2-4 たわわがたわわでも、私は死なない(ただし瀕死)

「な……なるほど〜。我が家にも、ダンジョンはあったのか〜」


 無意識に語尾が上ずる。


 少し大きめのバスタオル1枚だけを持って、文字通り一糸まとわぬ姿で結衣は、二の足を踏んでいた。


 ドアを1枚隔てて向こうは、バスルーム。


「結衣ぃ? どうしたのぉ? 早くおいでよぉ」

「全ての語尾にハートマークがあるのが分かる……何故、一緒に入ることになっているのだろうか」


 あの大量の食事をすっかり平らげて、お風呂に入ることにした。それ自体は、まあ自然の流れ。

 しかし何故か、奈々美が「一緒に入ろう」と言って聞かず、勢いに負けてしまった。押され負けてしまった。


 結衣にとって奈々美は最早、親友であり家族のようでもあり、何でも話し合える関係だ。しかし流石に同性同士で、しかも2人っきりのお風呂は初めての経験。銭湯とかとは訳が違う。


 ――と言うか。カウント出来て良いのか……カウント出来るようになってしまって良いのか、混乱している。


(そうだ……男の人となら、ああああ有るのよ)


 そんなよく分からない強がりを心の中で言ったところで、心臓の鼓動は高鳴り続ける。


「……うーん、引かれないかなぁコレ」


 戸惑いと不安が混ざった声で呟いて、左脇腹を摩る。それは、少しのコンプレックス。


 その場所は普段あまり人に見られるような部位ではないが、結衣はとても気にしている。

 その影響で、上半身は肌をあまり露出しないダボッとした服を選びがちだ。


「それに……奈々美の、あのグラマラボディ……」


 スタイルに自信が無いわけでは無いが、それでもアレと比べられるのは流石に気後れする。

 神が与えたもうた奇跡のロリムチグラマラスボディ。



(いや、待てよ……)


 こんな機会は滅多に無いぞ? と結衣の中の(少々ヤバめな)第二人格が、主人格に耳打ちする。



「……はぁ。逆に、そうよね! ここで行かないなんて、据え膳食わぬは男の恥ってもんよ。私、女だけどね!」


 戸惑いとドアとを、同時に弾き飛ばす。


「――奈々美! は、入るよ」


 ついに結衣は、未知の戦場へと足を踏み入れた。そこは蒸気で満たされ、むせ返るようだった。


「お〜、やっと来たぁ」


 完全に家の主従が逆転してしまった。

 奈々美は長い髪を頭頂部でポロンとまとめて、バスタブの中に居た。


「おっふ、お……お待たせ……」


 見ると、たわわな――否、たわわ過ぎる乳房が湯面に浮いている。


(で、デカっ……え、そのサイズになると水に浮くの?)


 結衣の胸のサイズはFなのだが、奈々美のそれとは何か隔絶的な差が有るように感じた――少なくとも2カップは上のような。

 視線を察したように、奈々美が首を傾げてニヤつく。


「結衣ちゃん? 遠慮しないで入っておいでぇ~」

「わ、ワザと『ちゃん付け』しないでよ。先に身体流すもんっ」

「ふふふ……」


 シャワーを出すと、奈々美の使った後だから既に暖かくて、それすらちょっと恥ずかしく感じてしまう。


 後から後から湧いてくる、こそばゆい感覚を振り払おうとシャワーを頭から一気に被る。


(見られている……! きっと見られているぅ。右半身に視線を感じる……もしかしたら、そんな事ないのかも知れないけど、そんな気がしてならない!)


 実際、奈々美は見ている。ガン見している。凝視している。目を皿のようにしている。


 座ってシャワーをする習慣が無い結衣だが、今だけはお風呂椅子が欲しかった。


「むう、お風呂椅子があったら……アタシが流してあげるのになぁ」


(――や、やっぱり、無くて良かった……!)


 嫌なわけではないが、いきなりだと死にそうだ。


「それにしてもやっぱり、良いカラダしているよねぇ」

「……あばっ――げぇっほ」


 うっかりシャワーを飲み込みそうになった結衣。しかし奈々美は止まらない。


「身長は160……2、3センチかな? 」

「げっほ……!」

「……体重は――ぶわっふ!」


 シャワーをぶっ掛けられた。物言えぬ結衣からの必死の抵抗。


「ぶへっ……んも〜! 何すんのよ。上から84、56、85ってとこか――ふむ、結衣って顔は勿論バチボコ可愛いんだけど、それに加えてそのスタイルは、同性のアタシでもドキドキしてしまうなぁ」

「……ぶへっ――げっほ、げっほ」

「肌質も、色白でふわふわ柔らかそうでもあり、引き締まったスポーティ感もある……理想的だなぁ」


 隣の芝は青く見える――とはよく言ったものだ。お互いがお互いのスタイルに羨望している。


「それに引き換え、アタシはこのロリ感満載の寸胴体型。自分で言うのもなんだけど、この体型を好きと主張するのは、男性陣からしたらちょっとしたリスクなのよね」



 ドブン……!


「そんな事――無い!」


 特別広いというワケでもないバスルームで結衣は縮地を使ってバスタブの中へ飛び込んだ。


「うわわわわ! 消えた――と思ったらこっちに居る! 古武術の秘技をこんな所で無駄遣いしないで! ビックリしたぁ」


 沸き立つ湯気越しに、結衣と奈々美は目線を交わす。


「縮地の真髄は、消えるような移動スピードじゃなくて、視線を盗むことだから」


 何を言っているんだ、と自分でも思っている。そんなこと今はどうでも良い。


 初めての、同性同士で入るバスタブ。もう少し恥じらったり、躊躇したりしたかったが……気付いたら入っていた。


「んっんん。奈々美……私は、奈々美のスタイル好き、だよ。奈々美のは、無敵を超えた神ボディよ」

「訂正します――縮地、無駄じゃなかった。正しい使い方でした」

「もう、何言ってんのよ。ちなみに……奈々美の…………ソレは、何カップなのよ」


 水面に揺蕩う、大きな乳房を指さす。


「ん〜前測った時は……Hとかだったかな。調子良いとIとか出る」

「あ、愛っ!? ばっく乳じゃん……ってか、調子の問題なの? それって」


 小悪魔のように奈々美は笑って――胸を寄せる。

 狭まった谷間からお湯が溢れる。


「……ねぇ、触ってみる〜?」

「え」

「触りたそうな反応だね、それは。良いよ、全然減らないし。でもその変わり、結衣のもしっかり揉ませていただきますが!」

「触るの代償が、揉まれるだと平等じゃなくない?!」


 バシャッと水を掛ける。


「あ〜またやった! ぷっ、ぷっ! ……まあでも実は、お風呂一緒に入りたかった理由は、あの薙刀をもっと結衣に合うようにチューニングしたかったからなのよ」

「え……そうなの? それはめっちゃ嬉しい。と言うかアレ、まだ良くなるの?」

「なるよ、当たり前じゃん。結衣、基本的にダボッとした服着ているからさ。筋肉のバランスとか、四肢の長さとか正確に見えなくて」

「ほ、ほぇ〜!」


 武器ってそういう物なのか、と結衣は驚かされたが、同時に『変態と天才は紙一重とはよく言ったもんだ』とか思った。



 傍から見れば、結衣もまあ大差無いのだが。

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