3-3 ダンジョンを散歩したって、私は死なない

「はい、いっちょ上がり! ……ん、にちょうか?」



 刀身から一番遠い、逆の先端にある『石突』に、親指と人差し指で引っ掛けるようにして握った薙刀は、身体の左斜め後ろまで振り抜かれている。



 結衣のリーチと、踏み込みなどを合わせれば、優に5メートルを超える間合い。


 一瞬前までは、1メートルほどしかなかった間合いが、刹那の間に超・遠間となった。



 刀剣系ではあまり考えられない遠距離間だ。


「ふっふー!」



 結衣は肉食獣のような笑みで残りの4体を威嚇する。

 その内の形態変化をしていない2体が、すぐに臨戦態勢をとる。




 1体は片腕を大砲のように変形させ、もう1体は全身におびただしい棘を生やした。

 大砲になった右腕を結衣に向って構えると、キュイィィン……高周波が鳴る。



(あれは、受けちゃマズそうな感じがするな……でもこの位置だと私が躱すと、後ろの奈々美達に当たってしまいそうだから――)



 高周波の高まりがピークに差し掛かった辺りで砲口が光る。

 恐らく贄から奪ったエクトプラズムを光線状に射出するつもりだろう。


「……一旦、光が消える」


 結衣がそう呟いやくと同時に砲口の輝きがフッと収縮した。

 それを見てニヤリを笑みを浮かべながら、左手で送り出すようにして、また柄を右の手の中を滑らせる。



 音速に近い速度で石突が伸びて、砲口の腕を下から小突く。

 真上に跳ね上げられた砲口から眩い光線が射出されて、天井を貫いた。



 腕を跳ね上げられたのと射出の反動で、よろけた3体目の頭部を、また石突を振り下ろして叩き割る。


「はい、3!」


『グオオオ!』



 遠距離と近距離で連携を取りたかったであろうトゲトゲが単身突っ込んで来た。



 突っ込んで来たが、たった1歩だけだった。


 トゲトゲの突進はそこで終わった。結衣が投げた薙刀が胴体を貫通していた。トゲトゲ諸共。



「その手の変身は、この前も見たから。面白くない……でも大砲も私、見たことあったような……勘違いか?」


 貫通して向かいの壁に突き刺さった薙刀の元に、既に結衣は居て、真っ白の柄を握ってグイッと引き抜く。



「な、投げた! 薙刀を」

「信じられない! やっぱり結衣、発想も天才的だわ」



 見たこともない戦術に、奈々美と詩織はテンションがぶち上がっていた。


 その歓声は残念ながら結衣には届いておらず、当の本人は至ってマジメに――しかし淡々と、最後に残った黒い泥人形ゴーレム2体を半身に睨む。



「このお二人は、今までのとちょっと違いそうなんだよね……」



 現れた時から形態変化をしていた2体。


 その表皮は、黒と言えば黒だが他の個体と比べるとやや赤黒い雰囲気。



 その1体は通常より少し細身になっていて、頭部から無数の触手が生えている。

 ウネウネと動くその先端は、刺されたら肉が抉られそうな歪な突起がある。そして太くて長い尻尾も着いている。



 もう1体は、端的に表現すると半人半馬――つまりケンタウロスのような見た目。

 上半身はちょっとムキムキなくらいで通常とそこまで変わらないが、下半身が馬のようになっていて足が4本ある。



「あれは……相当ヤバそうじゃない?」

「そう、思います」



 ギャラリーの2人も心配している。


 詩織も【黒曜】は、何度か見たことがある。戦ったことこそ無いが、変形するものもの見たことがある。


 しかしこの2体は、ずば抜けて異質な雰囲気を漂わせている。



「今までの黒いゴーレムが『真夜中の学校』みたいなストレートな恐怖だとするなら……この2体は『人が誰も居なくなってしまった夕暮れ手前の街』みたいな怖さだなぁ」

「めちゃくちゃ的を射てますね……」




 ジャリっと歩幅を少し広く取り、重心を落として、薙刀をゆらりと下段に構える結衣。


 恐らく、結衣にとっても、これまで出会った中でも屈指の強敵だが――



「ゴメンだけど今は負ける気がしない」


 ミシッと空間が震えて軋んだ。

 結衣が放ったその圧で、色無しの何体かは表皮に亀裂が走った。



 すると、触手頭と半人半馬の泥人形ゴーレムは後退あとずさりするようにして、スっと闇の中へ消えていった。

 結衣はしばらく構えを解かずに、周囲を警戒する。



「……姿を消して、奇襲――ってワケでもないみたいね。拍子抜けだけど、目的は違うから……都合良いか」



 ダラんと構えを解くと「奈々美、詩織ちゃん、行こ!」と叫んだ。



「え、色無しまだ沢山いるけど!」


 奈々美と詩織は何故か抱き合うようにしている。


「大丈夫だって。もう私を襲ってきたりしないよ。色無しの子達は」


 その言葉通り、置いてけぼりにされたゴーレムたちは襲う気配なんて微塵も発さず、寧ろ花道でも作るかのようにして結衣から距離を取っていた。




 奈々美と詩織が駆け寄って来るのを待って、結衣は下のフロアを目指した。まるで、散歩でもするかのように。

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