3-2 待ち伏せされたって、私は死なない

 知名度的が高いので【都内最高難易度】というと、新宿の地下鉄ダンジョンを想像する人が多いが、六本木も実は全く引けを取らない。



「元々、地下鉄の駅としては日本一の深さのホームがあったからねぇ……まあ、青函トンネル駅のがプラス100メートル深いんだけど」


「青函トンネルは、国内初の指定管理ダンジョンだしね」




 3人はまだ入口から続く長い下り階段を下りている途中だった。


 一応、ダンジョンの内部ではあるが、こういった階段などでゴーレムが出てくることは無い。


 足場が悪いからだろう。



「そう言えばさっき詩織ちゃん、変なこと言ってたよね? とっかえひっかえ〜とか。アレ、何?」

「あ! いや! 日夏さんが、特別試験のこと言いそうだったので……」

「もしやダメなの?」


「ダメというか、警備員レベルの人は知らないんですよ。知らない方が良いし」

「ただでさえ危険度の高い指定管理ダンジョンが、特別試験の対象になっているなんて知ったら……より辛いかも知れないもんね。さっきの警備員さんなんか、病んでしまいそうじゃん」


「そうです。それこそがさっき話していた2つ目の理由です。これは今回の特別試験に限った話です」

「あー……六本木ダンジョンだから、か」



 コクコクと頷く詩織。



「そもそも都内・国内屈指の危険度なんですよ、六本木って。そこが試験の対象になったってことは、更に危険度が増しているってことです」


「飛び級の昇級目当てに、実力不足の探索士が沢山やってきたら……ヤバいね」

「だから、今回はいつもより、限られた人しか知りません」


「なるほど……ん、でも、じゃあ何故……しおりんはソレを――」



「――しっ!」


 結衣が奈々美の言葉を遮る。左手を水平に突き出して。




 長い階段を下りきって、自動改札機の遺構を横切ったところで、結衣は柄を握る手に力を込めた。



 シャリンと鍔が鳴る。ゾワゾワする気配を感じる。



「ど、どうした? 結衣」

「何か、来る……」



 ザリ、ザリ……と重さと気配を可能な限り消そうとして近付いてくる黒い巨体。


 エスカレーターの遺構の裏から姿を現す。


「これはこれは。だいぶ早い御出迎えですね」

「こ、【黒曜】……! こんな浅いフロアから?」


「【黒曜】って言うんだ、アイツ。詩織ちゃん詳しいね。結衣は【死神】って呼んでいたよ」

「それは俗称です。ゴーレムは色によって、呼び名が定められているんです」




 右手に薙刀を持ち右足を1歩引いて、左前の半身に構える。





 目線だけ動かして、数をカウントする。


「……5、6。ここでこんなに居るのか」


 タイミングも良いし、数も多い。


 しかも、その内の2・3体は既に形態変化をしている。


 まるで、結衣が来ることを分かっていたかのような、周到さ。



 辺りを更によく観察すると、色の無いゴーレムも居る。

 しかしそこに居るだけで、前線に出て来る気配は感じられない。


 これから始まる戦闘を見守ろうとしているかのような雰囲気。


(私には、色無しじゃ太刀打ち出来ないから下がらせているってこと? 黒が仕切ってんの? ……そういう意思の疎通というか、統率が出来るのか?)


「いや、それ以前に――何故それを知っているのかしら」


 考え過ぎるのが悪い癖だと、奈々美に言われたことを思い出したりしながら「ま、いっか」と結衣は笑う。


「……奈々美、【インビジブル】で――って、もう居ないな! 流石だわ」

「ひ、日夏さん! ごめんなさい……私、【黒曜】とはまだやり合えません!」

「オッケー! そしたら、色無しちゃん達が騒ぎ出したら、そっち頼むね!」


 そう言うと結衣は、前のめりに倒れ込むようにして駆け出す。


 黒い6体の、先頭に立っている2体は形態変化をしていないが、結衣の動き出しに対して即座に反応する。


「反応が良いね! 池袋のよりは戦い慣れしている感じじゃん」


 横並びの2体は、結衣が間合いに飛び込んで来た瞬間に叩き潰してやろうと、外側の腕を振りかぶる。



 それを上目に見て、結衣はその間合いの外で急停止する。


 左足を前に出して突っ張って、半ば強引に止まった――ゴーレムが踏み込んで、拳を振り下ろしても掠かすりもしない程、遠い距離で。




 上背3メートル超の泥人形ゴーレムの射程外ということは普通に考えたら、身長163センチの結衣だと尚更、射程外のように思える。


 だから迎撃態勢を取っていた2体の泥人形ゴーレムは虚を付かれたように、一瞬硬直した。本当に一瞬だったが、それでも戦場では命取りだ。


 その刹那に結衣は右足で踏み込みながら、右腕に持った薙刀を振るう――泥人形ゴーレムの間合いの遥か外側から。



 長い柄の先端部分の刀身に近いところを握っている右手。


 その握力を少し緩めると、刀身の重みと遠心力で柄がすうっと手のひらを滑っていく。


「ま、間合いが! 伸びていく!」


 思わず詩織が叫ぶ。


「あんな長柄……普通、片手のブン回しだって有り得ないのに、まさか……そんな戦法、想像しないよねぇ」

「うわ! ビックリした!」


 何故かもう【インビジブル】を解いた奈々美も驚嘆する。

 隣に突然、奈々美が現れて詩織も驚いていたが……彼女たち以上に驚いたのは多分2体のゴーレムだろう。



 結衣の様子を観察する思考が泥人形ゴーレムにあったならば、長い柄の武器を短く持っているところから違和感を抱いたはず。



 敢えて短く持つという事は、小回りを利かせたい意図があると解釈出来て、機動力で近間に飛び込んで来ると予測したのだろう。


 だから結衣の動き出しに合わせて迎撃態勢をとった。



 しかし結衣は、お互いの間合いの遥か外側で、一度止まった。

 想定外の挙動に、動きを乱されていると、薙刀の切っ先がユラリと動き出した。



 だが、これこそ想定外――そこから届くわけがない。物凄く短く柄を握っているのだから。


 フェイントかと思ったが、その切っ先には明らかに殺気が込められている。



 反応が遅れた上に、どういうつもりかと思案してしまったのが悪手。


 気付いた時には、薙刀の間合いが伸びていた。もうそこは結衣の射程範囲内になっていた。



 ――しまった、と思った時にはもう遅い。


 腕をそれぞれ無様に振りかぶったままの2体の【黒曜】は上半身と下半身とを分断された。

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