3-4 双子ダンジョンでも、私は死なない

 六本木の地下鉄ダンジョンは、その構造から『双子ダンジョン』と呼ばれたりする。


 元・日比谷線側と元・大江戸線側――単独でも北千住を上回るくらいに巨大なダンジョンが2つ、並んでそこにあるようなイメージ。


 2つあるように見えるのが、ミソというかワナで……六本木が特別指定されている大きな要因。




 地上から直接入れるのは日比谷線側なのだが、それ単体で見たら大きさこそあれ、難易度はそこそこなのだ。


 それを示すように日比谷線側の最深部への到達記録は多く残っている。




 しかしそこには、【死氷】の親玉【死氷塊】は無い。


 誰かが既に回収したというわけでもない。


 その理由は明白で、ダンジョン全体で見たら、そこは最深部ではないというだけの話。




 だがしかし、日比谷線側だけでも大きいは大きいので『最深部に到達した!』という錯覚してしまう探索士も多い。



 そして『もしかして噂に聞くより難易度が低いんじゃないの?』などと思い始めて、じゃあもう片方の大江戸線側も楽勝だろう、と短絡的で楽観的な思考にさせられてしまう。



 しかし、それが運の尽きなのだ。


 双子のもう一対である大江戸線側は、完全に別物で別次元。





 双子などと呼ばれているのも悪因で、危険度の乖離具合からすると双子よりも親子の方が、より近しい表現だろう。


 一説によると、六本木の大江戸線側は国内で最も頻繁に内部構造が変わる地下鉄ダンジョンらしい。


 ルートが変わるのは当然として、ワンフロアの規模も変わるし、トラップの数や位置、種類なども変わってしまうので、攻略法的なものを確立できない。


 だから毎回毎回、初見のような状態になってしまう。


 それだけでも進んでいくのが困難なのに、加えて更に、出現するゴーレムのレベルも当然高い。




 その他の地下鉄ダンジョンなら、3回潜って1回お目にかかるかどうかの【黒曜】が、ここにはうじゃうじゃ出るのだ。


 複数体で連携を取ってみたり、騙し討ちを仕掛けたり……戦術的・戦略的な動きをするものも多い。


 初見の内部構造に気を取られていると、あっさり『贄』になってしまう。




「都内の【黒曜】の震源地、って噂されてるのも納得の数じゃないですか!」

「震源地理論を証明するには、各ダンジョンが横で繋がってるルートの存在が必要だけどね」

「ねぇ! ねぇねぇ……結衣! 多分、今、それどころじゃないよ? 大江戸線側に入った途端……質が変わった感じだよ! きゃあ! 危なーい」



 結衣と奈々美、詩織の3人は、 六本木の地下鉄ダンジョンの浅い方――日比谷線側の探索をあっさりを終えて、続いて大江戸線側の探索へ移った。


 日比谷線側の最深部には、来たルートとは別の上層へ向かうルートがあった。




 そこを通って一旦、B3くらいの浅いフロアへ上ると、大江戸線側への横道がある。


 その連絡通路からしか大江戸線側へは入れない。地上から直接潜るような方法は無い。




 B3フロアからの横道だから大江戸線側でも同程度なのだろうと思ってしまうが、それもまた間違いで、そこは既に日比谷線側の最深部より深い。



 連絡通路で、位相ズレのような現象が起きているらしい。


「ははは! 大丈夫! つーか、こりゃ面白い!」


 そんな中――結衣は日比谷線側で最深部へ到達したなんて慢心は一切持っていない。


 拍子抜けではあったが『じゃあ、あっちも楽勝じゃね?』という感想ではなく『あっちはきっとその分、ずっとヤバいんだろうな。楽しみ〜』と予想していた。



 だから大江戸線側へ入った途端3体の黒いゴーレムに襲われても全然、想定以下の想定内だった。


 1体を頭から真っ二つにして、返しの刃で2体目を逆袈裟斬りにし、3体目は首を落とした。


 すると暗闇の奥から熱い殺気を感じて、真横に飛び退くと真っ赤に熱せられた鉄塊のようなものが、鼻先を掠めた。




 ピンクグレージュの緩ふわパーマが少しだけ逃げ遅れて、先端を焦がされた。


「あ……っついじゃない!」


 獲物を狙う四足獣のように地を這って、空気の揺らぎから熱気の元を辿る。


 6回くらい地面を掻いたら、その出処へ到達した。




 そこは、鉄塊を投擲したらしき黒いゴーレムの懐。まだ片足立ちでフォロースルーの体勢のまま。




 結衣はその【黒曜】の真下の地面――ちょうど正中線の延長線上あたりに、薙刀を斜めに突き刺さして急ブレーキをかける。


『グ、グ、グオオオ!?』


 信じられないとでも言いたげな咆哮。あるいは、ちょっと待てとでも言いたいのだろうか。


「……何言ってるか分からないよ。ごめんね!」


 結衣は、身体を反転させて【黒曜】に背中を向け、突き刺さった薙刀を右肩に担ぐようにする。




 そして、そのまま背負い投げのごとく振り抜いた。


 薙刀が一瞬、大きくしなる。




 等比級数的に高まったストレスを爆発させるように、真っ直ぐに形を戻しながら切っ先が迸る。


 その残光が下弦の月のような軌跡を描いた頃、鉄塊を投げたゴーレムは、股下から頭に向かって真っ二つに分断されていた。



 薙刀の切っ先からは衝撃波が放たれて、天井や床までを深々と抉って行く。


 土埃、砂埃が舞う中、ゴーレムも塵となって消えていった。

 その黒と茶色の粉塵の中で……結衣は白く可憐に、そして冷たく美しくあって――どこかやっぱり死神然としていたのだった。

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