2-9 根無し草に絡まれても、私は死なない
結衣と奈々美はオムライスとパスタを平らげたあと、セットのデザートに舌鼓を打った。
結衣はティラミス、奈々美はパフェ。
奈々美は結衣のティラミスも食べてみたりしたが、意外と苦くて顔を顰めていた。
それを見て結衣は胸がキュンとしたような気がした。
そして何杯かドリンクバーを飲んだりして、そろそろ買い物の続きに行こうかという話になり伝票を持ってレジへ向かった。
「おっ願いしま~す」
奈々美が少し背伸び気味に、カウンターへ伝票を差し出した。
「はい、ありがとうございます……10番テーブル様ですね…………あ、既に会計お済です」
「……え? なになに? 結衣ったら! もう! アタシがトイレ行ってる間に会計済ませて置いてくれたの〜? スマート彼氏じゃん、きゃあ!」
奈々美が両手を頬に当ててカラダをくねらす。
しかし結衣はキョトンとしている。
「――私じゃない」
「え? 違うの? どゆこと! アタシのキュン返して」
「何かの間違いじゃないかな?」
2人はバッと店員さんの方を向いた。
「え? あ、はい。そちらのお客様が……先程ご自身の伝票と、ご一緒にと」
店員さんはカウンター脇にある、入店待ち用の椅子へ手を向けた。
その手に釣られるように頭ごと視線を動かす結衣と奈々美。
「や、どうも。ここのご飯、めっちゃ美味しかったですね」
「……!」
結衣はギョッとした。
視線を向けるまで、そこに誰かが座っている気配が無かったからだ。
(誰……この子。と言うか、いつからココに座っていたの?)
奈々美のSSとはまた違う、技術による気配の消し方。
しかも、認識の出し入れまでしている。
物理的に何かがあったことは気付いていたが、それが人だと認識出来ていなかった。
結衣が難しい顔でその少女を見ていると、奈々美が結衣の手を引っ張った。
「結衣、取り敢えず……お店出ようか。迷惑になっちゃう」
「あ、そうだね」
「……アナタもね、三ケ月詩織ちゃん」
奈々美に名前を呼ばれて、少女はハッとした。
「まさか、覚えていて下さるとは!」
「アタシ、緋装オーダーして来た子の名前と顔は忘れないから……すみません、ご馳走様でした」
奈々美は店員さんにぺこりとお辞儀をした。結衣もそれに従う。
そして、カランコロンと心地良い鐘の音に見送られて、3人は店を出た。
「一応、言っとく。ご馳走様、シオリちゃん」
「あ! いえいえ、気にしないでください。私がしたくてしただけなので」
「とは言ってもね、お礼をしないのも気持ち悪いのよ」
結衣は生真面目そうにそう言った。
「ミコゼ……シオリちゃん? 苗字、珍しいね。どう書くの?」
「三ケ月って書いてミコゼです。シオリは詩を織ると書きます」
「へぇ、珍しいね。私は日夏結衣」
結衣は笑顔で名乗り返した。そんな3人は今、並んで歩いている。
奈々美は結衣の右側にピッタリくっつくように歩いているが、詩織はその反対側――1メートルほど距離を保ちながら歩いている。
「……ふ、ふふふ……いやぁ、凄いですね。めちゃくちゃ平然と、自己紹介を淡々としている雰囲気なのに……これ以上近付いたら、斬られそうな気がします」
「勿論、斬るつもりだよ。ヘラヘラと近付いて来るならね」
詩織の方を見遣ることもなく――笑顔を崩すこともなく、それこそ淡々と、結衣は言い放つ。
今日の結衣は奈々美とのデート仕様の服装。武装している様子は一切無い。
それは詩織も分かっている。しかしそれでも『これ以上、近付いたら斬られる』と感じる。
ひったくり事件から少し時間が経過していたとしても結衣の心は未だ、火種がくすぶっている。
状況が整えば、いつでもまた爆発炎上する。
「……ってことは、手刀とかですかね……」
そう言って詩織は更に1歩、結衣と奈々美から距離を取った。
そして、踵を揃えて、両手を身体の側面に添わせて腰を折る。
「日夏さん、奈々美さん。いきなり無礼なことをして申し訳ございませんでした。ただ、どうしても今回お2人に近付きたい理由がありまして!」
「2人というか、結衣にでしょ! 『根無し草』の詩織ちゃん!」
結衣の陰から、ひょこんと顔を出して奈々美が叫ぶ。
「根無し……草? どういう意味?」
2人のそのやり取りを聞きながら詩織はゆっくりと上体を起こして、ばつが悪そうに笑う。
「いやぁ。奈々美さんまでそんなこと言わないで下さいよ……私はただ、ミッションの難易度に応じて、それに合ったメンバーを探しているだけです」
「その乗り換え方が……えげつないって聞くよ!」
「うーん。まあ、そう言われると弱いですね」
「メンバー……まさか探索のチーム? でも、いきなり過ぎない? まさか見た目がタイプとか?」
「いえ、違います」
「違うのかい」
「あ。すいません。さっきの……そこで起きた事件を、私も見ていました。その時の、日夏さんの動きに見とれてしまい……」
「あ、ああ。さっきの、見ていたんだ」
一瞬、結衣のトーンが下がって詩織は緊張したように身体をすぼめた。
「やっぱり! 今組んでいる人たちに愛想つかせて今度は結衣に目を付けたんでしょ!」
「ち、違います! ……というのも違いますね」
「どっちなのよ、はっきりして! ていうか、さっきの結衣の動き見えてたの?」
「あ、いや、半分くらい」
「半分で見とれるなんて、おかしいじゃんか!」
「え? そうですか?」
「どうせ見とれるなら、全部見えてから見とれなさいよ! ホントに凄いんだから、結衣は!」
「そうですよね、って、あれ? ……うーん、参りました」
詩織も奈々美も、結衣よりひと回り背が低いうえに、奈々美が結衣にしがみ付きながら言い合うものだから、結衣は子供のケンカの間に立たされた保育士さんみたいな気分になった。
そしてそれが徐々に面白くなってきてしまった。
「はははっ、はははは! なんだいなんだい、2人は仲良しなのかい?」
「違うよ! 全然だよ」「はい、まあまあ、そこそこに」
「え、ええ? どっちなの!」
先程までの警戒はどこへやら……笑い声と共に、結衣の警戒線は消えていた。
それを知ってか知らずか詩織も結衣に触れられそうな距離にまで近付いている。
3人は、今までもそうして来ていたかのように、あっさりと打ち解けていた。
「まあ何にせよ、詩織ちゃんは結衣に用があるんでしょ? したら、立ち話もなんだから……どっかお店入る? ほら、そこのドーナツ屋さんとか、美味しそうじゃん!」
流石に結衣も『え、まだ食べるの?』と思った。
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