04 終わらない迷宮からの脱出

4-1 私がアナタを斬れば……

「今のが……」

「そう。薙刀の怖いところは、間合いが伸び縮みするところなのよ」


 間合いが伸びるのは、ダンジョン入口での【黒曜】戦で見た。


 しかしのは詩織の想定外だった。


 全長2メートルを超える薙刀。

 相対した者は、その圧迫感に負けないように勇気を振り絞って、なんとか間合いの内側へ入ろうとする。


 それがセオリーとされている。

 その射程こそ薙刀の最大のメリットだと思っている。


 しかし実は違う。


 持ち手である束でも十分、攻防に使えるし、刀身と反対の端には石突もある。


 だがそれ以上に、束を握る位置や両手の距離が自由自在なことこそが、薙刀最大の利点なのだ。


 例えば、突きを躱して間合いの内へ飛び込まれたとして、束を握る位置を短くズラせば、そこはまた最適な間合いになる。


 加えて、束を握る両手の距離を変えると、斬撃自体も、伸びたり縮んだり――あるいは弧を描いたり直線的だったり――多種多様に繰り出せる。


「はぁ、はぁ……あ、あんな突き、の最中に――握る位置……変え、られるものかね」


 地面に突っ伏して佃野が言う。


 結衣は、佃野の戦鎚を捌くように突きを繰り出し、引き戻す際に束を手の中で僅かに滑らせていた。

 突いて、引く――その度に数センチずつ、薙刀の間合いが狭まっていた。


「傍から見ていた私たちでさえ、ほとんど気付かなかったから……真正面に立ってたら気付けるわけないですよね……いくら佃野さんでも」

「突きだって全然ブラフじゃないもんね。あ、インビジブル解くよ」


 感覚の中に2人が現れ、結衣はパッとそちらを向く。


「……あ…………奈々美、詩織ちゃん。なんか、ごめん。またやり過ぎてしまった。なんというか……ワザと痛め付けるようにしてしまった」


 5人を圧倒したのと同じ人物とは思えないほど、しおらしい。


 背後に『ずう〜ん』なんて効果音が見えるようだ。


「んーん。全然。アタシもなんかスカッとしちゃったよ! だいぶヤバい発言だってってことは自分でも分かっているんだけどさぁ」


 奈々美は駆け寄って、結衣の手を握った。



 どういうワケか結衣の手は想像よりずっと冷たかった。


「私は最初、ビックリしましたけど……でも、そもそもコイツら、テロリストなんだしっ。もっとやっても良かったんじゃないですかね!」

「確かに。〝まがい〟というか、テロリストそのものか――じゃあこの後、どうすれば良いんだろ。警察とかに通報すれば良いのかな?」


 ザリ、ザリ――土を掻く音。


「……佃野さん。よく気を失いませんね。替山も流石に沈黙しましたよ」

「わ、私が1番、軽い――だろ。これ……でも」


 赤い血の海の中から佃野は苦しそうに言葉を発する。


「まあ……あまり女の人を醜く傷付けられないんですよ」

「は、ははは……にわかには、信じられない……ね」


 そりゃそうか、と結衣は鼻で笑う。


「それより、佃野さん。このチーム、皆に言えることなんだけどさぁ、力量不明の相手に出し惜しみするような戦い方は止めた方が良いよ」

「出し……惜しみ?」

「うん、特にあの【黒曜】使いの人だね!」

「い、いや……何を言っているんだ……キミほどの、相手に」


 結衣は眉間にシワを寄せる。


「だって! 待ち伏せの時は、6体だったじゃない」

「は……は? 入水が、し……支配出来る【黒曜】の数は4がマックスだ」

「え? でも、あの時、確かに――」



 ――――――



 何かが砕けて割れるような音が響いた。

 その音と同時に、結衣はぞわっと総毛立った。


「ぎゃははははは! みんな、こっぴどくやられてんねぇ。ってか替山クン! 首ちょんぱじゃんか」

「こらこら、騒がないの。さっさっと皆をここへ集めて」

「へーい……! ってか何で死んでないの、これ!  不思議過ぎ! ぎゃははははは!」


 白シャツの男が1人。

 痩身痩躯を際立たたせるように黒のスキニーパンツを履いている。

 辺りを見回し状況を確認している。


 そしてもう1人――フリルとリボンがふんだんにあしらわれた『ゴスロリ』風のドレスをまとう女子が、けたたましく笑っている。


 あまりにも不釣り合いで、そして不気味な2人が替山の生首の傍に居る。


 2人とも気が付いたら、そこに居た。


 ゴスロリ女子は替山の頭をツンツンと転がし、白シャツ男は顎に手を当てて何かを考えているよくな素振りをしている。


(な……何だ――この2人……いつから居た? いや、どこから出てきた?)


 替山のチームは5人だった。

 どこかに隠れていたというワケでもない。


 結衣はシャリンと薙刀を構え直す。

 その音に反応して、白シャツ黒スキニーが慌てたように結衣の方を向いた。


「……あ! 日夏さん。そんな警戒しなくても平気ですよ。もう何もしませんから。この人達、連れて帰るだけなんで」


 両手を目の前に突き出してブンブンと振る。

 わざとらしく滑稽な態度。


「はぁ? 連れて帰る? それは〝何もしない〟内に入らないでしょ。というかアンタら誰よ」


 ガシャン――


「ギャハハ! ほんと、好戦的ね! ひなっちゃんたら!」


 檜木田と大槌、そして入水を両肩に抱えてゴスロリ女子が笑う。


 ギョッとして結衣が梁の方を見ると、鎖が空っぽになって力なく揺れていた。


「……い、いつの間に!」

「今回はこっぴどくやられましたど、この子らもまだまだ使える貴重な戦力なのでね。このまま管理局に引き渡されてしまったら困るんです」

「ってか、ひなっちゃんは好きなモノは最後に食べる派なんでしょ? だからアタイたちとはまた今度にしよ?」


 そう言っている間にゴスロリ女子は、替山の胴体も担いでいた。

 頭は足で転がしている。


 結衣は今、全ての集中を白シャツ男とゴスロリ女子に向けている。

 それなのに全く、移動したようには見えなかった。


(な……なんだ? どうなっている)


「それにアナタ方の目的、特別試験と聞いてます。【氷花ソレ】、差し上げますから」

「……は、はは、は…………そういこと、だ。日夏ちゃん――また、いつかリベンジさせてく、れ」


 佃野が息も絶え絶えに言う。


「ふざけるな! はい、そうですかって逃がすワケないだろ! アンタらが大ボスなら、まとめて管理局に突き出してやるよ」


 結衣は薙刀をブウンと振るいながら叫ぶ。


「いやぁ……多分、やめた方が良いですよ。日夏さんは後ろの2人を守りたいんでしょ。それ、出来なくなりますよ」

「だよねぇ、ユウツヅちゃん? ってか、どうしてアナタは自分の【死因】の近くに居ようとするの? そういう願望? ってか、何でそれ知っているの? ってか、アナタ……なんか色々、フシギね! どうなって――」

「何をごちゃごちゃと……言ってんだ!」


 ゴスロリの言葉を遮り、結衣は地面を滑るように駆け出す。

 

「ゆ……結衣! ダメ! その人達は――」

「日夏さん――」

「あれ? 傷が……治って」

 

 右の脇構え気味になっている薙刀の穂が大広間の床と擦れて火花を散らしていく。


 その軌跡が眩さを失うより先に、結衣は白シャツ男を間合いに捉えた。


「ふっ……!」


 切っ先が足元から白シャツ男を両断しようと、赤い弧を描く。


「力量不明の相手に出し惜しみしない――でしたっけ。そして躊躇いのない先手必勝――素晴らしいですが……でも、〝既に何か仕掛けられているかも?〟なんて想像するのも、たまには必要ですよ」


 今にも身体が真っ二つになりそうな白シャツ男が平然と言う。


 薙刀を振るっている最中にも関わらず、その不穏さに結衣は思わず息を呑んだ。



 そして……その薙刀が斬ったのは――だった。

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