耳を塞いで慄く。
「どうしたもこうしたもないよ! 今! 目の前に! 【氷花】があるんだよ! 最高じゃないか! これは私のモノだ! 誰にも渡さない、私だけのモノだ!」
目を血走らせて咆哮する結衣――のような誰か。
きっと奈々美と詩織はそれを結衣だとは認識出来なかっただろう。
「どうしたの、どうしちゃったの! ねぇ、結衣!」
「え……まさか、コレって」
動揺する2人を置き去りに、結衣は飛んだ。
部屋の奥にある【氷花】に向かって。
「これは……これは、これは! 私のモノだ!! わたしの、【死】だ!! 誰にも渡さない、誰にも渡せない! 誰にもくれてやらない……! 詩織ちゃんだって、ここまで来るのに何も貢献してないんだから! 文句無いよね?! 文句あるなら私が殺すから安心して! 良い加減ウンザリなんだよ! いつまで経っても死なないこの世界! 私がたまたま『ダイヤ』だからってなんでこんなに生き永らえさせられなくちゃならないのよ! 弱くて脆い連中ばっかり先に死んで! そんな連中のために私はずっと【死】を集め続けて! なんで私はいつまでたっても死ねないのよ!? それなのになんで私が蔑まれなきゃならないの? 冗談じゃないわ! もう死んでやる…………この! 【氷花】を取り込んで! アヒャヒャヒャ! 死ねぇええええ、日夏結衣いぃいいいいい!!!!」
狂った――
すぐに奈々美も詩織も直感した。結衣は目の前にある【氷花】によって狂わされてしまった。
「なんで……なんで? 日夏さんが……『ダイヤ』なんですか? 日夏さん、三級探索士なんでしょ? 普通、『残された死』が3つ以上あるハズじゃ……」
「ど、どういうこと? 『残された死』の数が、この状況とどう関係あるの?」
日夏結衣は三級探索士である。
しかし、その実力は一級相当。
これは腕っぷし以外にも『残された死』についても同じ。
一級や二級になる探索士のほとんどが『残された死』が1つの『ダイヤ』か2つの『コラン』だ。
逆も同じことが言えて、『ダイヤ』か『コラン』ならば、二級以上となることがほとんど。
『残された死』の少なさにより、エクトプラズムの量が多かったり、それにより強力なSSを持っていたり、単純な身体能力も強化されているし、傷や致命傷を負った時の復元スピードが格段に早い。
だから『ダイヤ』や『コラン』の探索士の方が、成果を上げやすい。自ずと上級の探索士となっていく。
しかし結衣は、このセオリーから外れていた。
「……と、とにかく! 今は日夏さんを、正気に戻さないと! 出ておいで、『折り紙』」
ハッと目を丸くする奈々美。
「私が作った史上、最も薄い緋装……『折り紙』。それ、まだ使ってくれているのね。嬉しいよ、根無し草」
「……もう、こんな時に嫌味ですね。この子たち以上に良い緋装、他では出会えませんからっ!」
そう言って詩織は、バッと両手を広げた。
すると、詩織の身体のあちこちからメモサイズの紙切れのようなものが出て来て、空中にフワフワと浮いている。
詩織が広げた両手を、オーケストラの指揮者のように振るうと、それに呼応してその紙切れが舞い出した。
「しおりんの秘技、〝雪かご〟……久し振りに見た」
「以前お見せした時より、扱える枚数も精度も! めちゃくちゃ上がってますから! 刮目して下さい!」
右手を、1度天井に掲げてから振り下ろす――その動きに合わせて数え切れないほどの『折り紙』がザザザァと結衣に向かって飛んで行く。
「さっき『ダイヤ』と聞きましたので、多分大丈夫ですよね。ひと思いに切り刻みますので……すみません、日夏さん」
詩織が右手と左手を交差すると、無数の『折り紙』が結衣のアタマを、四方八方から通過した。
そしてまた結衣のアタマが無くなった。
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