2-10 本末転倒のようでも、私は死なない
「そしたら詩織ちゃん、今日の夕方でも良ければ話聞くよ。今は奈々美とデートしてるからさ……18時頃、事務所に来てもらえる?」
「で、デート……ですか」
「そう! でぇとしてるの! ジャマしないでくれるぅ?」
「……さっき、3人でドーナツ屋さんへ入ろうって提案したのは誰かな? 奈々美ちゃん」
「ふっふふ〜ん」
口を〝3〟にして、ヘタクソにすっとぼける奈々美。
「きょ、今日の夕方ですね……事務所って、どちらに?」
「十条ぉおお〜……っと、これ名刺、はいどうぞ」
名刺を取り出して、サッと渡す結衣。
それを詩織は「すみません。今、名刺を切らしておりまして」とか言いながら丁重に受け取った。
そしてソレをまじまじと眺める。
「日夏さん……本当に、三級なんですね」
「ん? 本当にってどういうこと?」
「あ……いや、先程の警察との会話を聞いて――」
「そかそか。あ、もしや階級もっと、上の人が良かったか? 聞き間違いを期待した?」
「いえ! そんなことないです。寧ろ、ちょうど良かったんです」
「ほらほらー! 会話盗み聞きするようなマネとか、『ちょうど良い』とか言っちゃうところとか……そういうのが誤解を生むのよ!」
そんなこんなで。
そこで一旦、詩織と別れた結衣と奈々美は、六本木スカイタウンへ戻った。
まだ野次馬やらマスコミやらでザワザワしていたが全部無視した。
何件目かに入った雑貨屋さんで、好みの感じのお皿やコップなどを見つけて、それを一式2セット買った。
新しく買うのは奈々美の分だけでも良かったのだが、どうせならお揃いにしようと結衣が言い出して決まった。
この発言だけで奈々美は、詩織へのイライラやドーナツを食べられなかったイライラを忘却の彼方へ投げ捨てたみたいだった。
編み編みに伸びる紙で丁寧に包装された食器達が入った紙袋を受け取って、2人は十条へ帰ることにした。
結衣は浴衣をぶら下げ、奈々美は食器をぶら下げて電車に乗った。
揺れる車内でまた2人は座席に座らず、向かい合って立っている。
「どうして、事務所に呼ぶことにしたの?」
「ん? 詩織ちゃんのこと? きっかけとか彼女のスタンスとかどうあれ、あれは依頼でしょ。だから事務所で話を聞こうかなって。立ち話とかカフェとかでする話じゃないと、私は思うんだ。」
「なるほど」
「仕事とプライベート……そういう線引きも今までは曖昧にしてきていたけど、考え方変えようと思って!」
奈々美はハッとしたように固まった。
「あ……なんか、ごめんね。せっかくのデートだったのに、その後に予定入れてしまって」
「え、いやいや。全然だよ。寧ろ、仕事とプライベートを分けて考えていたという事実に驚きまして」
「えー? 奈々美が注意しそうな話なのに!」
「そうだよね、ごめんごめん!」
何故か大慌ての奈々美。
そして小さく「もう、結衣の言う通りだよ! 自分が間違えてどうする!」と呟いた。
その呟きは結衣には届かず、電車の走行音に紛れて消えた。
その後は、オムライスが美味しかったとか、やっぱりドーナツが食べたかったとか、今度はあのお店でご飯をたべようとか――そんな他愛も無い話をしながら2人は十条へ戻った。
自宅兼事務所へ戻ると「さー! 準備するよ〜」と結衣が音頭を取る。
奈々美は「ほいさ!」と腕まくりをして部屋を片付け始める。
そして結衣はキッチンへ。
誰か友人でも来るのだろうか――その友人を饗すための準備をしているようだった。
キッチンではカチャカチャと鍋やフライパンの音が鳴り、リビングではキュッキュッとテーブルや机が磨かれる。
「お、おお〜良い匂いがしてきた〜! 今日は中華だね!」
「うん、良いでしょ。皆んなで取り分けられて」
「餃子に麻婆豆腐、春巻き、炒飯、棒棒鶏〜! いや、ホントに凄いな結衣。お店出せるよ」
「ふふふ、次はエビチリ作ろっかな」
チラッと時計を見ると、17時50分になろうかというところだった。
「そろそろ来そうだね、詩織ちゃん」
「うん。あの子、なんだかんだ真面目なところあるから」
――ピン、ポーン
まるで示し合わせたかのようにインターホーンが鳴った。
結衣と奈々美は顔を見合わせてニヤッとする。
そして結衣が「はいはーい」と言いながら玄関へ小走りに向かう。
ガチャリとドアを開けると、三ケ月詩織がドーナツの箱を両手に持って立っていた。
「詩織ちゃん、いらっしゃい」
「こ、こんばんは……少し、早かったですか」
「ううん、全然。寧ろナイスタイミングよ」
「あ! 詩織ちゃん、それ何? まさかドーナツ?」
廊下の先から顔をひょっこり覗かせている奈々美。
「あ、はい。奈々美さん、食べたいかなと思いまして」
分かりやすく破顔する奈々美。
「ういやつめ。中へ入るが良い」
「おいこら、奈々美。ここは私の家だ」
「えーもうほとんど2人の愛の巣じゃんかー」
「あ、愛の巣……ってか、うわ、めちゃくちゃ良い匂いしますね」
ドーナツの箱を受け取って、詩織を招き入れる結衣。
「せっかくだから皆んなで夕ごはんにしようかなって。あ、詩織ちゃん中華で苦手なものあったりする?」
「いえ、基本なんでも……でもドーナツとは合わなそう」
「確かに」
「いや、そんなことないよぉ? 昔はそんなドーナツチェーンもあったらしいから」
ケラケラっと笑いながら詩織と結衣はリビングへ到着する。
「荷物預かるよ……あ、ゴメン。洗面所はそっちだった。」
「ありがとうございます、手洗ってきますね」
詩織が戻って来て、3人は声を合わせて「いただきます」と唱和した。
詩織は「美味しそ〜」とカリッカリの餃子にハシを伸ばしたところで素っ頓狂な声を上げた。
「違う違う違う! 私、仕事の話をしに来させてもらったんですよね?」
結衣と奈々美は、もう頬をパンパンにして『そうだけど?』『そのつもりだよ?』みたいな顔をするもんだから詩織は吹き出して笑った。
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