2-11 その花の名を聞いても、私は死なない

「その……今日は突然、無礼なマネをしてすみませんでした!」


 詩織は机に手を着いて、頭を下げる。


「あら。どうしたの急に。いーっていーって! 私こそ脅かしてゴメンね。斬るつもりなら、近付かなくても斬ってるからさ」

「こっわ! 結衣、こわーい」


 ケラケラと奈々美は笑うが、詩織はそれをまだ冗談かどうか判別出来ないので、少し顔を引き攣らせた。




「あ、あの〜これは単純な興味なんですが……日夏さんって、何で三級なんですか?」

「なぬ?」

「あ、いや! あのひったくり犯との一幕からしたら、二級以上かもと思ったんですよ。もしや筆記試験に弱かったりしますか?」

「……ぐぬぬ。よく言われる……しかしほぼ初対面でそれを言うかね」

「あれ? 結衣、あの直刀の緋装が合ってないから、等級上がらないのかと思っていたけど? 筆記?」

「う、うるさいなぁ! ほらほら、詩織ちゃん、もっと食べなよ。奈々美も、ほら」



 耳を赤くしている結衣。


 それを見て、奈々美と詩織はクスクスと笑った。




「あー! なに笑ってんのよ! 全部食らい尽くしてやるぞ」

「わ、詩織ちゃん、気を付けて! 結衣の胃袋はダークマターだから」

「それを言うならブラックホールだと思います」



 3人はキャッキャッしながら結衣の作った麻婆豆腐や油淋鶏、春巻き、炒飯などを口に運ぶ。



「んあ、分かった! 結衣はさ、アレでしょ。筆記試験の『引っ掛け』にまんまとハマっちゃうタイプだね!」

「んぐっ……! げほっ、げほっ」



 むせる結衣。

 恐らく正解の反応。



「そうなんですか? 私、今は四級ですけど……筆記だけなら一級の問題、満点取れます。過去問とかやったら、そのひっかけパターンも分かると思います」

「う、うるはいわね! 蒸し返さないでよ! 餃子、いただき!」

「うわー! 箸で1列かっさらうなんて! 暴君、この暴君め〜!」

「……鶏さんも、おいひい」



 そして、お腹が良い感じに満たされた頃、結衣がゆったりと間を取って詩織に問う。



「そう言えば詩織ちゃん、三級の私が『ちょうど良い』って表現をしたよね。アレはどういう意味?」


 まだ頬をパンパンにしながら奈々美もウンウンと頷く。


「ふんふん! ふへ、ははひもふぃふぃふい」




 言葉遣いに厳しい割りに、こういうところは御行儀が悪い。



 詩織は、ハンカチで口を拭って、箸を置いて、呼吸を整えるようにした。


「実は、私……一緒に六本木ダンジョンへ潜ってくれる探索士を探していたんです。とある依頼……ではなく『案件』を一緒にやってくれる人を探していました」



 六本木ダンジョンの最深部。

 その単語を聞いて、一瞬、結衣の表情が変わった。




 今の詩織の発言を依頼と捉えるならば、難易度は最高クラス。


 六本木ダンジョンは都内でも屈指の危険度。それはつまり国内でもトップレベルということだ。



 年間何十人もの探索士が、ここで『ダンジョン死』を遂げている。



「その案件の報酬は、チーム全体が享受できるものです。なので『根無し草』と呼ばれるのも、やむ無しです」

「それは、私は気にしないよ? それより……六本木ダンジョンか……どうして、そこに潜りたいの? 寧ろ三級の私はちょうど良くないような気がするけど」



 一段、トーンを下げて話す結衣。



 その雰囲気から何かを察したのか、奈々美はパッと立ち上がってキッチンへ行き、そして冷蔵庫から飲み物を持って帰ってきた。


「炭酸の人ー? 麦茶の人ー?」


「あ、私、炭酸。ありがとう」

「じゃ、じゃあ、私も同じく……ありがとうございます……」


 シュワシュワと音を立てる液体を詩織は、少しだけしかめっ面で飲み込むと、おもむろに口を開いた。


「差し出がましいかも知れませんが……これは、もしかしたら日夏さんにも耳寄りな話かも知れないです」

「え、なに。セール情報?」

「違います」

「……タマゴが安ければ……」

「違います。んっんん……探索士の階級の話です。一般的に、階級を上げるには日々の実績の積み上げと年3回ある昇級試験に合格する必要があります」

「ふむふむ、結衣の苦手な筆記試験ね」

「凄い擦るね、この話題……ってか、一般的というより、それしか無いでしょ」


 結衣のその返答に、詩織は『やっぱり』というような含みを持った表情をした。


「実は、もう1つ特別なルートがあります。例えば日夏さんみたいに、実力と階級が一致していないような探索士向けと言えるかも知れません」

「え、そうなの? そんなの有るの?」

「……ふーん、それは初めて聞いたなぁ」



 詩織の話し方から、もしやもしや? と前のめりな反応をする結衣と、どこか怪訝な表情の奈々美。



「別ルートってことは、つまり……まさか」

「お察しの通り、筆記試験免除です。実績の多寡も関係有りません。つまり一発昇級です」

「おお、そりゃ凄い! 結衣にピッタリじゃんか! 日々の実績だって申し分無いだろうけど」

「う……うん。でもそれだけ特別扱いされるなら、その内容もかなりなものなんじゃないかな? ……あ、それで六本木ダンジョンか」



 そう言って結衣が炭酸に口を着ける。


 それに呼応するように、奈々美と詩織もそれぞれ炭酸か麦茶を飲んだ。



「確かに『六本木ダンジョンの最深部へ行ってこい』なら一発昇級も納得かも知れないね。都内でも国内でも、屈指の危険度だもんねぇ、アソコは」



 サラッと麦茶を飲み干した奈々美が言うと、またしかめっ面の詩織が首を横に振った。



「違います……今回、たまたま六本木ダンジョンなだけなんです。一発昇級の条件は、そこじゃないんです」



 詩織は喉元で暴れる炭酸が落ち着くのを待って、また大きく息を吸って吐いて、呼吸を整えてから――胸に手を当てて、ゆっくりと……言葉を選ぶようにして話し始めた。


「お、お2人は……【氷花】って、聞いた事ありますか……?」

「ひょ……ひょう? なにそれ、なにそれ! 詳しく、詳しく教えて!」

 

 ガタンと両手に手を着いて、身を乗り出す結衣。


 多分、初めて聞いた単語だが……どういうワケかそれが、この上なく魅力的なモノであるように思えた。

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