03 はずれスキル
3-1 白い死神だから、私は……
中華料理パーティの後は、なかなか良い時間になってしまったので詩織もそのまま結衣の家に泊まった。
3人別々のお風呂に入ることになったので、結衣は少しホッとした。
次の日――詩織の『依頼』を実施する為、また六本木へ向かったが……その道中、結衣が一人だけアクビをしていた。
「どうした? 昨日寝れなかった?」
心配そうに奈々美が言う。
「う、うん……なんかソワソワしちゃって」
「そんなに筆記試験免除、嬉しいの? アタシはせっかく結衣の悪魔的な仕事量を減らしたのに! て、感情も無いことはないんだよ。昨日の今日じゃなくても、とかね」
「……その辺りのご事情知らず。なんか……すみません」
「いやいや、しおりんを責めてるわけじゃないよ」
「ごめんね、奈々美。でも、私……筆記、2回落ちてて……」
恥ずかしそうに苦笑いする結衣。
しばらく気まずい空気が流れた。
「んー、でも確かに! 二級以上になると、非アクティブ期間の猶予が、三級以下と比べてかなり長く認められたり、免許更新の頻度も下がったりとか……報酬面以外のメリットも大きいと思います!」
「う、うんうん! そうそう! どうせならこの際、一級になっちゃえ!」
「いや、それは出来ないです。このルートだと一階級ごとしか上がれません。このルートで一級になれるのは、今二級の方々だけです」
「えーそうなのぉ?」
そうやってワーキャーしているとすぐに六本木へ到着した。
昨日とは打って変わって、どんよりとした曇り空。
「空模様だけで、こうも雰囲気変わるかね」
改札を出てベストリアンデッキを歩きながら、結衣は呟く。
昨日と時間帯はそんなに違わないはずなのに、何故か人通りもまばらで六本木周辺が魔境のような雰囲気を醸していた。
「昨日を思い返してみても……ここ、探索士少ないよね? 今日はそもそも一般人も少ないけど」
結衣は、立ち振る舞いや、まとっている雰囲気からその人が探索士なのかどうか、あるいはどの程度の使い手なのかを察することが出来る。
昨日は、人出はあれどその中に探索士らしき人はほとんど居なかった。今日はそもそも人が少ない。
「自分で言うのもなんだけど……私みたいに筆記をスルーしたい人なんてゴロゴロ居ると思うんだけどな」
「言われてみれば確かに。六本木ダンジョンが、特別試験の対象ダンジョンなら、もっとごった返しててもおかしくないか」
結衣と奈々美の疑問に、ごもっともな考えですと言いたげに詩織は頷いて、それから口を開く。
「それには、2つの大きな理由があります。1つ目は、特別試験の立ち位置です。特別ルート……言い換えれば裏ルートです。正規のルートじゃないのですから、あまり大っぴらには告知などが出来ません」
「なるほど、そりゃそっか。既に合格している人たちから、反発なんかもありそうだ」
「はい。それに試験項目も、昨日お伝えしたように、かなりの危険度ですので……おいそれと受けて欲しくないという思惑もあるみたいです」
「クリアすれば誰でも自動でまず二級昇格……探索士であること以外に受験資格の制約が無いとすると、ビギナーでも受けようと思えば受けられてしまうのか」
「そうですね。間口を広くし過ぎてしまうと、ダンジョン死が大変なことになると思いますので」
「それにしても……『氷花』ね。いつから花になったんだか」
そんな奈々美のぼやきが虚空に消えるころ、3人は六本木地下鉄ダンジョンの入口――『1C出口』前に到着した。
「お疲れ様です」
指定管理化されたダンジョンは、入口の場所が決まっていて、そこには入退室を記録する詰め所とゲートがある。
近付くと、警備員らしき男性が声を掛けてきた。
「ライセンスを拝見します――三級の日夏様と四級の三ケ月様のお2人ですね」
「はい、特……」
「ん、ん、ん! とっかえひっかえチームを組んでる三ケ月です!」
結衣と、警備員もポカンとした。
「そ、そうですか……どうかお気を付けて下さいね。ここは規制を強化した方が良いという声も強まっているので」
「はい、ありがとうございます。今日は、私たちだけ?」
「いえ、2、3チーム潜られていますね。5人ずつくらい」
「この時間にもう2チーム……珍しいんじゃないですか?」
困りましたよ、という顔で頷く警備員。
「どこぞのダンジョンで成果を上げて来たチームか知りませんが……命知らずが増えるのも困りものです」
「私たちみたいな者を、見送るのは……辛いですか」
「そうだね……国の為に頑張ってくれいる人ばかりだ。本当は皆に帰ってきて欲しいけど……ここはどうにも難しい。最近はあまり人来てなかったから忘れていたけど。やっぱり危ないと分かっている場所へ人を送り出すのは、ツラいね。国のためとはいえ」
「……」
「指定管理化されてから半年くらい経つけど……普通は月に1人2人なのにさ。それが、今日だけで――」
「大丈夫、私たちはきっと帰ってきます」
結衣は優しく微笑んで、ゲートを通過した。暗い階段を下り出す結衣の背中に警備員の男性が「お気を付けて!」とまた声を掛けて来た。
階段を下りて、1つ目の踊り場に着いた頃――パッと奈々美が姿を現す。
「凄い……ホントに全然気付かれませんでしたね」
「見たか! これがアタシのSS、【インビジブル】!」
「いや、見えないのよ」
「ははは! 今は計器さえもスルーしてしまうレベルで発動してました!」
「ほぇ〜」
結衣は背中の筒から、緋装ベシュトラを取り出す。
薙刀は柄だけで2メートルくらいあるので、三分割されて収納されている。
「凄いのは分かったけど……またいつでもすぐ消えられるように準備しておいてね……この地下鉄ダンジョンは何が起きるか分からない」
「……うん、了解」
パチンパチンと組み終えると、片手で軽く旋回させてみる。
ブォンと太い風切り音。
「な、薙刀! 初めて見ました!」
「アタシ! アタシが作ったの」
はしゃぐ2人を他所に結衣は、深く静かに集中していた。
(何か……いつもと違う感じがする)
六本木の地下鉄ダンジョンは指定管理可されてから1・2回しか潜ったことがないし、指定可されてすぐ後の話だから、単純な比較は出来ない。
だが今、結衣が感じているのは、これまで潜ってきた数々の地下鉄ダンジョンの、どれとも違うような空気感だった。
(鉛が気化したみたいな……重苦しさだ。もしかしたら先に潜ったチームは、もう……)
そこまで考えて、その先を考えるのを止めた。
顔も名前も知らない他人のことなんか構っていられない。
皆それぞれの事情と、それぞれの覚悟でダンジョンに潜っている。気に掛けるのも野暮な話だろう。
(それに――自分が守るべきものは、奈々美と詩織ちゃん。この2人だけだ)
そう言い切れるくらい、これ程までに強く『守るべきもの』を認識したのは久し振りだった。
しかしだからといって変に気負うわけではなく、寧ろいつも以上に感覚は研ぎ澄まされている。
(でも奈々美はともかく……何で詩織ちゃんのこともそう思っているんだ? 私……)
そんなことを思いながら後ろを歩く2人の様子を、顔を向けること無く確認する。
薙刀のことでまだ盛り上がっているようだ。緊張感に欠けるが、今のところ何も起きていないし――まあ良いかと結衣は思った。
見ずとも見える――そんな感覚に浸りながら結衣は、鍔に触れるように右の片手で薙刀を握り、残りの長い柄を背中側へ這わせた。
腰あたりでキュッとくびれた真っ白なロングスカートのワンピースと、白い柄の薙刀が相俟って、その様子はまるで――
「……白い、死神」
後ろを行く詩織は思わず、そう呟いた。
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