3-14 小競り合いなんかじゃ、私は死なない
受けることを決めた結衣は、次にどう動くかを思案した。
結衣のSS――【アライブ】は術者である結衣が致命傷級のダメージを負うと効果が中断するという制約がある。
強制延命の効果が途切れれば、今もなお死ねずにいる替山たちが一旦死ねる(死なないが)ので、『残された死』以外では死ねないというこの世界のルールが適用される。
つまり結衣に負わされたダメージが回復し、戦線へ復帰できるということだ。
意識を失っている場合、即座に復帰とはいかないだろうが……
(あちらの4人は、このSSの効果を把握したらきっと近接戦闘を避けてくるだろう)
(そうなったら、やりにくいなぁ。意識を取り戻す前にもう1度叩きたいけど、佃野さんはそれを必ず妨害しようとするだろう)
(いや、それより……やっぱり、どうにか躱せないかな。この髪留め、壊されたくないや)
そう思って結衣は、ある意味諦めるように閉じた目を再び開いた――刹那よりも遥かに短い猶予で、この唸る戦鎚を躱してやろうという固い意志を持って。
果たして。
佃野の戦鎚『粉砕者』は結衣の頭を削り割ることはなかった。
「え……え!? 止まっ――」
眉間の手前、数センチのところで戦鎚は回転を止められていた。
空中で震えて浮いている。
目を開いた結衣が何か回避行動を取れたワケではない。
両手でしっかり薙刀を握っている。両足も、傾いてしまった地面でつんのめらないようにしっかり踏ん張っている。
それなのに、どうやって戦鎚を防いだのか――その答えは簡単だった。
「お、『折り紙』……間に合った!」
「〜っ!! ナイス、ナイス、ナァァァイス! 最っ高だよ、しおりん!!」
奈々美の【インビジブル】の中で、詩織が両手を突き出しながらニヤリと微笑む。
その背中をバンバンバンと奈々美が叩く。
「ちょ、ちょっと痛いよ、なーちゃん」
「ああ! ごめん! 興奮しちゃって! 見たか、モズク頭! うちのしおりん凄いだろう!!」
佃野の放った戦鎚には、ベッタリと薄い紙のようなモノが幾重にも張り付いている。
その薄い紙らしきモノの正体は詩織が愛用する緋装――『折り紙』だった。
薄さを追求した緋装なので、1枚で戦鎚を止めることは不可能だ……しかしそれが何枚もあれば話は変わる。
「や……やるじゃん! やっぱり、一緒に昇級しちゃおうよ」
冷や汗を頬に伝わせながら笑う結衣。
『粉砕者』を止めたのが『折り紙』で、それを操ったのは当然、詩織だと結衣にはすぐ理解出来た。
「な、何で……浮いたまま止まってんの! どうなってんのよ!」
しかし佃野は、何も把握出来ていない。
奇術ショーでも観させられている気分かも知れない。
「いやぁ、今のは危なかったよ、佃野さん。緋装投げたって、予備くらいは持っているんでしょ?」
言われて思い出したように佃野は、また腰に手を回す。
予備は当然ある。しかし――
「……っざけんな! 相手がノーダメージのまま、2本目を使うのは初めてだよ!」
「初めての相手になれて光栄です! さあ、ラウンドツー!」
結衣が踏み出すと、『折り紙』はピラピラと舞い落ちて、拘束を解かれた『粉砕者』も落下した。
それを佃野も視界に捉えてはいたが『アレは何?』なんて考えている暇は無かった。
『粉砕者』が自由落下で地面に到達するより先に、結衣と佃野の緋装は13回の衝突を繰り返した。
ダンジョンそのものを破壊しそうなほどに鋭く重い衝撃波が、狂い咲く。
「うっ……らぁああ!」
「ふははは!」
佃野はまた、結衣の刺突をいなすように弾きながら再度、隙を狙う。
「隙は……必ず、生まれる! ……必、ず…………あ、れ?」
何かおかしい――佃野はそんな表情をした。
『左側に弾けば、バランスが僅かに乱れる』癖はどこへ行った? いや、それどころじゃない。
「ぬぁっ……!」
弾いて、いなしているハズなのに佃野の方がバランスを乱されている――体が開く……軸がブレる……余計な動きを多くしてしまう。
「色んな武器、色んな戦法が、世界にはあるけど……崩す方法は、単純で。だいたい、武器を狙って打っていけば良いんだよ」
攻防ともに武器は文字通り要だ。
その武器を叩いたり、弾いたりすれば、人体の構造的な観点以上に乱される。
武器を持って闘う者は、その武器を失うことを潜在的に恐れているから。
庇おうとするし、手放さないうにする。
結果、バランスを逸する。
「違っ……そんなこと知っている!」
武器から崩す戦法は佃野も十分心得ている。
初手の武器破壊もそういうことだ。
それなのに、ジリジリと佃野は崩されていく。
乱されていく。
戦鎚ごと弾かれた右腕を見て、佃野は顔を歪める。痺れている――感覚が無くなりそうなほどに。
「……まさ、か……!」
「やっと気付いた? 最初から、いなされてなんかなかったよ、私」
結衣は、戦鎚が薙刀の横っ腹を叩こうとする度、打点を少し押し返していた。
1回1回は佃野も気付かないほど、些細なズレ。
大きく押し返せば、佃野は対処するだろう。ズレをズレと認識させないように、ズラす。
「……う、なぁああ!」
気付いた時には、もう狂い切っている。
いなす! 捌く! と打っている戦鎚が、ことごとく逆に捌かれている。
打てば打つほど、バランスは崩れていく。
「くっ……そ! ――なら、やり方を……!」
佃野は戦法を切り替えるしかないと思案した。しかし事態はそれどころでなかった。
最早、取り返しがつかない程に深刻な状況に陥っていた。
「――ちっ、近……」
亜音速の突きを繰り出す結衣の、不敵な笑みが、さっきよりもだいぶ近くにあった。
大股1歩で届くほど、短い距離。
佃野がそれを認識するのとほぼ同時に、結衣は刀ほどに短く握った薙刀で小さく鋭い弧を描いた。
チカっと赤い光が見えたように佃野は感じたが、何だか分からなかった。
次に佃野の視界には真っ赤な血飛沫が見えて、そこでようやく自分が斬られたことに気付いた。
「ぐっ――あ……」
全身から力が抜けていく。
立っていられない。
左肩から右腰にかけて、ざっくりと斬られているのだから当然だろう。
左の鎖骨は真ん中辺りで真っ二つにされ、左腕は全く動かせない。
胸も肋骨も斬られ、呼吸も上手く出来ない。
腹筋や腹斜筋も切断され、上体が支えられない。
斬り落とされはしなかったが、それでも結衣のSSで死ねない以上、最早どうすることも出来ない……佃野は、為す術なく地面に崩れ落ちた。
「……はぁ、はぁ! ぐっ、ぐぅうううううう……あああああ――」
佃野の
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